39.アナハイムメール
 そこに小関が入ってきた。
「新幹線の座席指定取れました。東京行きの最終で、九時二十分発でおま。それから、これが長田尊広の母親の浪江の調書メモです。尊広の女房の規子の調書は東京に遺体の確認と死亡診断書の受取に行っているので、とれてまへん。今夜はこのへんで切り上げて串かつでもどうでっか。今夜は梅地下でなく、ちょっとレベル上げて、日本橋へ行きまひょか」
と土岐の顔を見ながら言う。
 谷町線で谷町四丁目から谷町九丁目迄行き千日前線に乗り換え日本橋で降りた。ペンシルビルの地下一階のこじゃれた串かつ屋に小関が予約を入れていた。二十人程で一杯になる濃紺のカウンターの奥に三人で腰掛けた。横から近くで見ると小関は異様な程長い顔をしていた。目がギョロ目で眉が太く、唇も分厚く、じっと見ると暑苦しい。
「浪江は東京で小学校の先生をしてたようです。規子から聞いたんで」
「それで関西訛りがないのか。で、東京のどこで?」
「日暮里とか」
と聞いて南條は串かつの串を口蓋に突き刺しそうになった。
「行ってきたばかりだ。旧姓か。それで気付かなかった。コピーをとった名簿に浪江という名前があったのかも知れない」
「その頃、一九六〇年代に、長田尊広のてて親の長田隆は既に、こちらのやくざのチンピラの一員になっとって。まだ、使いぱしりやったけど、関東進出組に抜擢されて勢力拡大の任を担って東京へ出張った。そこで、長田隆と東京で義兄弟になった男の紹介で浪江を見初めて、どっちも部落出身で、気性が合ったようで、東京で内縁関係になった。それが浪江の小学校にばれて、浪江は居づらくなったようで」
「部落出身やくざが多いとは聞いてたが浪江がムラの出というのは」
「暴対用で餌付けしてもぐらせている協力者からの情報でおま。その確認はまだとれておまへん。で、長田隆は東京でのしのぎが思うようにいかず、東京進出は時期尚早やゆうことで、万博の前に、大阪に舞い戻った。浪江は万博でテキ屋の手伝いをしていたようで、一二年ぶらぶらやっとったようやけど、どうゆうわけか、こちらの小学校の教員になって、隆が企業舎弟のようなものになって、通天閣付近でビニ本屋と写真屋を開業し、裏で児童ポルノを販売し、かなり財をなしたようでおま。不思議なことに、浪江は定年迄、企業舎弟の妻であることがばれずに、あるいは、ばれてはいたが教育委員会がびびって解雇しなかったのか、最近退職して年金生活にはいった。そのころ既に隆は肝硬変から肝癌になって、食道静脈瘤破裂で死んでいて、それから尊広と規子の三人だけで生活し、WSJ開園と同時に現在の住所に引っ越し、規子はWSJの出入りの清掃会社の掃除婦に雇われた。地回りのやくざがねじ込んだのかも知れまへんな。規子の父親も組関係者で。尊広は、どこの親分とも杯こそ交わしてはおまへんが、隆が関係をもっていたやくざと取引関係を継続しておって。ざっとこんなところでおま。尊広の犯罪を証明するような物証はいまんとこ、なんもありまへん。まだ、さきが長くなりそうでんな」
と小関は突き出した顎をしゃくりあげながら大阪弁と標準語を無秩序に混ぜて話し続けた。
「あしたどうしまっか?事件の起きたのは東京なんで、こちとらも別の事案があるんで南條はんに浪江の件は引き継いで貰えれば、ほんま、ありがたいんです。でも先日うかがったように、少女の連続偽装殺人が事件化すれば、話は別ですが。いまんとこ、なんも出てこんので。なんか出て来たら、そんときはいくらでも、協力させてもらいますが」 
 小関の話を聞きながら南條は事情聴取のコピーに改めて目を通していた。目を引くような情報は長田浪江が日暮里の小学校の教諭であったことを除けば他に何もなかった。
「今回は本当にお世話になりました。東京の方も気になるんで、今夜は帰らせてもらいます。それにしても、浪江は息子が溺死したというのに、悲嘆にくれている様子がぜんぜん、まるでなかったですね。さすが、その筋の女というか」
「尊広は長田隆と同じで家庭内暴力の絶えない男で、浪江も規子も生傷が絶えなかったそうです。二人とも幾度も家出を繰り返し、その都度、隆も尊広も詫びを入れて、もとの鞘におさまると言うパターンで。それに嫁も姑も、二人とも面子からか、行政に保護を求めんかった。まあ、民事不介入ということで、こちらも、ほっといたようです」
「戸籍は浪江が尊広の母、隆は尊広が生まれてから籍をいれてますね」
「これも密偵からの情報で、尊広は隆の子どもでは、なかったかも知れんちゅうことで。そのせいか尊広は幼児の頃から隆から酷いいじめにあっていて、体中、痣や煙草の焼けどのあとがあるっちゅう話です。それもあって、どうしょうもないワルになったと」
