暖炉からいい匂いがしてきた。
 私は、一人でコロネロ・ランドルフを舐めていた。カスクトレングス、樽出しのごっついバーボンだ。50度以上ある。グラスをテーブルに置き、暖炉まで歩いていく。
「焼けたな」独り言を言って、中からアルミホイルを取り出す。安物の牛肉の塊に、玉葱・ニンニクをたっぷり入れ、赤ワイン、バター、塩、コショーをふりかけ、アルミホイルで包んで暖炉に放り投げておいた物だ。MOKIのナイフでアルミホイルを切り、そのまま肉にナイフを入れる。ガックやバーバーの名ばかりのナイフと違い、まるで、剃刀の様な切れあじだ。
 食事を終え、ゆっくりとワインを飲んでいると、20年前の事が昨日の様に思い出される。
 私は、当時の日本人には珍しく、自費でヨーロッパを参戦するロードレーサーだった。3年間夜も寝ず、貯めた金でチームを作り、各サーキットを渡り歩いた。宿をとる金も惜しみ、いつも車の中で寝ていた。その時のメカニックが蓮だ。アクシデントは2年目の、ドイツ、ホッケンハイムで起こった。スリップストリーム、前のマシンとは30センチと離れていない、3台は一本の糸のように連なり長いストレートエンドを疾走!250キロ前後はでる。その頃売り出し中の、ワークスライダー、ホマハの海斗とヤンダの龍斗と優勝争いをしていた。突然先頭を走る私のマシンの前輪のスポークが折れた、当時のホイールは今のようなワンピースのホイールではなかった。気が付いた時、海斗と龍斗は、まるで壊れた人形の様に、手と首を不自然に曲げ、生命の無い物体と化していた。私も、手と足そして肋骨を折ったが、一命は取り止めた。
 あとで解かった事だが、スポークに明らかに人的な工作がされていた。その時以来、私は二度とオートバイには跨らなかった。そして、いまだに犯人を探している。海斗と龍斗は、私の親友だったのだ。自分が殺されたのと変わりは無い、生涯をかけて探し出す。
 いきなり、電話が鳴った。
「あ・た・し・」
溜息をついた。
「あら、いきなり溜息なんて、ひどいんじゃない」
「酔ってるな」
「悪い、誰かさんが、ちっとも遊んでくれないから、一人自棄酒よ」
「悪いなんて言ってない。それに俺の知らない誰かさんの責任を、俺がとらなきゃならない義務もない」
「わかったわ、じゃあ良く聞いてちょうだい。私の言っている誰かさんは、ここの所、毎日、毎日、仕事もしないで、訳の解からない鳥の羽根を一生懸命むしって、固定ペンチで気持ちの悪い虫を作っている岳って奴だ」
さすがに苦笑しながら
「どうしたいんだ」
「行ってもいい」
「来ても良いが、一つだけ言っておく。俺がやってるのは、マテリアルとバイスを使ってフライと言う毛鉤を作っているんだ」
 私が言い終わる前に、電話は切れていた。

燐の肌が、ピンク色に染まる。
 何の感情も無かった。獣のような声をあげ、白目をむく燐を、白けた目で見ているだけだった。
 もう、誰も愛さないと決めたのは、いつだったか。燐もそれを分かっていて、私の心にまでは入ってこない。たまに来て、抱かれて帰るだけだ。けっして泊まる事は無い。
 私が、シャワーを浴びていると、燐も入ってくる。
「相変わらず、いい身体してるのね」
「釣りのおかげさ」
「でも、傷だらけね、いくつあるの」
「数えた事はないね、それに心の傷まで入れたら数えきれない」
「そうやって、冗談を言ってるようだけど、あなたの場合、ほんとに心が傷だらけなのね、外から見える傷の何倍もあるわ」
 それ以上、何も言わせたく無いので、唇で口を塞ぐ。
 本に目を落としてる、私の背に燐の声がかかる。しばらくすると、マーチの頼りない音が遠ざかっていく。けっして、見送ったりはしない。目では活字を追っているが少しも頭の中に入ってこないので、寝ることにする。



つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

もしもボカロキャラが35歳だったら・・・3 (ハードボイルド版)

閲覧数:89

投稿日:2011/07/28 00:46:41

文字数:1,594文字

カテゴリ:小説

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