<<Piaシステムを適合・・・・・・サーバーよりDNAプロフィールを照会、XA-26483・・・・・・・一致を確認。ローディング完了。初期化プログラムを開始。被験体内のシステム細胞へコネクト、損傷箇所の初期化中・・・・・・完了>>
<<警告。呼吸器官、心肺機能、血行に軽度の異常を感知、一時シャットアウトのち再起動・・・・・・未完了。システム細胞に問題発生。システムを基本機能に変更。修復作業率90パーセント>>
<<脳細胞の一部分に不可侵領域あり。システム作業効率減少。システム細胞とのコネクトに障害が発生。バイオコード及びDNA情報に一部ロード障害発生。修復中・・・・・・未完了>>
<<警告。脳神経に異常を感知、Piaシステムに干渉。初期化中・・・・・・未完了。蘇生時に意識障害の可能性あり。システムリンクよりシャットアウト。生命維持を最優先。Piaシステムをスタンバイへ移行。被験体のシステム細胞からディスコネクト。バイタルサインは安定。プログラムを中断>>
<<この程度で死ぬな・・・・・・お前はまだ私の顔すら拝んでいないんだぞ。近い未来、お前は私と再会を果たさなければならん。その為のシステムだが、私が今お前にしてやれることはこれしかない。あとはお前がシステムに従わなくてはならないんだ。私の記憶を、使え・・・・・・>>
<<サーバーへ異常症例を報告。解決策を検索中・・・・・・検索結果無し。未解決症例番号、エラーコード45に認定>>
◆◇◆◇◆◇
柔らかい間接照明の部屋には、まるで死んだように青ざめた顔の彼がベッドに横たわっていた。その手に恐る恐る触れると、ほのかに、指先が私の手を握り返した気がした。
握る手に少しだけ力を込めると、震えるように私の手の感触に反応を見せてくれた。
そして、彼の小さく開いた口から吐息が漏れてから、うっすらと瞳が開かれた。
「おはよう。フォックスさん・・・・・・。」
呼びかけても、彼は言葉で答えようとはせず、その感触を確かめるように、私の手を握っている自分の手を訝しげに見つめ、動かした。
「これ・・・・・・。」
彼の小さすぎるつぶやきに、私は首をかしげた。
「え?」
「あの時の・・・・・・・。」
彼の言っていることは、最初に出会った気のことだろう。あの空軍施設でシミュレータールームで偶然、訓練を終え死にそうなほど苦しそうな彼に私は駆け寄った。
「暖かい・・・・・。」
彼の顔には多少血色が戻ってきていたが、呼吸も、握る手の力も弱々しい。
「・・・・・・。」
「え?」
彼のつぶやきをよく聞きとろうとしたその時、彼の手の力が強まり、私の体を自分の元へと近づけようとした。
怖い。その感覚が、まだ私の中にあった。彼のもとに来たことはこれが初めてではない。クリプトンから突然あの基地からの移動命令が下される前までも、私は暇を見つけては彼や網走さんとミクさんの所に顔を出していた。でも、私と会う時の彼といえば決まって意識が無いか、朦朧としているか、衰弱しているかのいずれかでまともに会話すらもままならなかった。それでも彼は瞳に狂気に満ちた光を携えて、どこか遠い場所を睨みつけているように見えた。
特にあの事件で空から帰ってきた後、彼の体は限界に達していた。コックピットから転げ落ち、白衣を来た人々に囲まれ苦しそうに苦悶の声を上げる 彼の姿を見たとき、私は、今彼に近づけば何をされるかわからないという恐怖心が芽生えていた。彼は戦いすぎていた。苦痛やコンピューター相手に、決して翼を休めることなく戦っていた。でも今なら、私に接触に対して「暖かい」と言ってくれた今なら、彼を恐れる必要は無いかもしれない。
「こうしていたいんですか?」
問いかけると、彼の首がはっきりと頷いて、身を起こして私の体に擦り寄った。
「早速、程よいスキンシップが取れているようですね。望月さん、流石です。」
背後にいる若い白衣の人が話しかけてきた。彼は私と同じぐらいの年齢の好青年で、この施設で私と彼の面倒を見てくれる鈴木流史という科学者の方だ。
「ええ、いきなりこんな仕事を任されたときには気が動転しましたけど。それにこの子、前にいた軍の施設では、とても酷い扱いを受けていたんです。まるで実験動物みたいに・・・・・・だから、ここの施設で再調整を受けられるときは少し安心したんです。また薬を盛られる類じゃないかと心配もしていましたが。」