「すると、かりに尊広が隆の子でないとすると、実の父親は誰です?」「隆が関東に出っぱったときの義兄弟ではないか、という噂です」
「その義兄弟というのは誰ですか。名前分かりますか?」
「関東の部落出身者らしいっちゅうことしか情報がありません。浪江は知ってるはずですが父親は隆に間違いないっちゅうて吐きません」
 南條は新幹線の最終の時間を確認し、満腹になる前にその店を切り上げることにした。小関にはいろいろと無理なお願いをしていたので、形式的な固辞はあったがその店の食事代は南條が払った。南條の財布には新幹線代だけがかろうじて残った。小関とはその店の前で別れ、南條と土岐は地下鉄で新大阪に向かった。新大阪に着くと、新幹線のホームで南條が語りかけて来た。
「今日から泊まる所がないだろう」
「ええ。私物は永山クリニックに置きっぱなしです。肝心の現金八十万円は証拠品で押収されているでしょうね。衣類は引き取れるでしょうが、いま手元には八万円足らずしかありません」
「とりあえず浅草に部屋をとってやっから今夜はそこに泊まれ。目が覚めたら電話くれ」
と言い終えたところに新幹線列車が入線して来た。
 翌朝、南條は8時前に墨田署に出署した。刑事部の部屋の自分の机のファイルから荒川区役所でコピーした古い小学校の教職員名簿を探し出して浪江の名前を探した。野田浪江の名前はタイプ印刷の印字で永山信子と同じ小学校にあった。日暮里の小学校近くの古本屋と看板屋で聞き込んだ情報と一致した。パソコンを立ち上げ、メールをチェックした。目当ては、アナハイムの林博治からのeメールだった。関係のない迷惑メールを消し去ったあと、うっかり消去しそうになったメールのなかに林からの昨日付けのメールがあった。開けて読んだ。
@ジェイムズ・ノイマンは幼女ポルノと幼女誘拐殺人容疑で現在、ロス市警とFBIが内偵していて、いずれ逮捕されるだろうという内部情報を得ました。メンバーの一人が極秘に事情聴取を受けているようで司法取引で秘密を少しずつ暴露しているようです。先日土岐さんと入手した3411という廃車の登録ナンバーが鍵になって芋づる式に関係者が逮捕されそうです。3411はこの組織のパスワードになっていて、しかし、実際のパスワードは3789らしいのです。つまり、バカラ・ゲームのポイントのように最初ひいたカードが3、次に引いたカードが4だとポイントは7、実際のゲームでは7あると3枚目は引かないのですが、かりに引いたとして1が来ればポイントは8、その次も1であればポイントは9で最強となります。メンバーはインターネットが普及する以前は住所も名前も明かさずに銀行の貸し金庫を使って画像と現金を交換していたようです。例えばある町の銀行の貸し金庫をその町のメンバーが法人契約で2名共同で借ります。もう一名は画像の利用者で主にポルノショップの経営者が多い。現在ではメンバーは自ら作成した画像を元締めであるジェイムズ・ノイマンに暗号メールで送信します。ノイマンはあるメンバーから来た画像をその他のメンバー全員に配信します。各メンバーは暗号解読ソフトを用いて画像を解読し、適当な媒体にメモリーして最終利用者に提供します。ここで重要なことは、メンバー間の取引はバーターだということです。つまりメンバー間では現金の授受は基本的にないのです。画像を提供しないメンバーはノイマンからの配信を受けられません。画像を提供したメンバーはノイマンがその価値を認めれば他のメンバーがノイマンに提供した画像を全て受信することができます。メンバーが何人いるのか不明ですが先日の集会には十数名いたようです。その中に日本人女性もいたので先日ロス市警かFBIを通じて警察庁に照会が行ったものと思われます。その日本人女性は脱会を申し出たらしいという未確認情報を得ています。ノイマン宅で年一回行われる会合は品評会のようなもので各メンバーの画像をお互いに評価します。陵辱殺人の状況の映像が最も評価が高いそうです。そこでメンバーが提供した画像に投票で順位をつけ、低い評価の画像提供者から高い評価の画像提供者へ後日決済金が支払われます。ところでメソポタミア文字のバッジは会員証のようなもので3411の登録ナンバーは入会手続きか、メンバー登録のようなもののようです。番地が3411であるのはアメリカ以外のメンバーだけで、それが入会の条件だそうです。例えばアパートメントなら3階の411号室とか、34階の11号室とか。住所を特定して監視する目的があったのではないかと思われます。つまり存在していることが組織にとって不都合になった場合は抹殺するのが目的であろうとロス市警は推理しています。いずれにしてもマフィアの影がちらついているので事件全体はかなり大規模なものになると考えられます。