燃え盛る炎がチラチラと眼球の奥を撫でる。
紅い火は怪獣のように空高く舞い上がる。
その周りでそれ以上の熱気で人間たちが不格好な踊りを続けている。
ほんの数日前までは道端で腐っていたくせに。
私は名前も知らない食べ物を一口かじった。
――私たちは死んでいる。
最初こそ自分が何を言っているのか分からなかった。
当たり前だ、死んでいる人間が思考できるわけがない。
誰もがそう思うはずだ。思わないはずが無い。それが死という認識だからだ。
だけど人間、その気になれば何でも受け入れられるものだと、私は思い知らされた。
いや、私がそれを受け入れられたのはもう人間ではなくなってしまったからだろうか。
とにかく、私たちは一度死んで、今二度目の人生を歩んでいる。
生まれ変わりだとかそんな子供に聞かせる御伽噺ではない。
死後の世界で、腐ったように、死後の時間を無駄に浪費しているだけだ。
歩んでいる、というのがおかしかったのかもしれない。
正しくは、足踏みしている。いや、寝転がっているのだろう。
私たちは、誰もかもが。
不老不死。
それを手に入れることが出来れば、とてつもない恩恵を受けられるのだろうか。
違う、私はそんなもの欲しくはなかった。
死ぬのは一度きりでよかったんだ。
死ぬことも老いることもない。
それじゃあテレビゲームの中と同じじゃないか。
そうだ、最初こそ人々は喜ぶのだ。
何でもできるじゃないか、と。なんて素晴らしいんだ、と。
死ぬことはない。けがなんかすぐ治るし、病むこともない。
殺人も傷害も無いのだ。そんな言葉は何の意味も持たない。
嫌いなヤツはいくら殴ったっていい。傷つかないのだから。
嫌いなヤツはいくら刺したっていい。傷つかないのだから。
嫌いなヤツはいくら殺したっていい。死なないのだから。
そう、まさしくゲームの中じゃないか。
でも、いつまでも遊んでいられるゲームなんて存在しない。
人間は生きるのに飽きた。
そして腐った。
最初こそ酷かったらしい。
殴っても傷つかない。殺しても死なない。
弱く醜い人間はサンドバッグへ、美しい女性は性玩具へと成り下がった。
――しかし、人間は飽きる生き物なのだ。
ああ。
一つ、私は嘘を吐いた。
今の方が、ずっと酷い。
「おーい!どうしたよ!鳩が豆鉄砲食らったような顔をして!」
「…昨日学んだ言葉もろくに使えないのかあんたは」
それとも、私が間の抜けた顔をしているのか。
少なくともこの男よりは賢い顔をしているはずだけど。
「とりあえずお前も飲めよ!ホラホラ!」
「酒は飲む、栓が空いてないのをね」
あんたの持ってる酒瓶、ほとんど空だろうに。
「お前ももっとバカになればいいんだよ!」
「はあ」
「ほら、あそこのねーちゃんなんか素っ裸で踊ってるぞ」
「開放的」
「お前もあれぐらい見習ったらどうだ」
「前向きに検討する」
遠い昔誰かに教えてもらった言葉を反芻する。
記憶の中の"誰か"もこうやって私の話を適当にあしらうんだ。
「どうしたの」
錆びついた戸を開けると、中には少女がただ一人蹲っていた。
私が声をかけると彼女は小さく体を震わせた。
「別に怖い人じゃない」
彼女は視線だけを動かした。声は出さない。
「これ、飲むかい」
手に持ってる酒瓶を彼女の前に突き出す。
「お酒は、子供は飲んじゃだめ」
「酒じゃないさ」
この子、喋れるんだな。
「ただのジュース、体に悪くないよ」
良くもないと思うけど。
「ほんと?」
「ほんと」
彼女が恐る恐る伸ばしたその腕に酒瓶を優しく手渡した。
「…ありがとう」
その言葉に私は唇を噛んだ。
外が騒がしくなってきた。
「そろそろかな」
隣に座る少女は、酒瓶に喰らいつきごくりごくりと豪快な音を立てながら”それ”を飲む。
「もっと欲しいのなら、いくらでもある」
彼女が飲み干したそれを眺めながら私は退屈そうに言う。
「外に」
言い終えるか終えないかのうちに彼女は外へ飛び出していった。
放り出された酒瓶が割れる音を聞きながら私はそれを眺めていただけだった。
この世界にカラスはいないらしい。
しかし今この村はカラスの鳴き声で溢れている。
「 」
人間が狂ったように酒を飲み肉を喰らい踊り暴れ、そして笑い声をあげている。
カラスのように汚い声で、狂ったように。
「 」
自分の声が聞こえない。
騒音でかき消されていく。
「 」
あの男は、あの少女は、皆退化するところまで退化してしまった。
「 」
彼らに対して私が述べるべきなのは、謝罪なのか?
