「大人になったら、青が待ってるの」
手を隠すように繋いでいたボクらを見下ろすように、白い粉雪の舞う冬空がそこにあった。
「マリッジブルーやマタニティブルーは大人の階段を上る度に、大人たちは次第にそんなブルーに頭を抱えていくんだね」
大人は成長する毎に悩みはつきもの。恋の色は赤かピンクだと思っていたけれど、それが悩みというブルーによって紫に色を変えていく。
「青は悩みの色だけでなく、空や海や壮大な色でもあるよね。信号でいうと進めというポジティブカラー」
「赤もそうだよ。信号でいうと止まれというネガティブカラーだけど、やる気や情熱さに満ちている色だしね」
青は実在のないものに多い色だけれど、赤は実在してるものに多いのだという。
どちらが必要かというと、どちらも必要な色に変わりはない。生きる上で必要な光や水や空気は、赤と青と黄の集まりから成り立っている。
光には赤と黄、水には青、空気には青と黄が必要なんだ。
「でもね、色同士を組み合わせると姿形が変わるように、大人になるって事も同じ事がいえるんじゃないかな?子供の時には真っ直ぐに思ってた考え方や想いも多分単色だったのに、混ざる方法でしか窮屈に溶け込めない社会で生きていくには、きっと混合色でないと自分が成り立たないんだ」
寒い景色の中、防波堤にしゃがんで靴をぶらりと垂らしながら、ボクとキミはオレンジ色の夕焼けをぼんやりと眺めていた。
「子供の時に得たものを大人になってから失ってく内に、色が変化していくんだ。裏切りや妥協、嘘や幻、そんな見たくないものに打たれ強くなるために、調和をはかるために色を重ねていくんだね」
信号の青と赤を守れていた時代が昔はあったはずなのに、大人になるといつからかそれが守れなくなっていた。
そんな日常ありふれたルールを守るか破るかなんて選択肢自体おかしいのに、ずる賢しこくなっていかなくちゃいけないんだ。
「大人ぶって生きてくしか、方法ないよ」
大人と認めたくない事が多いからか、お互い大人ぶる事に同意し頷いた。
二人の関係を恋とし瞬く内にブルーが訪れるとしたら、そんな二人は大人であり成長するためにきっと悩んでいる証拠なんだ。
「大人の利点って何?メリットって何?」
何かを守る事や築く事だって事は判るけれど、何かを貫く事だったり背く事だったりという訳にはいかないものなのだろう。ようは、大人気ないという言葉に値してはいけない。
「仕事と家庭を携えるために、子供を卒業して夢を叶えていくだなんて、思いもしなかったわ」
二人にとって恋に待ち受けるブルー以前に、大人になる事をためらうブルーに思い更けていた。来週には二十歳になるという現実を、どうにかして受け入れていかなくてはならないのに。
「恋の終わる年頃って、十九らしいよ?私たちみたいに二十歳目前にして、不安とためらいが解消されずに別れを選んでしまうって誰か言ってたなあ」
十代のキラキラした時代も、やがて終わりが訪れる。その言葉の続きには、ニートという不安定な自由が待ってるんだ。
「なるほどね、TEENが終わるとNEETが待ってる、か。仕事がないニートでなく、心にポッカリ穴が空いたようなニートって訳ね」
そこには何もない虚無感が待っている。まずは、そこに立ち向かう勇気が必要なんだ。
「私たちがここまで来れた勢いで、二十歳を過ぎた来年にお互いまた会いたいと思えば、今日という日にまたここに来よう」
「それまではしばらく、お別れって事だね」
大人の階段を上ってみようと、二人は互いに心の奥で決した。
それから一年が過ぎ、ボクは駆け出しの社会人として、彼女と別れた約束のこの場所を訪れた。
そこには以前のように、かすれた雪の隙間に映る彼女の姿はなく、寒がりのまま立ちすくんだボクの影だけが伸びていた。
「来てくれて、たんだ」
聞き覚えのある声に振り返ると、彼女の姿がそこにあった。
「変わらないね」
見た目は確かにそうかもしれない。けれど、大人になった二人の心まではどうなのか、少し気になった。
「ボクは変わったよ」
「え?」
ボクがキミに会いに来たのは、事実だけれど。
「キミはボクに会いに来たの?」
彼女が当然かのようにそう頷いても、ボクには一つだけ大きく変わった事があった。
「ボクはキミに会いに来たんだ。でも恋人としてじゃなく、ね」
「…どういう事?」
一年前の二人にはもう戻れないという、そういう事なのかもしれない。
「大人になってみて判ったんだ。恋のあるべき姿をね。もう一年前みたいには戻れないんだ」
「私たち、もうダメって事?」
ボクは頷いた。そして、少し笑った。
