ゆっくりと。確実に近づいている。
 何故だか分かる。そして、それに近づいてはいけないことも。
 でも、だめ。行かなければいけないのだ。
 そこに答えがあるはずだから。
 気がつくと、村の畑が広がる一角にいた。
 その先には、人影。背が高く、がっしりとした体形。甲冑の隙間から見える肌色黒く、筋肉質だ。腰には大剣。
「……やはり、来たな」
 ベティの姿を見とめると、ひげを生やした口元を、にやりと歪める。
「……」
 無反応のベティ。その表情も変わらない。
「覚えておらんか? ブライム・ハーバーだ」
 名乗るも、ベティに変化はない。
「本当に覚えていないのか。それは寂しいな。私の全てを奪っておきながら!」
 言うなり、小型のナイフを投げる。
「――!」
 すっと目を細め、そのナイフを見つめる。
 むぅうん……
 微かな振動音と共に胸元のペンダントが赤く光り、ベティの周囲が歪んだ。そこにナイフが突き刺さる。
 空中に浮いた状態となったナイフは、ゆっくりと溶けるように霧散していった。
「その力、多少コントロールできるのか。成長するとは驚きだ」
「…シ、ラ、ナイ…。ワタシ、ナニ…」
 ベティは、ぼそぼそと、言葉を口にした。彼女の周りは、いまだ歪んだままである。
「なるほど。本当に言葉を覚えたのか。自らの存在を語らないように“造られた”はずが、不思議なものだな」
「!」
 ブライムの言葉に、ベティは初めて反応した。思わず目を見開く。
 それを見たブライムは、ベティの目を見つめた。
「教えてやろう。お前は、全ての物質を消す力を与えられ造られたモノ――つまり、人間じゃない。だから感情も思考も言葉も持たない。センターシティで研究された、破壊兵器、とでも言おうか」
 ブライムは淡々と語りだす。その言葉は、ベティには信じ難く、受け入れられなかった。
 しかし、それをよそに彼は言葉をつづけた。
「だが、元は人間だったのだよ。名はレイス――死んだ、私の娘だ」
 その瞬間。
 ベティを覆っていた歪みが消え、少女はその場に膝をついた。目線が、ブライムから外せない。
 死んだ――娘?
「必ず蘇らせるという条件で、センターシティの極秘実験に娘の死体を提供したのだよ。確かに生き返ったが、記憶もなく、言葉も話せず、その力すらコントロールできず、妻や息子たちを消し去り、そしてお前も消えた。それ以来、ずっとお前を捜していた。
 ……ショックか? 今までそんな表情を見せたことはなかったな」
 ゆっくりと、少女に近づくブライム。
「本能的にここへ来たのだろうが、分かっていたんじゃないか? そのブラッディ・ルビーと……」
 ブラッディ・ルビー。少女が首から下げている、ペンダントの紅玉。
 そして、ブライムは懐から小さなバッチを取り出した。そこには蒼い宝石が埋め込まれている。
「対となるこのティアーズ・サファイアが引かれ合ったのだろう。それは、いわゆる制御装置みたいなものだからな」
 ブライムはバッチを左の袖口につける。そして、少女の目の前に立った。
「このティアーズ・サファイアがあれば、ブラッディ・ルビーを介して、お前の力をこちらでコントロールできる、というわけだ。お前に感情や意思が芽生えていたのは計算外だったが、一応役には立ってくれたようだ」
 言うなり、少女の髪を乱暴に掴む。痛みに、少女は顔をしかめた。
「…ぅっ!」
「こんなに動揺してくれるとはな。力を持たなければ、所詮、子供か」
 ふんっと、鼻で笑い、手を離す。
 重力に逆らえず、そのまま座り込むように膝をつき、少女は力なくうなだれた。
 ワンピースの端がボロボロとほつれる。
 昼間、ミンティが買ってくれた、白いワンピース。突然色あせ、劣化し始めた。
「その服は、あの女が作ったものではないのか」
 見下ろし、冷静なブライム。
「…あの女の正体は、大方予測がついている。うまく利用できればいいが…」
 ふところから煙草を取り出し、火をつける。
「立て、レイス。あの女のところに案内しろ」
「ま、待て!」
 その声は、ブライムの背後から聞こえた。
 ゆっくりと振り向くと、そこにはイルザの姿。
「話は、全部聞いた。そいつ……ベティや、ミンティねーちゃんをどーするつもりなんだ?」
 声が震えているのがよく分かる。ブライムは、ふーっと煙を吐いた。
「……この村の少年か。それを聞いてどうする?」
「……」
 逆に問われ、言葉に詰まるイルザ。
「この村を守る勇者ごっこか? 残念だが、そんなお遊びには付き合ってられんよ。子供には何もできまい」
「や、やってみなきゃ分かんねーだろ! だいたいお前、父親のくせに、ベティを道具みたいに……なんでそんな卑劣なことできんだよ!?」
 子供となめられたことに腹を立て、イルザが叫ぶ。
 イルザは子供扱いさるのが一番嫌いだった。今までイタズラをしてきたのは、偉いといわれる大人のプライドを砕き、隊長や村人たちを困らせることで、イルザなりに子供の力を見せつける為だったのだ。
「私の娘だ。どうしようと勝手だろう? どけ小僧。邪魔をするなら、容赦はしないぞ?」
