―一刻後・寺院にて―
「失礼します。何のご用意もできませんが、漬物などどうぞ」
「ありがとうございます。有難く戴きます」
「学帆殿の整ひ給ふるお茶請け、戯奴の享楽に御座いまする」
「愛凜、はしたないですよ」
「戯奴の享楽それをそれであると言わぬ由、皆目見当もつかぬ」
「御気になさらず、蓮二殿。はっは、享楽とは。如何にもこちら、京洛の友人にお教え戴いたレシピ;調理法のもので御座います」
「あはれなり、まことに調法すべしと」
「お言葉、有難く頂戴します」
電波塔に程近い寺院で、三人の学徒はおよそ一刻の間、静寂の果てに身をおいていた。帝都の真中に位置し、広葉樹の広がる寺院には爽やかな風だけが吹き渡り、喧騒を空へと溶かしている。
学徒達の思いはとどまる所を知らず、絶えずゆらめく炎のように朧げで、しかしてそこにあり続ける強さを伴っていた。感情の昂ぶりを抑えきれず、普段は供に机を並べていた学僧にその都度強く諭されてしまった。
今は寺院から程離れた自宅の一室に通され、学僧のささやかなもてなしを受けている。襖を大きく開いて見える庭には、帝都の銀色と木の幹の茶色、そして今にも開かんばかりの大きな蕾を携えた赤色が鮮やかに降りていた。
「学帆様がご自分で茶請けまでご用意なさるとは、驚きです」
「拙僧、日頃の買出し程度にしか門をくぐらぬので、来客の茶請け程度は作ってしまうようにしているのです。美紅様方々がいらっしゃらぬとなると、支度した茶請けがいつ日を見るとも限りませぬ故」
「それなら尚の事、と言った所ですか。お手数おかけします」
「やいや、こちらの都合で申し訳ない。蓮二様や皆様のお口に合えば良いのですが」
「いつも何かしらご用意してもらって、感謝しています」
「ええ、本当に。というより、我々は学び舎を共にする学友なのですからお気遣いは無用ですわ。いつもご丁寧にありがとうございます」
「有難きお言葉です」
「一度門を潜れば学帆殿は学帆殿に在らず、神凪家が二十代目におはすれば、お運びを賜ふる者をな友とは云ひそと仰す。まさに戯奴愛敬す御心なりけり。御庭もいとうつくしく整ひて、桜の蕾もまたいとおしきもの」
「重ね重ね恐縮です、愛凜殿。あと数日あれば庭の桜も咲き始めることでしょう。拙僧もまた楽しみに御座います」
「ええ、本当に素敵ね。そう言えば、京洛のご友人って、先日ご挨拶させていただいた?」
「いえ、彼はまた別の出身です、確か蝦夷だったか。体躯の大きさの割に線は細いですが、地元では相当な荒くれ者で、生まれながらの親分肌とでも言うような風格の男だったそうですよ」
「かよう;斯様な破落戸の姿あればこそ、御姉様の御身が都のお偉方や同心に疎まるる故にや。正論をば世論としより整然として提唱なさるお言葉の届かぬは学連に於いて荒ぶりを増す無頼漢の類をして学連の格を下げるに他ならぬとも」
「愛凜、お熱になっては駄目よ。学友同士が志を共にしなければ、あたし達の主張はは理解され得ないものです。同志と言い換えて差し支えないわ。格言をして言うなら、『敵を信ずるにはまず味方から』ですわ」
「有難きお言葉、しっかと賜りて肝に銘じまする」
【六項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】
黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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