「ふふっ、確かに薬物の投与は必要ですが、軍の施設のように麻薬漬けにもしませんし、過酷なスケジュールもありません。何より、彼が唯一心を許す存在である貴方を及びになったのですから。彼にとってもようやく一休みできる環境に来られたでしょう。」
そんな事を言われると、私は恥ずかしくなって彼から目を逸らした。
「とはいえ、まずは彼の状態を安定させるために、試作段階ですがPiaシステムのナノマシンによる自然治癒を施しています。彼の精神と肉体を両方安定化させるには、まだ時間がかかるでしょう。貴方のおかげで心のケアが十分でも、肉体の消耗はまだ難航しそうです。」
「そうですか・・・・・・。」
答えながら、私は握っている手の力が少しだけ弱まったのを感じた。見ると、彼の瞳には生気が現れ初め、突然ハッとしたように、私の手や周囲の状況を見回し始めていた。私の顔や患者服を着た自分の体を見下ろしながら、唖然とした表情をしている。
「意識が復活しつつあるようです。」
と、鈴木さんが言った。
「ここは・・・・・・? 基地の中じゃない・・・・・・。」
「あの、私のこと覚えていますよね。シミュレーターの時の・・・・・・。」
改めて目を覚ましたかのように驚く彼に、私は話しかけた。
「覚えてる・・・・・・声だけなら。初めて聞いた声」
「私は望月聖。私もよくわからないんですけど、貴方のメンタルサポーターとして抜擢されたんです。ここはもう、空軍基地じゃないんです。」
「望月・・・・・・聖・・・・・・。」
「貴方は、フォックスさんですよね?」
問いかけると、彼は首を横に振った。
「違う・・・・・・私はXA-26483FOX-02・・・・・・。」
「そ、そんな機械みたいな呼び名じゃなくて、私は貴方のことを、フォックスさんと呼びますよ。これからよろしくお願いします。」
「・・・・・・ああ。」
物静かな眼差しで私を見据える彼の表情が少しだけ緩み、私の手を両手で包みこんでくれた。
彼は強化人間。生まれた時から数々の改造手術と特殊な訓練を受け、もはや一ならざる存在となった、兵器の一種。
でも彼には心がある。少年の心を決して失ってはいない。私は哀れなこの少年の姿に心を打たれ、無意味を知りつつも彼に接触を試みた。そして、単位では計りきれないほどの小さな接点が、私達の手と手を互いに導いた。
今では、私は彼と私はある。偶然とは思えない。これが運命なら、これからこの少年が歩んでいく運命を私が共にすることになるだろう。あの白郎さんがそう言っていたように、私達も、網走さんやミクさんも、世刻大佐も・・・・・・。
◆◇◆◇◆◇
久しぶりに全身に浴びる陽の光は心地良い。防波堤の上に腰を下ろし、大きく両手を広げて背伸びしながらその光と温度を全身にしみこませると、今までの曇った空気が体から消えて行くようだ。
砂浜の彼方に広がる雄大な海原から吹く湿った風と、寄せては返す穏やかな波には、僕達の体を透き通っていくような心地良さがある。なんだか、こうして自然を感じるのも、随分久しぶりだ。多分僕の自宅からも遠く離れていない水面市の海岸。幼い頃に数回、ここで孤児院の皆と遊びに来たのを覚えてる。自宅と職場の行き帰りだけの生活を送っていた僕には、何年も忘れ去られていた場所だった。
「気持ちいい・・・・・・。」
僕の隣でミクが呟いた。今のミクの姿も、今日になってから、いや、陽の光を浴びた途端に随分変わって見えるような気がした。あの薄暗い空軍施設の中で様々な装置類に身を包んでいた、機械として過ごしていたあの時とは。
「そうだね・・・・・・久しぶりだよ。こうして二人で肩を並べて、落ち着いていられるのは。」
「ひろき。」
「ん?」
「いつになったら、家に帰れるんだ。」
「いや、まだ・・・・・・。」
その質問に、僕はすぐに答えることが出来ず、僅かに言葉を発して口を噤んだ。
今朝、僕の処遇が決まったという通達が世刻大佐から届いた。どうやら僕とミクは、新たな実験のためにもうひとつの空軍基地に移転となるらしい。この浜辺から数キロと離れていない水面市内の人工島基地だ。
あまりに突然のことで、僕は聖さんにお別れを告げることすら出来なかった。尤も、聖さんも例の強化人間と共に別の施設に移ってしまったらしい。
僕達は・・・・・・これからどうなるのだろうか。あの戦闘を目撃してしまった以上、それ以前にミクの開発者である以上、軍もクリプトンも情報漏出防止の為に僕を野放しにはしないだろう。
