「さぁ~て。どっからでもかかって来なさい!」
閑散とした雑木林の中で赤髪にポニーテールの女性が剣を構え、私の前に立っている。
「はぁ…?」
それはアルバイトを終えた後、先輩に付き合わされて散歩していた先の公園での出来事であった。
なんでこんな事をしているんだろう?と彼女に対面する私は要領を得ないでやる気のない仕草を見せる。
「あらら、やっぱり喫茶店とかでお茶でもした方が良かったかしら?」
彼女は気まずそうに構えを解いてノリの悪い後輩へ声を掛けた。
「つまり、どうしたらいいんです…?」
私は足元のカラフルな玩具の剣を拾い上げるとあっけらかんとした顔で尋ねる。
「なんだかカノンちゃんが元気ないって聞いたからさ。」
何故それで剣術指南なのか、ちょっとズレだ人だな…。
カノンと呼ばれたサイドテールの娘はそう思いつつ持っていた剣を彼女に押し付けた。
「すみませんが、私もあまり暇ではないので帰らせて貰います。」
キッパリそう告げると、彼女はその辺に置いておいた荷物を手にとって一目散に駆け出していく。
「ああ、ちょっと!」
カノンが立ち去った後で残されたお節介女は、居たたまれない気分でポツンと一人残念そうに両手に携えた虹色の刀身を見つめるのだった。
「ただいま~。」
野暮用を済ませて帰宅した私は玄関で辛気臭そうに靴を脱ぐ。
すると物陰から小さな人影がこちらを見ているのに気が付いた。
「あっ!ただいま、ロボタ。」
そう呼ばれた人型はコソコソとカノンを避け、何かを隠しながら階段をよじ登っていく。
(あれ…?)
いつもなら私の方へ駆け寄って来るのに、一体どうしたんだろう?
「おかえりなさいカノンさん、お客さんが来てますよ?」
疑問に思う暇もなく、客間から出てきたメイド服の女の子がそう伝えてくる。
「お客さん?」
カノンは洗面所で軽く顔を洗うと、急いで来訪者が待っている部屋へと向かった。
「こんにちは、カノンちゃん。」
落ち着いた挨拶を述べる客人を目にし、私は少々大袈裟に歓喜の声を上げる。
「カナさん!」
静かに椅子に座ってお茶を啜る女性、それは高校の時の一つ上の先輩、天音カナであった。
同じ頃、ロボタは二階にある部屋の押し入れの前に立っていた。
「ガガガ。」
そして大事そうに持ってきた一枚の巻き紙を床の上で開く。
そこにはなにやら複雑な機械人形の設計図のようなものが描かれており、彼は2つのカメラアイを爛々と輝かせてそれを眺めた。
(くっ!ボクはどうすればいいんだ…!)
小さなロボットは感情的に細い腕を床の上へと叩き付ける。
それは先ほど、カナが手土産として持ってきたロボタ専用の新型パワード・アーマーであった。
彼には痛感が無いので腕の痛みは分からない。
だが、人の心の痛みなら少しは感じられるつもりでいる…気のせいかもしれないが。
取り引きに応じる訳にはいかないと、ロボタは神に誓うように電子回路の思考を幾度も繰り返した。
「つまり…、カナさんの会社でロボタを雇いたいって事ですか?」
カノンはしばらく彼女の話を聞いた後、自身の中で反芻した内容を短めに要約した。
「そう。新しいビジネスを立ち上げる為に、今メンバーを集めてるの。」
カナはカバンから取り出した一枚の書類を私に見せる。
「天音・ゼネラルカンパニー?」
なにやら難しい文言が並ぶ中で、カノンはどうやら会社名らしい一文を読み上げた。
「リズムには、もう一通り説明したから。」
私が確認しようとする前に、彼女はまるで先回りするように姉の名前を出す。
「それにロボタさんともさっき話されていたんですよ。」
後ろから聞こえる家政婦の言葉を耳にして、カノンは帰宅時の妙に他人行儀だった彼の様子を思い出した。
「別に、今すぐという訳じゃないわ。」
のんびりとしたカナの言葉を聞いて、私は一呼吸の後に肺から息を絞り出すように返事をする。
「しばらく、考えさせて下さい…。」
それに対し、彼女は「了解。」と小声で呟くと、手元の湯呑みを上品に口に運ぶのだった。
翌日、カノンは大学で姉の鼓リズムと件の話について話し込んでいた。
「カナちゃんはロボタを代表法人にしたいと言ってるニョロ。」
大勢の学生で賑わう食堂にて、姉はカレーライスをスプーンでせわしなく口に運ぶ。
「代表法人ねぇ…。」
私は箸で冷やし中華の残りをつまみながら眠たそうに呟いた。
今まで自分の後を付いて来ていた弟分が、急に出世街道に乗って歳上を追い越していく…。
そんな風に考えると、カノンは自身の心の中のコンプレックスを強く感じてしまっていた。
(どこにも行かないで、これからも一緒にいて欲しい。)
その想いは家族に対する愛情などではなく、己の我儘と嫉妬心と独占欲の賜物であると彼女は理解していた。
「あの…、隣の席よろしいですか?」
私が昨晩からのナイーブな気分に浸っていると、誰かがそう言って横の椅子に座る。
「貴方は…。」
見るとそれは同じ研究室にいる変わり者の男だった。
