ガラスの籠ノ鳥といろは唄
鋭い音がして、刀がひらめいた。刀で身体を斬られた男が血しぶきを上げて声なく崩れ落ちる。
赤い着物を着た、青く光をはじく黒い髪を持つ男は刀に伝う血を舌でツゥ・・・、と舐め、刀を一振りして血をこぼした。血を落とした刀を鞘にするりと収めて男は、半分脱いで風になびく着物の左肩を直そうともせず、そのまま歩き出した。
男は剣客だった。誰にも、どこにも所属せず、依頼すれば、金の量で仕事を受ける、一流の流れ剣士だった。
男は、目立つ着物の他に、不思議な格好をしていた。首には紐を巻き、縄を腕に絡ませ、刀は鎖を引きずっている。
男は小声で歌を歌いながら道を進み、一軒のあばら屋に入っていった。
「おう、お疲れ。」
男が戸をくぐると、銀髪で、上半身入れ墨だらけの男が片手をひょいと上げた。
「他の奴らはこねぇのかい…?」
男が低い声で問うと、入れ墨の男はひひっと笑った。
「彼岸の日に、剣客だって殺しはしねぇわな。まあ、俺は参る墓なんぞねぇから、ひとり殺したが。」
そう言い終わると、入れ墨の男は男の顔を伺うようにして話しかけた。
「で・・・殺ったのかい。依頼されたやつは。」
「金に見合わねぇ仕事はしねぇ。」
それだけいうと、男は渡された椀からゴクリと酒を飲んだ。
それを聞いて、入れ墨の男は小さくため息をついた。
「はあ・・・お前、そんな良い腕してんだから、どこぞのお偉方のお抱えになりゃあもっと楽に食えるだろうに。」
入れ墨の男の言葉に、男はフンと鼻を鳴らした。
「お抱えなんぞお断りだな。俺は今んとこただ一人の奴だけのものなんだ。」
男の言葉を聞き、入れ墨の男は男の首に巻き付く紐を見た。
「まだそんなもん付けてんのかい。物好きだねぇ。成り立ちも派手だし。」
「俺がいちいち出張ってくのは面倒だかんな・・・。この服を的にしてきてもらうのさ。」
入れ墨の男が着ている、黒一色の地味な着物に対して、男の着ている紅の着物はあまりに華美だった。
「黒一色なんぞ坊主の格好だろうが。」 「ひでぇなぁ、おい。」
男の言葉に苦笑しながら入れ墨の男が言った。
「帰る。」
おもむろに男は立ち上がり、戸を開けた。
「おう。じゃあな。」
男に、来たときと同じようにひょいと片手をあげ、入れ墨の男はいった。
その様子をちらと見やって男は戸を閉めた。
鎖が地面にこすれ、ちりちりと音を立てる。
ひらひらと着物が風になびく。
ざわめく人の中を男は小声で何かを歌いながら歩いてくる。
「・・・いろはにほへと」
男は町を通り抜け、小径に入る。
「・・・ちりぬるを」
橋を渡り、民家の少ない道を歩く。
「・・・わがよたれそ、つねならむ」
月が照らす道を歩くものは、男以外、いない。
「・・・うゐのおくやま、けふこえて」
そして、男は一軒の家の前で立ち止まった。
「・・・あさきゆめみし、ゑいもせず。」
小さく歌い、男は戸を開けた。そしてそのまま家の中を歩き、1つの部屋の戸を開ける。
「帰ったぜ・・・。」
男の声に、部屋の中にいた女が顔を上げた。ぼんやりとした行燈の灯りの中で女が微笑む。
「おかえりなさい。」
女の足には鎖がつけられていた。女が動くと、鎖がちり、と音を立てる。
男は女の隣に腰を下ろした。そして、女の足につながる鎖を見る。
「いい加減・・・、鎖から自由になったらどうだ。ここにはもうお前の飼い主はいないんだぜ?」
男の言葉に、女はゆっくりと微笑んだ。
「いいのよ。私は籠ノ鳥。それでいいの。」
そして、女は、すい、と手を伸ばして男の首に巻き付いた紐に触れた。
「あなたも、こんな女なんか捨てて、自由な女を愛したって良いのよ。だって貴方には自由に動ける足があるもの。」
ふわりと笑う女を男は見やって、そっと女の身体に腕を回し、抱き寄せる。
「馬鹿いうんじゃねぇ。俺はお前だけのものだ。どこの誰のものにもならない。」
「そう・・・。」
女は男の身体に頭を預ける。
「吉原に売り飛ばされそうだった私を助けてくれたときから、貴方は紐に縛られてしまったわね。」
「別にいい。俺はお前がそう望むなら、紐に、縄に、鎖にだって縛られてやる。」
男はそういうと、女の耳にささやいた。
「なぁ、歌を聴かせてくれないか。お前の歌がききたい。」
女は小さくうなずくと、男だけに聞こえるような小さい声で歌い始めた。
その声は薄暗い部屋に甘く響いた。
『アナタガ望ムノナラバ
犬ノヤウニ従順ニ
紐ニ縄ニ鎖ニ
縛ラレテアゲマセウ
アルイハ子猫ノヤウニ
愛クルシクアナタヲ
指デ足デ唇デ
喜バセテアゲマセウ
どちらが先に 溺れただとか
そんなこと どうでもいいの
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならん
知りたいの もっともっと深くまで
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
染まりましょう アナタの色
ハニホヘトチリヌルヲ 』
女の歌を、男は目を閉じて聞いていた。
歌が終わると、男は女を少し力を込めて抱きしめる。
「好きだ・・・、愛している。」
そう女の耳に男は囁いた。
「ええ。私も貴方が好きで、愛しているわ。」
少し疲れてしまったと言い、女は男に身を預け、眠り始める。
男は女を抱きしめると、自らも目を閉じた。
行燈の灯りが、寄り添う二人をゆらゆらと照らしていた。
ガラスの籠ノ鳥といろは唄
鏡音リンと言いつつ、オリキャラしか出てこない
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