全く、僕がそんなことを周囲に言いふらすわけがないじゃないか。胸の中で愚痴ったところで、僕は一度解雇されたところを救われた身だ。上層部の命令に不満を申し立てる意味も度胸も無い。とりあえず確かなことは、僕達はこれからも軍に協力すること、それにともなって生活が保証されるということだ。
「今はまだ無理かもしれないけど、きっといつか帰れるようになるよ。それまでは、もう少しの我慢だから。ごめんね・・・・・・。」
「わかってる・・・・・・。」
僕がミクの手の上に自分の手を重ねると、ミクは自然に僕の方に身を委ねてきた。肩に手を回してやると、ミクは気持よさそうに吐息を吐いた。
幸せだ。防波堤の下の道路では紺の制服を纏った男が、一服しながら僕達が戻るのを待っているだろうが、あと少しだけミクと二人だけの青空と砂浜を占領していたい。もうそろそろ休憩も終わりだ。名残り惜しそうにしている僕を、ミクがじっと、覗き込んでいた。
「・・・・・・あ。」
突然ミクが立ち上がり、頭上に広がる青空を仰いだ。見上げたその先には、蒼いキャンパスに描かれた絵のように、一筋の飛行機雲が通り過ぎていく。
「私は翼があるんだった。きっとまた、あんなふうに飛ぶことができる。空にいるときは、とても自由なんだ。だから、また飛ぶことができるから、私は辛くないよ。ひろき」
「ミク・・・・・・?」
「見てて。飛んでみせるから」
突然ミクが両膝を曲げて勢いよく跳躍すると、気づいたときには僕の上空でその肢体を靭やかに翻し、逆さまに僕を見下ろしていた。
一瞬、ミクの黒いツインテールが大空に羽ばたこうとする翼のように見えた。そうだ。その姿は本当に・・・・・・。
「はっ、危ない!」
魅力的な光景から一気に意識を取り戻した僕は、訳もわからずとっさに両腕を差し出した。思いの外、羽毛のような柔らかい感触で、ミクは僕の両腕の中に収まっていた。
「ふッ、ふふふッ!」
何がおかしいのか、僕の顔を見て必死に笑いを堪えるミク。こっちはそれどころではない。
「全く、心臓に悪いよ・・・・・・!」
「だって、ひろきがいつも、寂しそうな顔してるから。」
「え、そうかな?」
「してる。」
今までにない笑顔を見せるミクに、僕も釣られて顔をほころばせた。でも反面、ミクが僕を元気づけるためにあんな事をしたことに驚いてもいた。 様々な経験を経てミク本来の性格が表に出始めている兆候なのかもしれない。
「もう・・・・・・ありがとう、ミク。おかげで元気が出たよ。」
「よかった。」
僕に送られる君の笑顔。それは、今まで以上に僕に生きる希望を与えてくれる。何かと曇りを取り除けなかった今までの僕を、この爽やかな青空の風と共に浄化してくれる。そして、これから今まで以上に成長を見せていく君との、新しい生活が待っている。そんな希望に満ち溢れた未来がこれから待っているのだ。
もう暗い未来は想像しない。なんたって、僕には君が、君には僕が付いているんだから。
キク、タイト。君達もそうだろう? きっと今もどこかで、お互いを支え合いながら、強かに生きている。決して希望を捨てずに。
「お二人ともー、そろそろ出発のお時間です。」
下の車から声がかかると、僕はミクの額に小さくキスして、二人で防波堤の下へと降りて行った。そして向こう側に見える市街地を振り向いてから、車に乗った。
―完―
Eye with you最終話「僕には君が、貴方が私が」
大人しめですが、とりあえず二人の過去を語る物語はこれでおしまいです。
ここから第一作に直結しています。実は第一作を書き始める以前、この物語だけの短編として書き上げようということを考えていたんですが、こういう原点的なお話はある程度進んでから出すと味がありますね。おかげで全五章の大長編になっているわけですが。
残すところ最終章ですが、ひとまず小説はお休みしてこれからはイラストの投稿や過去作品の修正などに専念したいと思います。とはいえ外伝の構想も出来ているので、我慢できずになにか書き始めるかもしれませんね。
この作品を書いている間にピアプロのアップデートが繰り返され、私をブックマークしてくだっている皆様をようやく知ることが出来ました。今までこのような私と拙作にお付き合いいいただき、深く感謝を申し上げます。よろしければ、今後ともこのFOX2をよろしくお願い致します。
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