お伽話と千年樹
森の中の道は馬車が走れるほど広くは無く、街道のように舗装もされていない。しかし人が歩いて踏み固められた獣道は歩きやすく、周りの木々や茂みに入らなければ迷う心配はなさそうだ。
太陽が程良く遮られ、枝葉から漏れた光がリンとレンの金髪を照らす。そよ風が葉を揺らす音は優しく、散歩には最高と言える環境だった。
だが森に入って進んでしばらく過ぎた頃、レンは達観とも言える表情でリンに声をかけた。
「……なあ、リンベル」
「はい」
レンが言わんとする事は分かっている。考えている内容は多分同じだ。リンは失礼にならないように、それでも困惑と呆れを顔に出して返事をする。
「俺達、三人で森に入ったよな?」
「はい」
もはや哀愁が漂っている口調に頷き、リンはここまでの道のりを思い返す。
町の南門にいた緑髪の少女に詳しい道を教えてもらい、リン、レン、護衛の三人は、町から徒歩でこの森までやって来た。入る道さえ間違えなければ千年樹の元へ行くのは難しくなく、道なりに行けば大丈夫だとも聞いていた。幸い教えてもらった道はすぐに見つけられ、三人は森を進んで行った。
そして現在。リンとレンの傍に護衛の姿は無い。
「何でちょっと目を離した間にいなくなってるんだよ……。やる気あるのか……? それともわざとか……?」
レンはいつの間にか姿を消した騎士に呆れを隠そうともしない。はぐれた事に気が付いた時に声を上げたり近くを探してみたりはしたが、既に手遅れだった。
「こんな時は王族の方が離れるのが大体だろ。逆になってるぞ……」
我が儘を言った自分にも責任はあるかとレンは溜息を吐き、拳を固めて苛立ち混じりに呟く。
「流石は現場を知らないお坊ちゃま騎士か……。帰国したら覚えてろよ……」
かつては精鋭が集まり、三国最強と名高かった黄の国の騎士団だが、現在では腐った貴族の溜り場と化しており、メイコの父が率いていた頃の栄光は見る影もない。それどころか昔の誉れにしがみついてまともな鍛錬を行わず、甘い汁を吸っているだけの集団だ。
レンとしては金食い虫の連中を一掃してやりたいが、他国には未だ黄の騎士団は最強だと思われている。ハリボテなのが事実でも、いきなり解体をしたりすれば他国に、特に長年争ってきた緑の国に隙を見せる事になる。黄の国の安全を考えるのなら、実情を知られない方が良い。
静かに怒りの炎を燃やすレンを間近にして、リンは額に冷や汗を浮かべる。
相当怒ってるなぁ……。そりゃ怒るよね……。上級貴族の顔を立てるのも兼ねて護衛を任せたのに、仇で返されたようなものだし……。どうしてこう、上の貴族は揃いも揃って馬鹿なのか……。
もう貴族制は廃止にした方が良いんじゃないか。リンが本気でそう思った時、怒りを治めたレンが今後の考えを口にした。
「ここまで来たなら千年樹は見て行こう。ひょっとしたらどこかで合流出来るかもしれないし」
ずっと留まっていても仕方が無い。とりあえず先に進もうと歩き出したレンに従い、リンは森の奥へと足を進めた。
「あ、リスがいますね」
「どこ……って、あ、コマドリ見つけた」
千年樹への道すがら、リンとレンは時折顔を出す小動物に機嫌を良くする。木々の密度が濃くなり森の中は薄暗いが、二人の心は森林浴で癒されていた。
「どう思う? 緑の国は」
動物が立ち去るのを見送ったレンに問いかけられ、リンは聞いていた話とは違うと正直に答える。
「緑の国は他民族や外国人に厳しいと聞いていました」
リリィや西側に暮らしていた銀髪の男女の話では、排他的な印象が強かった緑の国。ところが実際に来てみれば、噂と落差があって多少戸惑いがある。
確かにとレンは苦笑して頷き、地域によってずれがあるのだろうと見解を述べる。
「さっきの町は結構外国人が来るんだろうな。だから東側の人に慣れてて驚かないんだろ」
王都は広さがある分、黄の国の人間を嫌う人も少なくないと言う。緑の国内では未だに他民族を差別する風潮がある所もあるらしい。
国民の大半が緑髪をしているのが原因の一つだろうとレンは話す。髪の色が同じなのが当たり前だから、見た目が違う人を中々受け入れられない。
「俺達にしてみれば、皆同じ色の髪をしている方が不思議だけどな」
東と西では民族が違うのだろうと、レンは歩きながら結論付ける。王子の言葉に納得し、リンははぐれないように傍を歩く。
森は薄暗くなった以外に大した変化はなく、立ち並ぶ木々に目印になるような物も無いので、まるで同じ所を歩き続けている感覚に陥る。二人が黙ると、聞こえるのは虫の鳴き声と鳥のさえずり、風によって擦れる葉の音程度しか聞こえない。
しばらく進む内に周囲の音が徐々に小さくなり、獣道を進む二人分の足音がリンの耳に届く。
「何だか、夜になったらお化けが出そうですね」
