月明かりが、煌々と差し込む部屋。
ベッドの上で膝を抱えるリーリアの耳に、コンコンと窓硝子を叩く音が聞こえた。
「リーリア、泣いているのですか?」
次いで掛けられた声は、優しいボーイ・ソプラノ。
「レン・・・入ってきて」
少し離れていた間に、何があったのか。
リーリアはどこか幼い少女のような仕種でレンをベッドに腰掛けさせた。
「レン、私・・・もう、外には出られないって。もう、終わりが近いの?」
リーリアの言葉に、やや合ってレンは頷いた。
「リーリア、私が仲間の死神に聞いた所・・・貴女の命は、次の夜明けが最期の太陽だと」
その時、重い鐘の音が響いた。1日の終わりと始まりを告げる、日を分ける鐘の音。
レンは唇を噛んで、リーリアの方を向き直る。
「たった今、貴女の命日になりました」
リーリアは静かに目を閉じ、凪いだ表情になった。その姿が先程の自分とそっくりである事に、レンは気付かない。
「ねぇレン、私、笑って死にたい」
リーリアの顔を間近に見る事となったレンは少々うろたえながらも、彼女の瞳を見た。
覇気のある、蒼い瞳。
レン自身の罪が歯車を狂わせ、今日永遠に閉じられる瞳―――
「リーリア」
レンは優しく笑った。
「『僕』の罪を、聞いてくれますか?」
リーリアは普段彼が使わない『僕』という一人称に違和感を覚えたが、一度深呼吸をすると「いいよ」と言った。
レンは話した。
妹を救うために、自分が代わりに死んだ事。
死者を入れ替える事は重罪であり、そのために死神になった事。
だが本来の自分の寿命が近付いていて、妹は間もなく死ぬだろうという事。
幼くして死んだレンがこの姿なのは、生者であり双子の片割れである妹の魂に引きずられたからである事。
彼女が病死するのは、死者であり双子の兄である自分の魂に引きずられたからである事。
その妹がリーリア=ド=クロエである事まで、全て。
「じゃあ、貴方はアレンお兄様なの?」
こくん、と妙に幼い仕草でレンは―――否、アレン=ド=クロエは頷いた。
「貴女を現世に縛り付けた僕を、怨みますか?」
リーリアは首を横に振った。
「私はお兄様からいただいた命で、ここまで生きられた。怨んでませんわ」
それより、とリーリアは物憂げに笑って言った。
「アレンお兄様、私はお兄様の顔もろくに思い出せないひどい娘です。そんな私を、怨みますか?」
レンは妹の手を取り、その顔を見つめた。
「死神になった人間の事を、生者は長く覚えていられません。その存在や名前を覚えていても、顔を思い出せなくなる。だから、仕方がないんです・・・それに、」
「それに?」
レンは唇を噛み、躊躇いと共に言葉を吐き出す。
「人間に、10年という歳月は長い」
それは、彼自身が人を外れた事を示す言葉。
かつては共にあった二人も間の、溝を認める言葉。
二人は黙り込んだ。が、レンが無言でリーリアに窓の外を向かせる。
リーリアにとって最期の朝日が、彼女の部屋を照らしていた。
【白黒P】鎌を持てない死神の話・13
次回で本編終了予定です。
+エピローグですが。
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