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ある日、リンレンの二人は隣国である緑ノ国へ視察に行くこととなり、お忍びではあるが、緑ノ国の街へと出かけるということになった。
豊かな緑ノ国は町も賑わっていて、黄ノ国など比ではないというようだった。
「レン、あそこのお菓子は何?たべてみたいわ」
「ここでまっていて、買ってくるよ」
レンはリンが指差したほうにある小さな店の方へ走っていった。
人ごみから店までたどり着き、どうにか二人分のお菓子を買うと、リンの居るほうへもどろうと――。
不意に、綺麗な音に足を止めた。…いや、綺麗な歌声だった。
透き通るような高音とよく通る低音が、曲とよく合っている。声のほうへ目をやると、少し開けた広場で、緑色の髪と瞳を持つ美しいというよりかは、可愛いと言った印象を受けるような少女が歌っている。その印象とは違う大人びた神秘的な歌詞と、不思議で美しいメロディーが、彼女の魅力をさらに引き出しているように見える。
時折浮かべる微笑は第一印象よりも随分と大人びた微笑。
レンは息を呑んで歌声に聞きほれた。きっと、リンが待っている。…お菓子を。
もどらなくてはいけない、そう思っても、体は少女の歌を求めているのだと、レンは悟った。
まるで、オルゴールの音を聞いているような気がしてくる。
もう少し、この声を聞いていたい。…そうだ、なにかリンの好きなものを買いながら聞こう。
果物屋へ進むと、わざとゆっくり品定めをする。
たしか、リンの好きな果物はみかんだったはずだが、すっぱいみかんが一番嫌いだったような気もする。すっぱいみかんを買ってリンの機嫌を損なわないようにしなきゃいけない。
それにもっとこの歌を聴いていたい。
結局みかんを買い終えて、仕方なくリンのもとへ戻ろうとしたときだった。声が聞こえなくなった。
「あれっ?」
思わず声を漏らした。
するといきなり、うしろからかわいらしい声が聞こえた。
「どうしたの?みかん、おとしたよ」
声の主は、探していた少女本人だった。みかんをひろって、レンにわたすとにっこりと笑って、何か不思議な歌を口ずさみながら、彼女は人ごみに消えていった。
レンはしばらく少女を目で見送っていたが、リンの怒る姿を想像し、リンのもとへ急いだ。
「レン、遅い!あ、みかんもかってくれたのー?仕方ないなぁ、許してあげよう!」
リンはわりとお人好しである。
すぐに機嫌をとられてしまう。そこが、リンの欠点であり、良いところでもあるわけだが。
お菓子はワッフルのようなお菓子で、リンはとても気に入ったらしい。
「おいしい!どうやったら、こんなにおいしくなるのかしら?ねえ、あと三つだけ、買ってきて」
「太りますよ」
「大きなお世話!」
リンは少し怒ったようにレンに言ったが、レンは気にも留めずに「ははは…」と笑って、さっき行ったばかりの店へと、走っていった。
いまや二人は、双子の関係ではない。
親しい、信頼しあっている、王女と召使なのであり、二人がともに遊ぼうなどということは、許されないことではある。
リンは一国の女王、レンは王になりそこなった召使。
それは、覆せない事実で、それによってリンもレンも苦しんできた。
レンはさっきの店で、
「このお菓子、五つください」
といった。
三つはリンの分、一つは自分、もう一つは育ての親のような存在である、ルカにあげよう。きっと、ルカも喜ぶ。
「今日もミクちゃんの歌、よかったなぁ」
後ろで誰かが話しているのが聞こえた。歌を歌っていた娘の名前か、とレンは思った。
そうか、彼女は“ミク”というのか。レンはすこしだけ、得をした気分になった。
「リン、はい。あっちの持ち込み飲食可のカフェで、飲み物でも頼みながら、食べよう」
「うん、わかった。早く、レン」
リンはいつもの長いドレスとは違い、ラフな元気な女の子といった感じの服装で、動きやすくていいのか、レンにはとてもはしゃいでいるように見える。
カフェで一つ、店の外側のテラスに設置されたテーブルに座って、メニューに目を通す。
「リンはどれにする?」
「あら、オレンジジュースがないのね。じゃあ、この『カシスソーダ』にする」
レンはリンの注文と一緒に、『フルーツパフェ』を頼んだ。
二人は根っからの甘党で、とくにレンは一日に一本ずつチョコバナナを食べているほど、甘いものがスキだった。
カシスソーダが先にきて、リンがおいしそうにストローに口を付ける。
「おいしい?」
「うん、これもけっこういいものね。おいしいよ、レンも飲んでみて」
リンが何気なくストローをレンのほうへ向けた。レンも何も気も無くストローに口をつけ、一口だけ飲んだ。
カシスの味はよくわからないが、これは確かにおいしいかもしれない。
炭酸の刺激と、カシスであろう爽やかな甘さが絶妙。レンは心の中でグルメリポーターのような台詞を言っていた。
「本当だ、おいしいね」
リンにそう話しかけ、リンのほうへ顔を向けたときに、リンの顔が真っ赤になっていることに気がついた。
「ど、どうしたのさ?熱でもあるの」
「ちがう!そ…その、私が使ったストローで…レンが…」
レンもそこでやっと、リンがなぜ赤くなっているのかがわかった。
「…ご、ごめん!そういうつもりじゃなかったんだけど…」
「あはは、いいよ。だって、双子だもん。でもさ、レンはこういうのには鈍いんだね」
「へっ?」
レンまでもが顔を真っ赤にしてうつむいた。傍から見れば、初々しいカップルのようだ。
これじゃあ、まるで、お見合い風景のようだ!
二人の気まずい空気を壊しに来てくれたかのように、フルーツパフェがレンの前におかれた。
「わあ、みかんもある。みかん、頂戴」
「しょうがないなぁ」
「ありがとう!」
注文したレン本人よりも脇に座っているリンが先にパフェに手をだした。
うれしそうにみかんを口に運び、しばらく無言でみかんの味をかみ締めているのか、とても幸せそうな表情が、レンを癒す。
レンもパフェにスプーンをさし、生クリームを食べた。
「甘い」
キウイをよくかんで食べた。
「甘い」
中のアイスとコーンフレークを掘り出して…以下略。
「本当にレンは甘いものがすきだね」
「だって、おいしいじゃないか…。もぐもぐ」
「あはは、レン、ほっぺにクリームがついているよ」
リンはそっとレンの方へ顔を近づけたかと思うと、
「ちゅっ!」
「へっ?え、ええ、何?えっ?」
「さっきの間接キッスのお返しー♪」
リンは悪びれた様子も無く、いたずらっぽく笑って、白い歯とちょっと前から気になっていた、八重歯を見せるようにした。
「さてと、そろそろ戻ったほうがいいね。リン王女、戻りますよ」
レンはすぐに態度を仕事モードに変え、リンの手をとってカフェを出た。
「はーい。レン、足を用意して!」
リンも口調を女王様風にして、先ほどのほんわかとした空気を打ち消した。
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