ノエルは、一度森の向こうで待機している面子を迎えに木々の間に消えていった。
なんでも、ノエルはこの『物忘れの森』の領主であるそうで、森の入り口から出口まで彼女と同行すれば記憶を失うことはないのだという。
この森の厄介なところは、一度入り口を潜ってしまうとランダムにかなり深いところまで転送されてしまうそうで、それもノエルと一緒なら起こらないのだとか。
『ラビット・フット』でここまで来たパールと、やや暫くして合流したアマル・・・アマルは、例外的にこの世界のあらゆるマイナスの影響を受けないのだとか・・・が、わきゃわきゃじゃれ合っている。
やれミニハットのリボンが解けただの、やれ耳にテントウムシが止まっただの・・・要するに、ヒマなんだろう。
森から視線を逸らして進行方向に眼を向けると、森に入る前に見たような迷路庭園になっている。
違いがあるとすれば、こちらの迷路庭園は全て薔薇の花であるということのみだ。
可憐な白薔薇が、迷路の障壁を構成している。
そして、迷路の向こうには赤をアクセントに多用した壮麗な西洋建築物・・・要するに、城が聳えているのだ。
ほんの少し背伸びをして迷路庭園の奥を覗いてみると、城に近いあたりは赤薔薇で構成されているらしい。
そこまで見届けて、踵を地面に戻したときだった。
唐突に、純白が視界に入った。
それが、純白の頭髪を戴き、純白の衣装を身にまとった人間であると理解するのに、数秒かかった。
俯く顔を覆う白い髪は、長い蓬髪。
純白の甲冑に、白いシルクのマント。
物語に登場する『騎士』にその姿は酷似していた。
『騎士』が、顔を上げる。
凛歌に似たその顔は、やや病的ともいえるような白い肌をしていた。
こちらをぼんやりと見つめる目は・・・どことなく薄氷を思わせる、ごくごく薄い水色。
後ろを見ると、パール達はまだわきゃわきゃやっていた。
改めて目の前の『騎士』をみやると、彼女はほんの少しだけ唇を持ち上げて、はんなりと微笑んだ。
そのまま、手に握っていた何かをこちらに向けて差し出す。
白い、花。
その辺の土から引っこ抜いて、まだそれほど時間が経っていないのだろう。
小さな下向きの花弁をつけたその花は瑞々しく、可憐に揺れている。
目の前の『騎士』からは、少なくとも害意は感じ取れなくて、僕はその花に手を伸ばした。

「受け取るな帯人ッ!!」

「ぅぐるるるるるっ・・・・・・!」

何事かと振り向いて・・・・・・逸らした視界の端で、緋色が散った。
視線を前に戻す。
灰色と緋色のまだらになった、三角形の耳が見えた。

「バンダースナッチ!?」

おかしい。
どうして、バンダースナッチが、目の前にいるのだろう?
どうして、バンダースナッチの胸からは、剣が生えているのだろう?
ずるり、とバンダースナッチの身体が剣から抜けて、地面に落ちた。
慌てて抱きとめたその向こうには、純白の『騎士』が変わらぬ微笑みでもって僕を見つめていた。

「どけ!!」

鮮やかな金髪が広がる。
僕とバンダースナッチを押しのけて前へ出たマーチが、ポンチョの中から手を抜く。
その手に握られたものを一振りすると、それは長大なハルバードに変化した。
折りたたんでポンチョの中に収納していたんだ、と思考が的外れなところに焦点を合わせた。
腕の中のバンダースナッチに視線を戻す。

「・・・ぐ・・・ぐる・・・ぅ。」

胸を浸す緋色は、明らかに致死量を超えていて。
バンダースナッチの顔は紙のように白かった。

「どう、して。」

この子は、バンダースナッチは、『恐怖』だ。
どうして、生物として最も『怖い』であろう『死』の『恐怖』に逆らってまで。

「ぐるぅ・・・たい、と・・・・・・。」

名を呼ばれて、目を見張った。

「いなくなる、ほうが・・・るる・・・こわい・・・。」

青灰色の眼がゆっくりと細くなり、笑みを形作る。
満足気な笑みのまま、バンダースナッチの体は崩壊し、強風に吹き散らされて消えていった。
僕の手の中に、鏡のひと欠片を残して。
握り締めると、掌にちりりと痛みが走って、傷が増える。

