闇の真実

 ほとんどの住人が寝静まり、ひっそりと静まり返った真夜中の王都。一般人なら余程の事情が無ければ外出をしない時刻に、一つの人影が暗闇に紛れて移動していた。足音を潜めて夜道を進み、やがてもう一つの人影と合流を果たす。
「すまない。待たせた」
「遅ぇぞ。捕まっちまったかと思った」
 夜影に落ち合った人物は悪態で答える。荒れた言葉遣いだが、相手への心配や思いやりが込められていた。
「見張りの目が案外厳しくてね。抜け出すのに時間がかかった」
「お疲れさん。何か掴めたか?」
 こちらはそれなりに情報が集まった。口が悪い人影の成果とは裏腹に、返答は芳しくないものだった。
「全然駄目だ。下っ端が知る必要は無い。余計な詮索をしないで戦えってさ」
「仲間にもその態度か。しょうもねぇ」
「仲間だと思いたくないね。同胞なのが恥ずかしい」
 声変わりを迎えていない人影は嫌悪を隠さずに舌打ちする。相棒の意外な一面を目撃し、憎まれ口から僅かな吐息が漏れた。
「お前も言うよな。見た目は大人しいのに」
「君は性格丸くなったよね」
「そうか? ま、詳しい事は後だ後。さっさとトンズラだ」
「同感。見つかったら意味が無いからね」
 会話が終わり、夜の帳は本来の静寂を取り戻す。二つの人影は暗闇に身を隠し、誰にも見咎められずに軍を脱走した。