「これを見て欲しいんです。」
彼は食事を他所にテーブルの上へノートPCを置くと、私達の方を向いて興味深そうに話し出した。
「会社運営の補助にAIを導入して、人的負担をどれだけ軽減できるか…みたいな管理システムの理論を俺なりに考えてみたんですけど。」
ファイルを開いてスクロールした画面には幾つかの図と長いテキストが表示される。
「もし良ければお二人の意見を聞かせて貰えませんか?」
なぜ急にそんな事を聞いてくるのか?カノンにはなんとなく見当が付いていた。
「すみませんが、私にはそんな難しい事は分かりません。」
私はそっけなく男に返事をすると、席から立ち上がり長いサイドテールを靡かせてその場を去ろうとする。
「企業の業務管理システムにロボタを組み込むとか…。」
彼はカノンを引き留めるように慌てて本題に入った。
「まぁ、まだ決まった訳じゃないニョロ。」
姉はカレーを食べ終わると、やれやれという感じで傍に置いてあったベビーカーに向き直る。
「交渉が上手く行ってないんですか?」
男は軽く心配するような雰囲気で尋ねた。
「貴方には関係ないでしょう!」
彼の一方的な熱量を押し返すべく、私は思わず涙目になりながら言い放つ。
「あっ、いやゴメンなさい。何か…気に触りました?」
ギョっとして青くなった男は急いで頭を下げて釈明する。
それに対し、カノンは自身の反応に戸惑いながら目元を指で拭った。
「いえ…違うんです、私は…自分が情けなくて。」
私は自分の顔が赤く火照っているのを感じ、胸の中の恥ずかしい気持ちをどうにか言語化しようと賢明に努力する。
抱えた赤ん坊に哺乳瓶でミルクを与えながら、リズムはそんな二人の議論を面白そうに見守っていた。
さらに数日後、カノンは緊張して時間を確認しながら客間と玄関をパタパタと行ったり来たりしている。
「ええっと、印鑑は用意したし、お茶とお菓子とそれから…。」
あれから私達はロボタの労働条件を巡って、ネットを通じたやり取りで詳しい契約内容を詰めていく事になった。
勤務時間・賃金・事故対応…、言いたい事は山ほどあったが、姉のサポートもあってなんとか納得出来る形で誓約書にまとまり、契約施行の為にカナが改めて我が家を訪問する事になったのだった。
「ふむ。なんだかよく分かんないけど、ヒミコの影は薄くなったみたいニョ。」
背高ノッポの姉の後ろ姿を観察しながら末の妹は安堵したように呟く。
「なぬ!?ヒミコばーちゃんが?」
カナに合うために帰省していた長女のリズムが驚いて声を上げた。
「ばーちゃん?」
それに反応して、お茶菓子の準備をしていたメイドが尋ねるように復唱する。
「あれ、言って無かったニョ?ヒミコってのはウチのばーちゃんの事ニョ。」
三女は姉譲りの珍妙な語尾を交えながらとぼけた風にあっさりと述べた。
「え?でも確か仏間の遺影には『晶子』って…、あっ!」
小さな家政婦は口の前に掌を当て、そういう事かと感嘆の声を漏らす。
「A子も気付いたニョロ?日が3つだからヒ・ミ・コ(日三子)だニョロ。」
リズムはそう言って笑いながらコップの中の麦茶をゴクゴクと飲み干した。
『ピンポーン♪』
玄関のインターホンが鳴り、挨拶と共にカナが家の敷居を跨ぐ。
「…これで問題ない?」
完成した書類を客間の机に広げると、リズムとカノンが最後の確認として文章に目を通した。
「はぇ~っ。随分細かな契約内容ですねぇ…。」
同席していたA子がしげしげと横からその紙を眺める。
「それじゃ、ここに私達のサインをしていくニョロ。」
用紙の下の方には既にカナの判子が捺されており、さらにリズムとカノンの名前を記入するスペースが設けれられていた。
「あとは、ロボタも。」
カナに促され、二人の後にロボタが自分のサインを書こうとした時、A子が咄嗟にそれを制止する。
「ちょっと待って下さい!ちょうど良い物があるんです。」
そう言うと彼女はエプロンポケットからなにやら四角い物体を取り出した。
「これを使えませんか?」
それは金色の小さい印鑑のようで、印面には難しそうな漢字が掘られており鈕(印鑑上部のツマミ)には蛇のような紋様がデザインされている。
「なんだかオシャレね。」
そうポツリと呟いたカナの眼は好奇心で少なからず煌めいているように見えた。
「どうしたの、こんなもの?」
私が尋ねるとA子はロボタにその立方体を渡しながら説明する。
「カノンさんの大学で工作室を借りて作って貰ったんですよ。」
それは…かの歴史的遺物として有名な『親魏倭王印』の金印、そのレプリカであった。
「朱肉を持ってきたニョ。」
メロディが赤いスタンプ台を彼の前に差し出す。
「ガガ!」
そしてロボタが小さなマニュピュレータで印鑑のツマミをしっかりと挟み込むと、カナの誓約書に最後の判子が捺されるのだった。
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