私は嘘を吐いた。
酒瓶にジュースが入ってるわけが無い。
しかし、酒が入ってるわけでもない。
人間達があのように狂ってしまうのだから、大体察しはつくだろう。
まあ、難しい言葉を並べるより、聞き慣れた一言でまとめてしまった方が早い。
麻薬、と。
麻薬といっても、この死後の世界においては皆合法だ。
いくら摂取したところでメリットこそあれど、デメリットなど無い。
なんていったって不老不死、誰も傷つかないこの素晴らしい世界なのだから。
中毒になることも障害を起こすことも無い。
単純に気分が高揚するだけ。
それに加えて、人の心を狂わせるものといったら、催眠術。
闇夜に燃え上がる炎、単調な唄、繰り返し鳴り響くリズム。
助長に限っただけの使用法ではあるが、人を狂わせるのにはそれで十分だ
…一つ困ったことをあげるならば、体温が異常に上がり、仕舞には皆服を脱ぎ始めることだ。
慣れてしまえば気にすることも無いのだが。
生殖行為をおっぱじめないだけマシと言うべきか。
あれは見ていて気分が悪くなる。
ああ、あの男は笑い過ぎて顎が外れている。
ああ、炎の中に飛び込む者もいる。
不老不死、私はそんなもの要らなかった。
こんな腐った世界、見たくなかった。
死ぬのは一度だけで十分だったんだ。
―――しまった。
私は唐突に気付く。
自分の内の奥からふつふつと湧き上がるものに。
ある男は言っていた。
『こいつに酒を加えると美味くなるんだ』
馬鹿、これは酒じゃない。
私は手にしていた名前も知らない食べ物を炎の中に投げ込んだ。
身体が、熱い。
自然と口元が歪む。
くしゃりと笑い声が漏れた。
くしゃり、くしゃり。
頃合だ。
そう、ここが生前の世界なら、執行の時間というべきか。
――ぐしゃり。
まるで世界が歪んだようだった。
違う、歪んでるのは私の頭だ。
「――むちゃくちゃになっちまった世界に」
ぐしゃあ。
「せーので"サヨウナラ"さ」
人が、溶けていく。
泥細工のように。
それが人間のなれの果てだと思うと、いっそうに口が歪んでいく。
くはは、という声が頭の奥で響いた。
天にも昇る心地という言葉がある。
この世界では、それで本当に天に昇っちまうんだ。
頭の隅々までイカレちまう程の心地。
それを経験した時、人間というものを維持する機械までイカレちまう。
これは私の言葉じゃない。
遠い昔の誰かの言葉。
私の役目は、こうやって人を快楽へと誘導し、葬り去っていくこと。
生前の世界で言えば、死刑執行人。
人間が存在する最大個体数というものがある。
それを超えた時、この死後の世界はバランスを崩し砕け散ってしまうだろう。
死へと行進するヌーの群れのように、破滅へと向かうのだ。
それを防ぐために私"達"はこうして人間の数を間引くことで世界を救い続けているのだ。
これも誰かの受け売り。
頭の中をさまざまな記憶が駆け巡る。
これも全部、あのドラッグのせいだ。
ぐしゃり、ぐしゃり。
笑いが止まらない。
世界を救うために、私は人を殺し続けるのだ。
そうだ。
人知れず世界を救う私は、
ヒーローなんだ。
そのためには幼い少女をも薬物中毒へと追い込む。
仕方ないのだ。
世界を救うためなんだ。
仕方ないんだ。
涙が、止まらない。
「―――あーあ、死にたい」
村にいたカラスはいつの間にか姿を消し、
忘れられたように炎が燃え盛るだけであった。
Dyspepsia.SS
憲のオリジナル曲「Dyspepsia」の背景を描いたショートストーリーみたいなものです。
あまり文を書く機会が多いわけではないので、読みにくかったらごめんなさい。
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