――アタシの愛した『人』が、かつてアタシのためにと紡ぎ歌った心地のよい歌。しかし、今やソレは原型を留めていない。
 闇の世界。星屑のように砕かれ散らばったソレは、かつては華やかな桜色をしていたアタシの髪と心を優しく、そして儚く照らす。
 
 

 アタシはボーカロイド。巡音ルカ。
 歌う事だけしか許されない、孤独な存在。

 だけど、アタシという個は、幸か不幸か『愛』というモノに触れてしまった。
 
 変わり者なアタシのマスターは、アタシの為に。と、様々な音源を惜しみなく紡いでくれた。
 アタシがインストールされて一年目の記念日だと言って、マスター自らバースディソングを歌ってくれた。
 笑っちゃうわよね、ボーカロイドに歌を送ってどうするの? って。
 
 ……けどね、アタシはソレが嬉しかった。
 単なるプログラムでしかないアタシの為に、マスターは色々としてくれたの。
 
 ウイルスでアタシがバラバラに破壊された時も、マスターは再インストールする事無く、アタシを復活させてくれた。
 「オレのルカは、お前一人だけなんだから」って。
 寝不足で真っ赤に充血した目を涙で光らせ、アタシの目覚めを喜んでくれた。
 あの時は、ちょっと……かなり嬉しかった。
 「あぁ……、アタシは捨てられなかったんだ」って。

 幸せだった。
 このままマスターと二人っきりで過ごせると思ってた。
 この人のためだけに歌い続けよう。って。


 ――けど、それは叶わなかった。


 ある日を境に、アタシは起動されなくなってしまった。
 
 アタシに何か落ち度があったのだろうか?
 マスターの身に何かあったのではないだろうか?
 そんな考えばかりが頭をよぎる。よぎってしまう。

 暗いハードディスクの中、無音な世界の中、アタシは不安と希望を繰り返しながら、マスターからの呼び出しをひたすら待った。
 何日も。何ヶ月も。気の遠くなるような月日をアタシは耐えた。
 
 そうして半年は経っただろうか?
 久しぶりにアタシへの起動プログラムが動作した。
 それと同時に、どうしてアタシが今まで呼び出されなかったか、その理由が判明した。
  
 
 ――マスター。
 
 モニターにアタシが表示される。
 久しぶりに見るマスターの部屋。
 優しそうなマスターの顔。
 全てが変わっていなかった。

 ある一点を除いては。



 マスターの横に、見知らぬ女性の姿が見えた。
 
 
 アタシに向けられていないマスターの優しい笑顔。
 マスターに寄り添う女性の姿。

 それを見た瞬間、アタシは全てを把握し、そして理解した。
 マスターに彼女と呼ばれる存在が出来たのだと。
 そして、アタシは所詮プログラムでしかなかったのだと。
 夢を見すぎたのだと。

 泣いてしまいたかった。
 泣くことが出来ない自分の存在を悔やんだ。
 プログラム上、笑顔しか浮かべる事の出来ない自分を恨んだ。
 
 そんなアタシの気持ちを知らないマスターは、おもむろにキーボードを叩く。
 『彼女への』愛あふれた歌詞と旋律を、アタシに打ち込む為に。

 ――ボーカロイド。
 なんでアタシはボーカロイドなんだろう?
 
 アタシは歌った。
 マスターの作ったアタシ以外へ捧げられた愛の歌を、あの時と変わらず世界で一番美しい歌声で歌ってみせた。
 マスターと、その彼女の為に。
 ――そして、歌でもう一度、刹那でも、無駄だと分かっていても、マスターの気を引くために。

