重音テト、三十一歳。
 俺と同じ街に住む彼女は、三十路とはとても思えない若々しい外見と、明るく前向きな性格を持つ――俺の憧れの人だ。
 ただ、彼女にはひとつの大問題があった。


「ルコ!」
 キュートなネコボイスで、俺は呼びかけられた。
「僕は一応君の先輩だよ? 会ったら挨拶くらいしてよ!」
 テトさんの不機嫌な顔が俺を下から覗き込んだ。左右でドリル状に巻いた赤い髪に、軍服風の服装。真っ赤な瞳はなんとなくウサギを思わせる。
 もちろん、俺だって真っ先に挨拶したいし、人一倍アガリ症というわけでもない。
 それなのになぜ俺が挨拶しなかったかというと。
「ほら、いつまで黙ってるの」
「おはようございます……」
 気圧されて俺が言うと同時に、頭の左右でドリル髪がぎゅるんと回り、テトさんの身体が光った。
 光はすぐにおさまるが、俺の前に立っていたのはすでに「テトさん」ではなかった。
「まったく、挨拶も覚えられないなんて、君は実に馬鹿だな」
 俺の目の前で、軍服の「男」は眼鏡を押し上げた。
 ひとつに束ねた髪の先で、ドリルになった部分がさっきの名残として緩やかに回っていた。
 重音テト第二形態、通称・重音テッド。
 テトさんは見た目はかわいい少女なものの、その実体はキメラ。だからネズミを見ると第二形態であるテッドに変身する。
 そして俺はよりによって中の人が|日勝ゆう(ピカチュウ)。つまり俺の声を聞いた瞬間、テトさんはテッドになってしまうっつーことだ。
 いや、俺自身ふたなりだし、性別によって相手を差別するつもりはないんだけど。何が問題かというと――。
「じゃあ罰ゲームとして、スーパーまでフランスパンと救心買いに行ってもらおうかな? 五分以上かかったら女装写真ニコニコ静画に晒すから」
「あーハイハイ買って来ますよ!」
 こンの鬼畜眼鏡ェ……!
 俺は青筋を浮かべてスーパーに走った。
 ――そう。テッドの性格はテトさんと同一人物とは思えないほど最悪だった。



「おや? 誰かと思えば欲音ルコじゃないか」
 フランスパンが突き出したビニール袋を抱えてスーパーから出ると、見慣れた濃い藍色のベレー帽が見えた。
「デフォ子さん」
 俺達UTAUの最古株、唄音ウタさんだ。みんなあだ名でデフォ子さんと呼ぶので、俺もそうしている。
「またテトに押し付けられたか」
 まあ、フランスパンと救心なんて謎の組み合わせのお使いを頼むのはテトさんかテッドぐらいだ。フランスパンは大好物で救心は常備薬らしい。
 救心は第二形態から第一形態に戻る効果もあるらしいが、なんでネズミで変身して救心で戻るのか謎だ。
「――テトさんじゃなくてテッドっスよ」
「ようはテトだろう」
 俺は訂正したが、デフォ子さんに冷静に返された。
「テトといえば、ルコはテトと仲が悪いのか?」
 突然デフォ子さんにズバリと聞かれた。
「……はァ?」
「モモやリツが心配していたぞ」
「仲が悪いも何も、俺はテトさんとロクに話したこともねーし」
 そもそもロクに「話せない」し。
「質問が悪かったようだ。ルコは『テッド』と仲が悪いのか」
「悪いに決まってるっしょ。あのあばばば眼鏡……!」
 あー、思い出したらムカついてきた!
「あばばば眼鏡……新しい悪口だな」
 デフォ子さんは無表情でウケて続ける。
「それに、ルコはなぜテトとテッドをそこまで分けて考える」
「なんでって……いくら同じヒトって言ってもあそこまでキャラ違ったら」
「キャラが違うとは?」
 デフォ子さんが不思議がった。あれ?
 直接テトさんと話したことはほとんどないが、他の人と話しているテトさんを見かけたことならいくらでもあるから、テトさんの性格もそれなりに解っているつもりだ。
 実際リツとかとテトさんの話題になっても特に食い違ったことはない。
 俺のドリームだったとしても、それを壊さないよう気を使うほどリツは出来てないよなー、まだ六つだし。
「もしかして、俺がテッドの性格勘違いしてるって言いたいんスか?」
「その可能性は有り得る」
 デフォ子さんは言ったが、俺は自分でナイと思う。
 あそこまでわかりやすい鬼畜のどこをどう誤解するのだろうか。

「っうぉ、やっべ!」
 そう言や、テッドにコレ届けんのすっかり忘れてた!
「じゃあデフォ子さん、俺はコレで!」
 俺は急いで走り出した。女装写真バラ撒かれたくはないからな。

 ――ぽつ。

 俺の頭に大粒の雨粒が当たった。
 それを合図にしたかのように、いきなりザーザーと雨が降りはじめる。
「わっ、ヤベ」
 この雨の中走ったら、フランスパンがしけっちまう!
 いや、テッドが食べるフランスパンだから別にいいか。
 待てよ? テトさんとテッドって胃袋は一緒なのか?
 だとしたらテトさんが腹壊すかもしれないし、やっぱりまずいか!
 ちょうど崖の下に雨宿りできそうな小屋があったので、俺はそこで休んでいくことにした。

 小屋に入ってしばらくしたが雨はなかなか止まない。腕時計を見るとテッドにお使いを頼まれてからすでに十五分も経過していて、女装写真の件は絶望的になっていた。
「っかー、ツイてねー!」
 叫んだあと、ふと俺の耳は微かな歌声を拾った。
 歌唱プログラムじゃなかったら聴き逃していただろう小さな歌声は、崖の上から聞こえてくる。
 この声は後輩の波音リツか。
 ん? リツが崖の上に?
 リツは華奢な外見に似合わず、体重が二十五トンもある。そんなのが崖の上を通ったら……!

 ガラガラガラガラ……!
 案の定、逃げる間もなく上から降ってきた岩に俺がいる小屋は押し潰された。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【欲音ルコ】この声は君にとどかない? 前編【重音テト・重音テッド】

ピアプロに登録しているのにDL専門というのもどうかと思い、
勢いで書いてしまいましたルコとテト/テッド。
「ネズミを見ると第二形態に~」と「ぴかちゅうの人」の安価に運命を感じてしまった者です。

閲覧数:436

投稿日:2010/03/18 15:33:04

文字数:2,339文字

カテゴリ:小説

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  • 省エネ主義な美琴

    省エネ主義な美琴

    ご意見・ご感想

    ってこの男ホントついてないな(笑..
    まさかテッドとリツが出てくるとは思わなかったので吃驚したけど、
    とても面白かったです!続きもこれから見ます!

    2011/12/27 18:46:12

    • 上尾つぐみ

      上尾つぐみ

      ルコは男じゃないんだふたなりなんだ!
      リツはちょい役なのでタグには乗せませんでした。
      検索妨害しない私いい子!←
      続きも読んでくれるとのこと、ありがとうございます!

      2011/12/28 18:51:25

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