1、転校生とか興味ありありです
「おっはよー。渚」
朝。学校に登校途中、円香は出会った加治屋に抱きついた。
「わぁおはよう円香」
加治屋は嫌面一つせずに円香を受け止める。いかにも重そうだ。
「ていうか朝あったよね」
「うん。そうだね」
加治屋と円香を見比べるとどうも妹とお姉ちゃんみたいな感じだ。もちろん、円香が妹で加治屋がお姉ちゃんだ。
「あ、そうだ。円香」
「ん?」
「今日、転校生がくるんだって」
「へぇー」
「男子だってよ」
「へぇー。イケメンの人来るかな」
その台詞を言って円香がこっちを向いたのはスルーしておこう。
「ねぇ、渚聴いてぇ。今日の朝ねぇ。権弘がねぇ」
「おい! ちょっとやめろ! 何が不満だったんだ!?」
円香は俺の制止を振り切って加治屋の耳元で何かを囁いく。
加治屋はそれを聴くと顔が真っ赤になる。「エノヒロ君って……そんな人……だったんだね」
「円香、お前何話した!」
円香はその言葉を聞いて口元に笑みを浮かべる。
「ん? 朝のことだよ朝のこと」
そして、「ふふっ」と笑いを漏らした。
「だからどっちだって聴いてんじゃねぇかよ!」
「あ、そうそう。あとねぇ権弘こんなことも言ったんだよ」
しまった。思いっきり墓穴を掘ってしまった。
「もう止めろよ!」
俺は円香の後頭部にチョップを入れる。
「いったぁい。普通女の子にチョップとかする?」
「今のお前には性別とか関係ないんだよ!」
「え? じゃあ朝のことはなんだったのよ」
円香はそう言って泣く仕草を見せる。
「あれは……」もう言い返せないよな。
「あら。あたしそんなに色気あったかしら?」
「色気とか言ってねぇだろ」
俺はマフラーに口をうずめた。
これ以上円香と口げんかをするのは自分を虐めているようなものだ。
「相変わらず仲いいね」
外野で見ていた加治屋が笑いながら言う。
「えぇ渚! これが仲良く見える?」
「うん。すっごく見えるよ。カップル見たい」
加治屋がそう言うと俺はすぐに反論する。
「は? こいつとカップルなんてごめんだよ。なぁ、円香」
と言って円香のほうを向くと円香は少し頬が赤らんでいた。
「どした? 円香」
「……なんでもない」
そう言って円香は学校に向かって駆け出す。
「私、なんかいけないこと言っちゃった?」
加治屋が不安そうな顔をする。
「たぶん違うと思う……。たぶん」
「いや、違うと思うよ」
俺の頭上から声がした。
驚いて振り返ると、紺色のブレザーを着た背の高い男子が立っている。
目は茶色でまつげが長い。
そして極めつけは大きな身長と整った顔。
どこかのモデルのような人だ。
「初めまして」
その男子は俺に握手を求める。
異様に手がでかい。
何がなんだかわからないまま俺は右手を差し出す。
「少しは、あの子の気持ちに気付いてあげたら? えっと……。榎本君」
男子は頭を人差し指で掻いて言う。
声はなかなかいい。
うん。というか何でおれの名前を?
「な、なんで俺の名前を」
そう言うと男子は俺の学生鞄を指差す。
そこには名前の刺繍がしてあった。
「じゃあ。教室で会おう」
その男子は学校に向かって大きな足幅で歩き出した。
どうやらうちの学校の生徒らしい。
「あの人かっこいいねぇ」
後ろで加治屋が気の抜けたような声を発した。
聞き過ごせないよ。今の言葉。
*
「今日は転入生を紹介します」
俺達の担任。佐古田英俊先生がいう。
若い先生で俗に言う「イケメン」だ。
フレームが四角の眼鏡が先生の知性を物語っている。
担当教科は国語だ。
先生の言葉を聞き、静まり返った教室にざわめきがかえる。
「はーい。静かに。そんなになる気持ちもわかるが。静かにしないと転入生引いちゃうぞ」
先生は冗談を言うような顔でそう言う。
「じゃあ入ってきて」
先生は西側の戸に向かって声をかけた。
「はい」と声がして戸が開き、入ってきたのは長身で紺色のブレザーを着ていた男子だった。
長身で整った顔だち。
うわぁ。かっこいいや。
ってあれ?