最後に3411の由来ですがジェイムズの父親であるジェイソンが決めたようです。ジェイソンが溺愛していた娘でジェイムズの妹キャロルが5歳のころ、第2次世界大戦中に誘拐され、殺害された事件があってジェイムズが目撃した不審なピックアップトラックのナンバーが3411らしいということで、ジェイソンは遺言として証拠を忘れないようにと息子ジェームスに言ったそうです。その事件は結局迷宮入りで、ジェイソンは犯人捜しのためにポルノショップを立ち上げ幼女趣味のある客を集めてピックアップトラックのカーナバーをチェックしたそうです。会員制にしたときカーナンバーを3411に指定してジェイソンはマーケットを拡大した。それをジェイムズが相続したということです。ジェイソンが死んだ後3411はキャロル誘拐犯を探し出すという目的からは逸脱してただの会員証となった@
 メールを読み終えて番地が3411であるのはアメリカ以外のメンバーだけという箇所の意味が理解できなかった。長田の住所は十一丁目四番三号。永山クリニックは一丁目四十一番三号だった。 
 土岐から電話があった。
「起きました」
「これから舞浜署に行く。拾ってやっからラウンジで待っていてくれ」と言い終えると南條はホワイトボードの自分の名前のところに舞浜署と殴り書き刑事部の部屋をあとにした。玄関で相棒の警部補の斉藤元に会った。
「軽自動車戻ってきてます」
と言う斎藤は髭面のせいで実年齢よりも一〇歳老けて見える。南條は斎藤の肩を叩きながら言った。
「水野栄子の保険金と、平野敬子の保険金の支払い状況の確認を頼む」
「今取り掛かっている事案の合間にやっときます。でも水野栄子と平野敬子と舞浜の事案の関係が良く分からないのですが」
「いま忙しいんで、今夜にでも、ゆっくり説明すっから」
と言い捨てて南條は墨田署裏の駐車場から赤い軽自動車に乗った。浅草ビューホテルに向かった。十分程で着いた。ホテルの前に土岐の姿は見えなかった。南條は国際通りの反対側に車を止めると横断歩道を渡った。ホテルロビーに入ろうとしたところで土岐が出てきた。
 土岐は黒いショルダーバッグを肩から提げていた。
「お前は今日から、俺の定年の日迄、俺の私設助手だ」
「小谷署や舞浜署から呼び出されるかも知れないので、よろしく」
「これから舞浜署だ。こっちから行ってやれば面倒はないだろう」
「私物を取り戻さないと、着たきりすずめです」
 二人は南條の赤い軽自動車で舞浜署に向かった。三十分程で舞浜署についた。担当の刑事は高橋と言った。骨太の痩身で三十前後のリーゼントの刑事だった。舞浜署には既に奈津子の死体遺棄と尊広の水死についての小谷署との合同捜査本部が設置されていた。墨田署長からの申し入れがあり、南條はメンバーからはずされていた。そこで高橋が陪席を求めてきた。陪席の場合、意見を求められれば発言できるが、そうでなければ黙っていなければならない。南條は高橋に捜査会議の資料の提供のみを求め、陪席を断った。
「会議に出てもらえないですかね」
と高橋は南條に哀訴した。
「老兵は死なず。去るのみだ。未練がましいんでここにいる。聞きたいことがあればなんでも答える。今更口を挟んでもしょうがない」
「本部長にそのように伝えます」
と高橋は未練ありげに小さく会釈して会議室に去った。南條と土岐は舞浜署の一階玄関脇のベンチで捜査会議終了を待った。南條は軽いいびきをかいて居眠りを始めた。土岐は手持ち無沙汰をまぎらわすために携帯電話でゲームに熱中した。
 十時を回った頃、高橋が南條の前に現れた。
「申しわけない。南條さんを会議に入れるなという墨田署長の意図がよくわからないです」
「本来なら署内謹慎の身分だからこうして外出を黙認してくれただけでありがたい。署長もメンバーにねじ込みたかったようだが立場があるからね。若いワリにはよくできた御仁だ。キャリアの星だよ」
「これが捜査資料で。南條さんのコピーをもらってきました」
 奈津子と信夫と尊広の司法解剖の結果が調査報告書になっていた。高橋は報告書をめくりながら南條に説明した。土岐は傍聴していた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

土岐明調査報告書「Nの復讐」39.アナハイムメール

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投稿日:2022/04/03 06:27:26

文字数:5,678文字

カテゴリ:小説

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