「ダメだったんだよ、その時は恋なんかじゃないから。恋なんかしちゃいなかったんだ。友達以上の飯事をしてただけさ」
「?」
恋の形を知らない人が多いとしたら、それはやっぱり大人を知らない十代に多いのだろう。
「恋人として迎え入れるための約束を一度もしていないのに、二人一緒にいるだけで満足していた。それは恋じゃなく、単に仲良しだっただけ。だからボクのプロポーズを聞いてほしいんだ」
彼女は唖然として、次の言葉を待っていた。
「来年の今日、今日と同じように会いたいと思えば、会いたいが毎日続くように一緒に暮らそう。今度こそは恋人と意識して、お洒落な格好で素敵な場所に行って、レストランを予約して乾杯って」
恋人らしい事を恋人として堂々としよう。
それは確かにちょっぴり恥ずかしくてドキドキしてしまうけれど、それが大人のメリットだって判ったんだ。
「二人付き合ってただけって、勝手に勘違いしてたんだね」
彼女もまた笑った。
「ううん、勘違いじゃないよ。二人は確かに付き合ってた。ただ、恋人ではなかったってだけなんだ」
付き合う事と恋人との大きな違いは、付き合うという言葉があまりに曖昧過ぎて、まるで恋人という形をぼんやりさせる表現にしか思えなかった。
そこには互いのはっきりとした意志や目的がなく、恋人としての責任や情熱が感じられないのだ。だから、恋人と互いに意識する事が何より必要で、それを自分たちだけに限らず周りにも伝えていかなければいけない。恋人同士という存在は、いつかは不変となり結ばれゆくものなのだから。
「付き合ってるって言い方は、大人ぶってるだけさ。大人ならさ、恋の形を正々堂々と伝えるべきなんだよ」
好きだから好きとか、淋しいから会いたいとか、一方が曖昧に想いを寄せる形の恋は本当の恋じゃない。
二人よがりの周りに伝えきれない恋もまた、本当の恋じゃない。
周りの人に自分の恋人を、恋人であると強く言えないと本当の恋じゃない。
恋は自分も相手も、周りもまた正々堂々である事。
そこには嘘や偽りのない真実であると周りに伝える勇気が必要で、その勇気があってこそ誠意であり、二人を繋ぐ信頼となる。
恋人とは、本来そうあるべきなのだ。
「…なんてね、少し大人ぶってみました」
ボクは大人のつもりで、彼女に本音を伝えた。
「え?…何処までが本当で、何処からが冗談なの?」
彼女は困惑して慌てふためいた。そして、ボクはまた笑った。
「全部ホントだよ。ただ、大人ぶってみただけさ」
「…バカ」
彼女はふて腐れた。
「その時に会いたいと思えば、ここに来たいと思うだろうからさ。大人になっても、お互い変わらないようにね?」
そして彼女は涙を浮かべながら、笑顔でその場を去ろうとした。
「恋とはどういうものかを知らないまま、付き合ってる関係がイコール恋であると勘違いをして付き合うから、二人の関係は長くは続かないんだ」
「じゃあ、本当の恋って何なの?」
「その前にさ、付き合うって何だと思う?」
付き合うって言葉は都合の良い言葉でしかない。結局は付き合いって言葉の動詞。つまり、付きまとう関係でしかないって事。そんな誰でも構わないっていう語源から来てるんだ。
「私って、都合の良い女って事?」
「まさか…」
恋とは互いを恋人と認識し合い、周りにも堂々と明かせないと成立しないもの。周りに秘密にしたり隠したりした時点で、その後ろめたさは恋の成就には至らない。恋の果てに待ち受けている幸せというものは、二人の間だけでは実現しないのだ。周りから祝福されない恋なんて、愛にも近づけないどころか偽りでしかない。
「キミは、ボクの恋人です」
恋は公にするから意味がある。相手を恋人だと周りにしらしめるから、互いをより大切にしようとする。友人や家族と同じような位置関係に持っていくからこそ、その関係は心から繋がっていくものであり、結果信頼に変わっていくものだから。
「今日から恋人として、宜しくね」
「こちらこそ。キミの期待にそぐわないかもだけどね」
付き合う関係、彼氏彼女の関係、そんな呼び方一つでどうにかなってしまう世の中の曖昧な恋愛関係だけど、恋としての初めましてを改めて交わしてみよう。
「結婚が愛としての互いの約束だとしたら、恋愛は恋としての互いの約束のはず。だとしたら、恋人としての初めましては必要だよね?」
「うん。ちょっぴり恥ずかしいけど、初めまして」
「世の中の恋人たちも、そうであれば初々しくて清々しいのにね」
だからさ。
恋は絶対、堂々としよう。
相手のために、周りのために。
それより何より、自分のために、ね。
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