この人さっきの……。
「さっきの人……だよな」
「うん。そうだね」
右側の席の加治屋に確認を取った。
そして左側の席に座っている円香を見る。
円香は少しぼぉーとして転校生を眺めている。
掌で小さく拍手をしちゃっているし、案外歓迎しているのかもしれない。
「じゃあ、自己紹介ヨロシク」
先生はそう言って教卓の前を譲った。そして転校生は白のチョークを持って「鹿野友香」と書いた。
「……。かのゆうかです。女みたいな名前ですけど正真正銘、男です。部活は特にやっていませんでしたけど運動は好きである程度できます。得意科目は国語です。よろしくお願いします」
鹿野は一度礼をする。その礼と共に拍手が沸き起こった。
「正真正銘、男」というところにはまったのか笑っている人もいる。
「じゃあ、鹿野君に質問ある人ー」
先生は右手を上げて、挙手の合図を送る。だが、誰も手を上げる人はいなかった。
「あっれー。今日はみんな消極的だな。まぁいいや。緊張してるんだろう。鹿野君と仲良くするように。席は……どこにしようか。あ、じゃあ加治屋さんの隣にしようか。いい? 加治屋さん」
「……」
加治屋は先生に質問されたのに円香と一緒でぼぉーとしていて聴ける様子でもなかった。
「加治屋さん?」
先生がまた呼ぶと次は気がついた。
「あ、ごめんなさい。問題ありません」
加治屋は慌てて返答する。
「よぉし、席はきまり。じゃあ今日の朝のホームルームは鹿野君の話題でいいよ。自由にしてください」
先生はそう言い残して教室をあとにした。
ん?
ちょっと待て。
「鹿野」という名前には聴き覚えがある。加治屋?
そうか!
加治屋の気になっている人だ!
「加治屋、あの……」
加治屋に声をかけようとするが加治屋は鹿野のほうばかり向いている。
やはり、この鹿野で間違えないのか……。
「加治屋……さんだよね?」
「は、はい」
鹿野が加治屋の名前を口にする。
少し加治屋と俺が動揺しているのはスルーしたい。
「判らないことがあると思うからよろしくね。あ、そっちは朝の榎本君だね。よろしく」
鹿野は手を差し伸べて握手を求めてり。
「朝いちでしたけど関係ないよね」
鹿野はそう言った。俺は仕方なく、鹿野に右手を差し出した。
鹿野は俺の手を握るなり、表情が変わった。
「どうかしたの?」
「いいや。こっちの話」
鹿野は加治屋の質問に笑顔で答えた。
「ねぇねぇ鹿野君」
「ん? なに?」
鹿野の周りを見るとクラスの女子生徒のほとんどが集まっていた。
どうやら鹿野はモテるらしい。
長身で顔立ちが良い鹿野はモテないわけがない。
ただひとり、円香は俺の隣にぽつんと座っていた。
*
「榎本君」
「ん?」
昼休みの始まり。
特にすることもなく教室でただのんびりしている俺は鹿野に声をかけられた。
「いまからなにも用事がなかったら校内を案内してほしいんだけどな。いいかな?」
「ああ。そんなことならお安いご用。ついてきて」
少し体が動かないがのっそりとでかい図体を動かした。
そして鹿野と共に教室を後にした。少し加治屋関係で抵抗はあるが気にしないで校内案内を進めた。
「んで、ここの突き当たりが理科室だよ」
「へぇー。前の学校とは大違いだ」
鹿野は周りを見渡して驚きの表情を浮かべた。
「なにが?」
「外壁とか色々。昔の学校は木造でね。大嶺中みたいにきれいじゃないんだよ。夜は外灯が少ないから暗くてね。そりゃあ怖かったよ」
大嶺中は去年。校内を大改装した。
そのときは運動場にたてたプレハブの小屋で勉強をしたものだ。
夏は暑くて冬は寒かった。
そんな壁を乗り越えて迎えた新しい校舎は毎日が高級ホテルにいるようだ。
「へぇー。肝試しにはピッタリだな」
「そんなことすると本物がでるよ」
なんて他愛もない話をして校内案内は終わり。振り出しの職員室前に帰ってきた。
「まぁこれで校内案内は終わりかな。質問ある?」
「んー。じゃあ一個質問」
鹿野は長い手を上に上げる。身長が高いものだから何気に威圧感がある。
「なに?」
「五教科を教えてくれる先生を紹介してくれないかな?」
「ん? わかった。挨拶でもするんでしょ」
「そうそう。よくわかったね」
「なんか鹿野はそういう奴と思ったからね」
「出会って少ししか経ってないのに随分長い時間いるようだね」
鹿野の言葉を頭の中で復唱して咄嗟にでて来た人物が円香だった。
あいつとは本当に生まれてから一緒にいるからな。
そう思うと、朝の加治屋の言葉が頭に浮かんでくる。「カップルみたいだね」
その言葉はどこかに引っかかって胸の辺りがむずむずしている。
「あのさ」
「ん?」
職員室に行く途中、鹿野は俺に声をかけた。
「もしかして、榎本君って僕のこと嫌いかな?」
鹿野は心配そうな声で言った。
「いや。違うけど。なんで?」
鹿野は俺の返答を聴くと安堵の表情を浮かべた。
「二回目に握手したときに少し雰囲気が違ったからね。僕のこと嫌いなのかなぁって思ってね。よかった。嫌いじゃなくて」
そして安心のため息を一つ吐く。
「この昼休みで鹿野のいいとこが色々見つかったよ」
「苗字で呼び合うのってなんかぎこちなくない? ユウカでいいよ」
「ああ。そう? じゃあ俺はエノヒロでいいよ」
「エノヒロ? 榎本権弘だから? あっはっは。面白いあだ名だね」
鹿野が大きな口を開けて笑った。
「ユウカ、それバカにしてる?」
「いいや。面白いなぁって思ってね」
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