 リンがリリィの過去を聞いて二週間。
 王宮と睨み合いを続けていた革命軍が攻勢に入り、王都の各地で暴動が起きていた。
 革命軍は郊外で正規軍に勝利を納めると、それに勢い付いて進行を開始。王都市内を次々と陥落させ、王宮周辺を残すまでに攻め上がった。
 王宮兵は鎮圧にかかってはいるものの、やはり多勢に無勢。投降や逃亡をする者も相次ぎ、残存兵には更なる負担が圧し掛かる。
 日に日に薄くなる王宮の守り。悪ノ王子打倒を前に意気込む革命軍。いつ攻められてもおかしく無い状況の中、執務椅子に座るレンは眉を寄せていた。
「またか……」
 知らせを届けたトニオを下がらせ、額に手を当てて溜息を吐く。この報告をされたのはリンとリリィの話を含めて合計五回目。後半二回は昨日今日と連続。愚行に頭が痛くなってくる。
 革命軍を名乗る兵による略奪。メイド二人から初めて聞いた時は耳を疑ったが、数日後に近衛兵隊からも報告を受けた。市街で略奪を行っていた者達を最初に捕えたのは、正規軍が王都の警戒を強めて間もなくの事だ。
 略奪では無く特別徴収だと言って憚らない連中を締め上げると、革命軍の一員だとあっさり吐いた。地下牢に拘束されても反省の色が無かった略奪者達は、既にレンの命によって処刑されている。
 近衛兵隊の調査とメイド二人が王都市民から得た情報を合わせ、レンは兵を二人革命軍に潜り込ませて内情を探らせた。彼らによれば、正体不明の緑髪の兵団が反乱軍に参加しており、問題行動を起こしているのはその緑髪兵団の人間。つまり西側出身の兵が主らしい。東側出身の兵と揉めている光景を見かけたので、どうやら反りが合わない様子だ。
「一枚岩じゃない、か」
 手は組んでいるものの、緑髪兵団は革命軍の指揮下に入っていない。あるいは入る気が無いと言う事か。兵団を率いる長の素性は不明。これについては諦めるしかないだろう。
 ただ、革命軍の統率している人物の情報は得ることが出来た。近衛兵と同じ赤い鎧を着た女剣士が反乱軍の首領で、東側出身の兵や黄の国民の人望を集めている。敵ながら立派な印象を受けた、とは潜入した近衛兵の見解だ。
 待ち人が来たかのような笑みを浮かべ、レンは敬愛を込めて呟く。
「流石はメイコ先生。守るべき相手と剣を向ける相手をちゃんと分かってる」
 驚くと同時に納得だった。彼女なら弱き国民の味方に付く可能性は有り得た事。それをかつて追放した立場の王宮が咎めるなど噴飯ものだ。
 捕えた兵に黄の国出身者が少ないのは、メイコが的確な指導や処罰を下しているからか。そんな推測をしてしまう程、略奪行為を働く恥知らずは緑髪の兵が多い。
 兵に問題があるのか長が無能なのか知らないが、余計な事をしてくれる。内情はどうあれ、黄の国民から見れば革命軍であるのは一緒。反乱後に西側へ引き上げるのを見越して好き勝手暴れ、責任と尻拭いは東側に押し付けるつもりか。
 とは言え、革命軍は国民の支持を得ている。小麦問屋が被害に遭った翌日に緘口令を敷いたのもあって、被害者以外の住人は略奪事件を知りもしないだろう。ましてや犯人が革命軍だと言った所で、その話を信じる人間がどれ程いるのか。疑われた挙句にでたらめ扱いされるのが落ちだ。
 国民が反乱軍を歓迎しているのは、それだけ王宮に不満を溜めているからに他ならない。そして、悪ノ王子を忌み嫌っている証明でもある。
「今更、か」
 馬鹿らしい、とレンは自嘲する。疎まれるのも国に必要とされていないのも昔から。裏切られた記憶を呼び起こしている場合か。現在地下牢に収容中の無法者や略奪の件をどうするのかを考えるのかが先決だろう。
「これ以上酷くなると誤魔化しきれないな……」
 初期の頃は緑髪の兵のみと言っても過言では無かったが、近頃は茶髪や黒髪の人間も混ざっている。おそらく緑髪兵団のせいで道徳意識が低下し、革命軍内で道を踏み外す者が出て来てしまったのだ。
 略奪を行う不届き者はどうでも良いが、革命軍は正義の味方と思われていなければ困る。緑の国に反感を持ってしまうと東西の関係に弊害を及ぼしかねない。事件の真相を国民に認知されてしまうと後々厄介だ。
 民衆を圧政から救う革命軍が略奪をしていた事実などあってはならない。公にすれば国民が付いて来なくなる。
「少し派手にやらせてもらうか」
 元より略奪者を許す気など無い。公開するかしないかの違いだけ。暴君王子への怒りを煽り、革命軍の支持を上げるには丁度良い。
 不利益を被る決意をした時、ドアをノックする音がレンの耳に届いた。柱時計が指すのは午後三時。おやつの時間だ。
 王宮に人手が足りないのを承知しているレンは、残ったメイド二人と料理長におやつの時間は無しにしても構わないと告げていた。しかし三人には使用人としての誇りや意地があるらしく、毎日欠かさず王子のおやつを用意してくれている。
 申し訳ない気持ちにはなるのだが、言っても三人は行動を改めない。レンは使用人達の熱意に白旗を上げ、相手の好きなようにさせていた。しなくて良いと止めたとは言え、本当は三人の気持ちがレンは嬉しく、おやつの時間を大切にしているのは同じだった。
 後何回その穏やかな時間を過ごせるだろう。近い内にブリオッシュも食べられなくなる。リンが作る甘味強めの菓子系と、リリィが作る薄味の食事系。どちらも美味しいけど甘い方が好みだと言ったら、小さな子どもみたいだと笑われた。
「レン。入るよ。……何か良い事でもあった?」
 ドアが開いてリンが入室し、微笑を浮かべて椅子に座るレンに声をかけた。
「ん。何でも無い」
「そう? 何も無い割には機嫌が良さそうだけど?」
 双子だから分かるのか、単純に顔に出やすいのか。己の感情表現に疑問を抱きつつ、レンは話題を逸らすのも兼ねて問いかける。
「気のせいだ。リン、今日のおやつは何なんだ?」
 普段通りの口調が無理なく出た。リンもそれに安心したのか、急に姿勢を正して王子のメイドの顔を見せる。姉がおどけているのに合わせてレンも顔を引き締めた。
 リンが真面目な表情のまま質問に答える。
「ブリオッシュです」

 翌日。王都の広場で公開処刑が執り行われた。
 捕虜になっていた革命軍の兵士は民衆の前に引き出されると、次々と断頭台にかけられた。国民は見せしめの処刑に悪ノ王子への反発を激化させ、怒りに奮起した革命軍は一週間も待たずに王宮を包囲した。
 首を落とされた兵士が略奪犯であった事は伏せられ、また緑髪の捕虜は髪色を変えられていた。大半の兵が西側の人間だったのを知る者は、王宮に残った一部の人間のみ。
 レン王子の意思によって事件の真相は隠蔽される事になり、世間に真実が明かされる事はなかった。

ライセンス

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蒲公英が紡ぐ物語 第46話

 このレン裏表激しいよな……。環境のせいで二面性をもたざるを得なかった所もあるんですが。

閲覧数:446

投稿日:2013/05/03 11:33:05

文字数:3,340文字

カテゴリ:小説

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