退屈を紛らわせようと適当な話題を上げる。レンはほんの一瞬肩を強張らせたが、リンはそれに気が付かない。
「ははは、何だリンベル。お化けとか怖いのか?」
乾いた笑い声を立て、レンは若干引きつった笑顔をリンに向ける。
「いえ、別にそう言う訳では……」
いるのかいないのか分からないお化けより、生きている人間や飢えた野犬の方がよっぽど怖い。リンは冷静に返そうとしたが、レンの方が先に言葉を続けた。
「お化けや幽霊なんている訳ないだろー。見間違いとか勘違いに決まってるじゃないか。女の子は怪談話苦手だし仕方が無いなあ。ははは……」
早口に言って再び乾いた笑いを上げ、リンに背中を見せて足早に進んで行く。リンが追い掛けて脇に並ぶと、草や枝を踏む音に混じってぶつぶつと何かを言う声が聞こえた。
「お化けなんていない。お化けなんていない。お化けなんて……」
ああ。怖いんだ。
お化けに怯える弟が可愛く映り、リンは微笑ましさを隠せない。しかしレンの名誉を守るため、その事には触れずに聞こえないふりをしていた。
暗い道の先に白く輝く光が見える。すっかり落ち着きを取り戻したレンが前を歩き、リンは後ろを付いて光へと向かって行く。やがて視界が開けて、少し広い空間に出た。
「ちょっと離れてろ」
どこから来たか目印を付けておこうと、レンは剣を抜いて地面に印を刻む。足の裏を指で押されたような感触がしたので確かめてみると、丸く小さな木の実がいくつも転がっているのが見えた。
レンが作業している間、リンは教えられた道を思い出しながら周囲を見渡していた。
広場みたいな所に出たら千年樹まで近い。大分痛んでいるけれど看板があるはずだから、それに従って進めば大丈夫。そう教えてもらったが、どの方向を向いても景色は似たり寄ったりだ。それでも注意深く周囲を観察すると、草木に紛れて不自然な物が見えた。森の中に見えた人工物に目を凝らし、リンは剣を鞘に納めたレンに呼びかける。
「あれではないですか?」
「ん? あ、多分そうだろうな」
一緒に歩いて近づくと、それは端の所々が欠けて少々風化していたが、千年樹への行き先を示した看板だった。隣には更に奥へ続く道が伸びている。
もう少しだと疲れた自分を励まして、二人は目的地へと歩き出す。そして十分が経とうとした頃。
「でかっ!?」
「うわっ」
道を抜けて広がった光景に、レンとリンは同時に驚きの声を上げた。
先程の広場よりも広い場所の中心。そこには想像していたよりも遥かに巨大な樹が生えていた。
近くに寄って見てみると、樹は箱馬車が一つ丸々入る程に太く、空に届くのではないかと錯覚する程に高く伸びている。それだけ巨大であるにも関わらず、威圧感や圧迫感は感じられない。
厳かな印象を強く与える大木に、これが緑の国が誇る千年樹かと二人は肌で感じ取る。森を守る神が宿っていると伝えられているのも納得だ。
巨木を見上げたまま、レンは感嘆を口にする。
「壮観だな。樹齢、千年以上あるんじゃないか?」
千年樹に見とれるレンの横顔を見ながら、そうですねとリンは賛同する。
「ずっとずっと、この森を見守って来たのでしょうね。もしかしたら、お伽話も本当にあった事かもしれませんね」
旅行での名所巡りを思い出す。平行して青の王子の姿が頭をよぎり、リンはふっと笑みを漏らした。
カイトさんは今何をしているだろう。あの時と同じように、観光客に故郷を案内しているのだろうか。それとも王子として貴族の相手をしているのだろうか。
ぼんやりしているリンに顔を向け、レンはふざけた調子で言う。
「置き去りにされた双子が魔女をやっつけた後、七つの罪を世界にばらまいたってお伽話だろ?」
「え? ……あ、はい! 小瓶で夜道を照らすんですよね」
すぐ隣からの声で我に返り、リンは慌てて取り繕う。小さい頃にレンと一緒に読み、最近ではユキに読み聞かせをした本はそんな内容だったはずだ。
そうそう、とレンは笑って首を縦に振る。
「魔女の子分も倒したとか言ってな。童話って結構過激だよな」
基本的に容赦が無いと冗談交じりに言い、二人で笑い合う。千年樹の下で一頻り雑談を楽しんだ後、「さて……」とレンは切り出した。
「そろそろ戻るか。休憩も出来たし、千年樹も見られたし」
満足な散策だったとレンは感想を述べる。未だに合流出来ていない護衛についてはもう考えないようにしていた。
町に帰った時に戻っていればそれで良いと結論付け、護衛の騎士に関してはリンも既に諦めている。
最後にもう一度千年樹を仰ぎ、二人は巨木の広場を後にした。
痛んだ看板の裏側が見える。行きの道では見落としていたが、板を打ち付けてある棒には蔦が絡みつき、それを支えにして小さな花が一つ咲いていた。