『怖イ』

『怖イ』

『怖イ違ウ皆違ウ別ノ生物』

『怖イ怖イ怖イ』

『異種』

『怖イ怖イ恐ロシイ』

『来ナイデ怖イ関ワラナイデ』

『怖イ』

『ヒトリ』

『嫌ダ、イナクナラナイデ』

僕は、尻尾にすがり付いていたバンダースナッチを想って、静かに泣いた。

「その花の和名は、『待雪草』、もしくは、『雪の花』という。」

振り返る。
パールが立っていた。
手の中に、『騎士』が差し出してきた花を持っている。

「フランスでは『雪の求婚者』、ドイツでは『小さき雪の鐘』、オランダでは『白スミレ』・・・キリスト教圏では聖母マリアに捧げられたことから、『マリアの花』とも呼ばれる。しかし、一般的には『スノードロップ』の名の方が有名だな。花言葉が『希望』というのはわりと有名だが、もうひとつの花言葉は意外と知られていない。相手に贈ったときにだけ適用される花言葉がある。それは・・・・・・。」

パールの指先が緩み、花が地面に落下した。

「『あなたの死を望む』。」

声は、パールのものではなかった。
『騎士』が、マーチと切り結びながら穏やかな声で言った。

「・・・・・・『白の騎士』、名を名乗る気は、あるか?」

厳しい声で、パールは問う。
その手は二丁拳銃を抜いてはいるが、『騎士』達の攻防の激しさに手を出しあぐねているようだった。

「・・・・・・ブランカ。」

穏やかな声で、『騎士』は言った。
しかしその身体は、その穏やかさが嘘のような熱烈さでマーチと切り結んでいる。
顔色の悪さも相まって、熱病患者のような熱狂であった。
その顔は、これ以上にないほど晴れやかだ。

「ずっと・・・わたしは、殺され続けてきた・・・・・・・。月隠凛歌そのものに・・・もう嫌、わたしが殺す。私が壊す。もう殺されないように、わたしが他の凛歌を殺す。」

『騎士』・・・・・・ブランカの剣は、熱狂的であるがゆえに手数が多く、それゆえに無駄な剣筋もあるのだが・・・・・・マーチは、逆のその手数の多さに苦戦しているようだった。
マーチが振るっているハルバードというものは、本来、遠心力に任せて振り回すことで威力を発揮するものであり、ブランカのように短時間で多くの手数を繰り出す相手では、分が悪いのだ。

「伏せろ『三月兎』ッ!」

そこに、仕込み杖を抜き放ったダイナが肉薄する。
ダイナとマーチ、2人の猛攻を流しながら、しかしブランカは、嬉しげに笑った。

「・・・そうそう、『卵』、『理性』・・・貴女が、わたしを一番ころしていたわ・・・ねぇ?」

力強くふり抜かれる剣と、金属音。
ダイナとマーチがたたらを踏む。
ダイナに刃が突きこまれるのを、マーチが受けて流す。

「そうか、彼女は・・・・・・。」

「ころさなきゃ・・・ね?」

「『殺意』だ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 23 『Paura』

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章23話、『Paura(パウーラ)』をお送りいたしました。
副題は、『恐怖』です。
アクション解禁、そして最初の犠牲者が・・・・・・。
精神世界でのキャラクター間の相性は、現実の凛歌の脳内での抑制・被抑制や助長・連鎖などで決めています。
なので、『殺意』であるブランカは自分を抑制し殺す役割である『理性』であるダイナが物凄く嫌いです。
その他のキャラクターについても、『自分は殺され続けているのに、お前達だけそのまま外に出れてズルイ』みたいな感じで嫌い。
そして、バンダースナッチ。
バンダースナッチは、『恐怖』の中でも特に、『異種の生物に囲まれて生きていくしかない恐怖』です。
凛歌はそもそも、自分は人間と同じ生き物だなんてハナから思ってないんですね。賢いのと同じくらい、お馬鹿だから。
それはある側面ではどうしようもなく正しくて、ある側面ではまったく違う。
普通の人間以上に精神的に大事な部分・・・協調とか、妥協とかが欠けていて、その反面、普通の人間以上に誇り高くてタフです。
でも、そのタフさは自分とまったく違う生き物の間で生きていく恐怖を押し隠した結果なのです。
そして、その恐怖以外にも、凛歌は恐怖を知ってしまった。
『帯人がそばにいない恐怖』です。

さて、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

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投稿日:2009/08/26 23:57:06

文字数:2,873文字

カテゴリ:小説

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