 言うなり、剣に手をかける。
 イルザの顔がサッと青ざめ、体中が緊張を始めた。汗が一気に噴き出す。
 相手は第一騎士団の団長。本気を出されたら、一瞬で殺されるだろう。
「……ベティとミンティねーちゃんを、どうするつもりだよ……」
 ブライムを睨みながら、震える声で、もう一度聞いた。
 目をそらしたら、殺される――イルザはそう言い聞かせ、極度の緊張で腰が抜けそうになるのを、必死でこらえる。
「……そうだな。どうせ死ぬなら教えてやるか。冥土の土産ってやつだな」
 無表情で、剣に手をかけたまま言う。
「センターシティのお偉方は、レイスの力を使って、近々隣国に戦争をしかけたいらしい」
「な……」
 思わず言葉を失うイルザ。
 センターシティーは平和を願う国だ。防衛の為の武装なり戦力なりはあっても、決して開戦する国ではなかったはず――。
「要は全ての国や地域を、牛耳りたいのだろう。世界征服と言えば分かりやすいかな? その為に研究され、造られたのがレイスだ。しかし、突然の暴走により姿を消したため、この研究がバレる前に探し出し捕える必要があった。それを一任されたのが、父親であり第一騎士団の団長である私だ」
 左手にある煙草の灰が、ハラハラと落ちる。
「もちろん、私一人じゃ捜しきれないのでね。あちこちに諜報部の人間を派遣し、やっと見つけたというわけだ。しかし、私も父親だ。娘のレイスを他人に好き勝手使われるのは面白くない。
 ……ならば、私がその力を使って、娘を提供した見返りに世界を頂くまで」
 にやっと口元のひげが歪む。
 イルザは、あまりのことに、言葉が出ない。
(研究――世界征服? 何を言ってやがんだこいつは!? んなこと、本当に――?)
 現実味があまりにもなく、困惑と憤りが入り乱れる。
 愕然とするイルザをよそに、くっくっくと低い声でブライムは笑った。
「センターシティのやつらの思い通りになってやるものか。試しに、この村を消して見せてやろう。やつら、驚くに違いない」
「!!」
 とんでもないことを言い出したブライムを、イルザは再び睨みつけ、身構えた。
「その為にも、あの女をどうにかしないとな。小僧、居場所知ってるんじゃないのか? 素直に案内すれば、助けてやってもいいぞ?」
「誰が……」
 言いながら、一歩後ずさり、背中に手をまわす。
「てめぇに教えるかよ!!」
 叫び終えると同時に、隠し持っていた石を素早く投げ付けた!
「うぐっ!」
 スピードがついた石は、甲冑と甲冑の隙間を正確に捕え、ブライムの右わき腹をえぐる。
「ベティ! こっちに!」
 ブライムの後ろにいるベティに叫ぶが、その目は焦点が定まらず、反応がない。
「くそっ!」
 ブライムはフラフラとしているが、倒れるまでに至っていなかった。ベティに近づけない。
「この村を消させるもんか!」
 もう一度、ブライムに向かって石を投げる。
 しかし、ブライムは紙一重で石をよけ、一気にイルザとの間合いを詰め――
「っ!」
 ガッとイルザの右腕を掴んだ。
「……残念だったな、勇者くん」
 言うなり、左手に持っていた煙草をイルザの腕に押しつけた。
「―っぅうあああああああああああ!」
 ジュウッと音を立て、皮膚が焼ける。
 ブライムは手を離し、間髪いれずみぞおちに拳をねじ込んだ。
「ぅ……っ!」
 まともに喰らい、イルザは地面に倒れ伏した。
「小僧のくせに、なかなかやるな……」
 わき腹を抑え、低く呻く。
 ブライムは腰の袋から、ビー玉くらいの黒い果実を取り出した。イルザの身体を蹴り、仰向けにする。
 顎を掴み、無理に口を開かせ、黒い果実を潰して果汁を注ぐ。
 微かに甘い果汁と独特な香りを感じた瞬間、視界が揺らぎ、イルザの意識はどんどん遠のいていった。
「褒美にソンヌの実をくれてやる。睡眠薬として使われている実だ。貴様の勇気をかって、今は殺さないでやろう。そこで大人しく寝ているんだな。運が良ければ、生き残れるかも知れんぞ」
 ふんっと鼻で笑い、立ち上がる。見上げれば、遠くから細く煙が立ち上がっていた。
「……見つけたか」
 つぶやき、放心した少女の元へ戻った。
「行くぞレイス。あの、女の所へ」
 少女の左腕を掴み、無理やり立たせ、引きずるように歩き出す。
「…、……、…――」
 呼吸とも取れるような微かな音で、少女は何かをつぶやく。が、その言葉は聞こえず、誰にも届かなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

OUT of HARMONY (6)

苦しんで、苦しんで。
かなり追加で書き足したり、削ったりした部分。
つじつま合わせに必死www

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閲覧数:80

投稿日:2010/04/18 12:40:22

文字数:3,968文字

カテゴリ:小説

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