リンが花の存在に気が付いて呟き、続けてレンも花へ目をやる。
「これじゃ気付かないよな」
四角い棒の下半分は、雑草が生い茂っているのでほとんど隠れている。レンは歩きながら呟き、リンを伴って看板の脇を通り過ぎる。
千年樹手前の広場は行きの時と全く変化が無い。しかし地面の一カ所にはレンが剣で刻んだ目印が残されており、帰りの心配はいらなかった。
「他にも通れそうな所がありますね」
広場の縁近くを歩く最中、他の獣道を発見してリンは呟く。もし間違えた道に入ってしまえば森から出られなくなりそうだ。
レンは顔だけ振り返り、苦笑いをリンに見せる。
「念の為に目印付けて良かったよ。迷ったら笑えない事になるし……」
語尾を小さくして言い、レンは唐突に足を止める。ぶつかる直前でリンも立ち止まり、怪訝な表情を浮かべた。
広場の中央からややずれた位置。辺りには草木しか見えず、何か特別な所は無い。後ろを確認しても反った看板があるだけで、変化があるようには見えない。
一体どうしたのか。リンは様子がおかしいレンに小声で話しかける。
「王……」
子、 と口を動かした瞬間。
「伏せろ!」
鋭い声が耳に突き刺さる。驚く間もないまま肩を押さえられて強引に屈まされた。視点が急に低くなる。
「へっ?」
状況を把握しきれないリンの頭上を矢が飛び去り、雑草を揺さぶる音を響かせた。
蒲公英が紡ぐ物語 第23話
♪おーばーけーがこわーいなんて、こどーもだーね僕の♪……あれ?
ヘタレン君とクールなリンちゃん。
グミ「前回に引き続いて、武器についてあれこれ語っていきますよ!」
ハク「武器って言うか、レン君が持ってる剣の説明ね」
グミ「そう。前回はそこまで行けなかったし。あ、ここで話す事はテストに出ません」
ハク「どこの何のテスト……」
グミ「レンが持っている剣は、片手でも両手でも扱える剣『ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソード』をモデルにしています」
ハク「ハンド・……。何その長い名前」
グミ「長いよね。でもこれが正式名称なんで我慢して。ちなみに作者も文を見ないと言えません」
ハク「どうでも良い……」
グミ「ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソードって言うのは、『片手でも両手でも使える剣』の事。片手半剣とも呼ばれています」
ハク「え。それってバスタードソードの事じゃないの? ゲームやファンタジーで良く出る」
グミ「うん。それでも間違いではない。正確には『バスタードソード』は『ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソード』の分類に入るから」
ハク「何となく分かった。そのハンド何とかソードって言うのは、剣の分類名の事なのね。」
グミ「そうなるね。上手い例えが浮かばないのが辛い所」
ハク「レン君が持ってる剣はバスタードソードって呼ばないの?」
グミ「呼ばないかなー。資料によって細かい違いはあるけど、バスタードソードの長さは110cm~140cm。それくらい大きいイメージを作者は持ってるから、レンの剣は入らない」
ハク「腕よりもいくらか長いって描写だから、確かに100cm無いね」
グミ「イメージは全長80~85㎝位。一般的な傘と同じくらいかな」
ハク「それに30㎝定規を足したらって想像すると、110cmって結構長いよね……」
グミ「突っ張り棒とか1mの定規とか意外と邪魔だしね。長物は場所を取る」
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ご意見・ご感想
june
ご意見・ご感想
流石お姉ちゃんです、リンちゃん(笑)
やはりレン君はヘタレなところが……。
2人のトークは勉強にもなりますし、面白いので何気楽しみです(笑)
私的に、矢を放ったのは護衛の騎士ではないかと考えますが…。
次回も楽しみにしています!
2012/08/23 11:48:26
matatab1
メッセージありがとうございます。
リンはお化けを怖がっている余裕なんか無かった時期、現実を見過ぎた時期もあったので、その手の話は割と平気ですね。
レンは怪談話は完全にアウト。ただ、ゾンビや怪物は平気なタイプです。
武器の解説は『いくつかの資料を見て自分が納得した説明』を組み合わせているので、違う所や解釈が異なっている所もあると思います。
なので「こんな記述もあるんだな」と言う感じで読んで貰えれば助かります。
あれこれ予想するのは展開を知らない内の楽しみでもあるので、暇な時にでも想像を巡らせてくれれば嬉しいです。
2012/08/23 18:42:46