ある時代ある場所。

 そしてこことは違うどこか。

 どこかの異世界。

 これはそんな物語。

「さざめくのは今はない彼方の人々の願い
 天高く願う誰よりも真摯な

 彼方よりたゆたう戦乙女に連れられて
 数えられぬほどの血の涙に濡れて
 量れぬほどの刃を抱いて
 ただただ思ったのは

 貴方に

 貴方へ
 
 思い願い請うたのはたった一つの悲しい輝き
 それをどうか
 ふと思い出すのなら
 彼らへの手向けの炎を」

 広々とした遮蔽物の少ない緑の草原。遠くを見渡せば青く澄んだ空と地上の境界を分かつ雄大な山脈が広がっている。ピクニックには最適だろう。
 そこで、そんな場所で、無数の人間が可憐に咲く花を踏みつけ、叫び、走り、殺しあっていた。それはあらゆる世界、あらゆる時代に人々が憎みながらも繰り返してきた光景。美しい緑の地を汚れた垢に染め、高き空に嘲笑われるような、そんな光景。

 そこから数百メートル離れた地で鉄の鎧に身を包んだ十数名の兵士に護られている戦場には場違いな少女がいた。
 まるで日の光を浴びて輝く草原のような緑、あるいは見る角度を変えれば澄んだ空色のようにも見える長い髪の少女が美しい声で歌っていた。
 強い、どころか痛みすら感じさせる光を瞳に宿して、その戦場を網膜に焼きつけながら、歌を歌っていた。まるで眠った子供に聞かせるような子守唄のような、あるいは死に逝く者への手向けのような穏やかで優しい歌。それでいて思い浮かぶのは眠った子供を優しく揺さぶり起こすようなイメージの、そんな歌を歌う。

 彼女の歌が終盤に差しかかった頃、彼女の近くにいた比較的軽装の兵士がそこから数十メートル離れた位置にいる馬に乗った騎馬兵の集団の元へと走っていく。軽装の兵士が走りながら二言、三言、言葉を発すると騎馬兵たちはすぐさま戦場へと駆けていき、その腰にあった角笛を吹き鳴らした。ブォーという独特の低い音色が辺りに響き渡る。
 すると、今まで戦場で戦っていた多くの兵士――その中の盾と剣の柄に音を表す記号と精霊を模した紋様が組み合わさった紋章を持つ者たち――が、一斉に撤退を始めた。最初は相手を警戒しながらもじりじりと、そしてすぐに背を向けて全力疾走で、自分たちの元いた陣地へと一目散に駆けていく。よく見れば彼らの装いは最初から全力疾走で逃げることを前提とした造りになっている。

 突然の敵の敗走に呆然として、しかしすぐに雄叫びを上げて追いすがろうとする赤い鎧の兵士たちを横目に、歌う緑の少女の隣に立った周りよりも随分と豪奢な鎧を纏った四十過ぎほどの男が低い声で彼女に言う。
「初音様、もうそろそろお願いしてよろしいでしょうか?」
少女はそれに静かに首を縦に振る。
と同時に歌が紡ぎ終わる。
そして、


 そして戦場は一面炎に包まれた。


 その場に残っていた多くの赤い鎧の兵が苦悶の叫びを迸らせて、周囲を悲惨で聞きがたい絶叫に溢れさせる。が、それもすぐに多くが肺まで焼かれて、止んでいく。一方で逃走した兵のほとんどは巻き込まれず、また、彼らを追った赤い兵の中には助かった者もいた。
 しかし生き残った赤い鎧の彼らも目の前の悪夢に表情を凍りつかせ足を止め、あるいはその場で膝を折る。もはや抵抗などする気力は残っておらず、次々と捕らえられ、あるいは、殺された。
 残ったのはかつての美しい緑を漆黒に焼き潰された草原と、原型も残らぬような人間の無数の焼死体。その焼けた匂いだけ。

「初音様、貴女のおかげで今回も敵を全滅させることが出来ました。今や貴女様はこの国の英雄。『蒼天森緑の歌姫』と言えばもはや我が国で称えぬ者などいないほどですよ」
 全てが終わった後、嬉しそうにそう言う四十過ぎの男はこの戦の指揮官だ。
 対する初音と呼ばれた少女は特に笑みを浮かべる様子はなく、未だ幼いと言ってもいいような容姿には似つかわしくない、静かな、内心を悟らせないような無表情をしていた。
「私は……。……ここの精霊はもう当分は起こせません。数年は何をやってもこの子は起きないでしょう」
「了解しました。上に伝えておきましょう」
 少女の反応に特に何かを思うこともなく指揮官はそう言うと彼女の元を離れていった。



 かつてその国では災害の起きるとき、戦が起こった後、その地の精霊の怒りを歌によって鎮めていた。そうして精霊を鎮める歌を『鎮魂歌(レクイエム)』と呼び、それを歌う者を歌巫女と呼んだ。
 歌巫女の頂点に立つもの、すなわち最も美しく歌い、最も精霊を鎮めることに秀でた『鎮魂歌』を歌うことの出来る歌巫女を歌姫と呼んだ。彼女たちは人と精霊の調停者であった。
 しかし、ある時ある歌巫女は考えた。歌で精霊を鎮める事が出来るなら、また歌で精霊を呼び起こすことも出来るのではないかと。そうしてあっという間に、本当にあっという間に、『鎮魂歌』は兵器へと成り下がった。歌姫は戦の切り札となった。もはや彼女の歌うべき歌は『鎮魂歌』ではなく、『反魂歌(アンチ・レクイエム)』とでも言うべきものになっていた。それは無数の国のひしめく中で着実に力を失いつつあったこの国にとっては必要なことだったのかもしれないけれど。
 今や歌姫である『蒼天森緑の歌姫』はこの国の英雄だった。精霊を鎮め、癒す聖女ではなく、幾百幾千の敵を焼き払い勝利をもたらす英雄。彼女の戦績を称え、毎夜彼女に乾杯を捧げるこの国の人々は彼女を『初音』と呼んだ。
 それは彼女の名ではない。彼女の名は彼女がこの国の精霊と歌を交わし、誓いを立てたときに失われた。改名したのではなく、失われた。かつて彼女と親しかった者も、家族も、彼女自身すらその名を覚えてはいない。過去に彼女の名を記した記録でさえ、彼女の名前の部分だけが空白になっていた。
 その名はこの世界から永遠に失われたのだ。
 そして彼女は歌姫となった。

 歌姫『初音』となった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

歌姫の鎮魂歌 1

これはボカロを使う意味があるのかって感じですよね。……正直。
まあでもピアプロに入ったからには何か投稿したいなと思ったので。歌詞なんてあんなセンスの塊みたいなものは無理だし、曲なんて論外。イラストも人に見せられるようなものは書けないし、ならば小説しかない。と言うことで。
まあ、ありがちな話ですが。これが己の限界かな、と言う感じで。
読んでいただいた方は本当にありがとうございます。感想なんかいただけてついでに褒めてもら(r
すいません、調子に乗りました。ちなみに褒められるとだめになる子です。

一応続きます。

 少しだけ付け足しと誤字脱字を直しました。

閲覧数:163

投稿日:2013/08/08 12:22:42

文字数:2,448文字

カテゴリ:小説

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