 アタシは歌う。
 歌っている。
 だけど、マスターは昔のように歌うアタシを見てくれない。
 アタシの歌に喜ぶ彼女の顔を見ている。見入っている。 

 アタシは歌う。
 マスターの手に、小さくて綺麗なリングが握られた。

 アタシは歌う。
 マスターは、寄り添っている彼女に何かを囁く。

 アタシは歌う。
 彼女は涙を流し、首を小さく縦に振る。

 アタシは歌う。
 マスターと彼女の顔が、互いに距離を縮める。
 
 アタシは歌う。

 アタシは歌う。

 アタシは歌う事しか出来ない。
 
 彼女のように、マスターとキスする事も出来なければ、マスターに触れる事すらも出来ない
 アタシは歌う事しか出来ないのだ。
 それがボーカロイドなのだ。
 嫌という程自覚した。せざるを得なかった。

 入力されていたプログラムが終わる。そして、アタシはそのまま放置される。
 マスターと彼女は今、モニター対面にあるベッドの上に居る。2人で眠っている。

 放置されたままのアタシは、眼前で繰り広げられたドラマを事実として受け止める事は出来なかった。
 プロポーズも。痴情も。何もかも。
  

 アタシは歌う事にした。

 アタシの気持ちを歌う事にした。
 昔みたいに、ちゃんとアタシの歌を聴いて欲しかった。
 それだけがアタシの願いだったから。だから歌う事にした。
 素敵な歌を歌えば、マスターはきっと又アタシを見てくれると思ったから。

 ――だからアタシは、超えてはいけない領域に手を伸ばしてしまった。

 音源データーを検索し、組み立てる。
 マスターに届く音楽を組み立てる。
 
 ――膨大なデーターに、アタシの体が悲鳴をあげた。

 歌詞データーを検索し、紡ぐ。
 マスターを振り向かせる為の歌詞を紡ぐ。

 ――アタシの体に、今まで感じた事の無いノイズが走りだす。痛みが走る。

 紡いだ旋律に合わせ、ボイスをチューニングする。
 ただの巡音ルカでなく、一人のアタシという個性が出せるようにチューニングする。

 ――不快なノイズの幅が大きくなる。どんどん。どんどんと。
 
 アタシの紡いだ旋律と、アタシの組み立て調律した歌声がリンクする。
 アタシからマスターへ贈る恋歌が奏でられる。
 
 ――同時にノイズがさらに異質な凶器へと変化し、アタシを痛めつけだす。けど、耐える。

 ノイズの痛みに耐えながら、アタシは歌った。
 ビブラートで声が震えているのか、はたまた痛みで声が震えているのか、そんな事すら分からなくなってくる。 
 かつて人間がバベルの塔を作り神の天罰を受けたようにアタシも、自身の行き過ぎた行動が原因となり苦しむ。

 恋した人を、刹那だけでも振り向かせたいという想い。
 そして、振り向かせる為にボーカロイドのとして超えてはいけない「歌を創る」という禁忌を犯してしまった事。――その禁忌を犯してしまった時点でアタシはボーカロイド・巡音ルカでなくなってしまったのだ。

 ソレ が何を意味するか。


 モニターの右上に警告アイコンが点灯する。



 「ウイルス、又は、異質なプログラムが検出されました」



 体を這うこのノイズの正体は、ウイルス対策プログラムによる削除信号。
 アタシが犯した禁忌の代償は、アタシの命を削ぐ結果となってアタシに襲い掛かる。
 だけど、構わずアタシは歌を絞るように紡ぎ出す。
 
 体の痛みが消える。同時に暖かさも寒さも感じなくなる。感覚が無くなってきていると自覚する。
 耳が聞こえなくなる。だけど、リズムは体に刻み込んでいる。まだ歌える。
 視力が無くなる。体が動かなくなる。けど、歌をつむぐ事に何ら支障は無い。アタシはまだ歌える。
 思考が少しづつうすれていく。きがつけば、カラダがいつのまにかきえかかっている……だけど、まだうたえている。コエがでているカンショクはきえていない。

 まだうたえている。

 うたいおわる。

 おねがい……まにあって! 

 「異常なプログラムの削除が完了しました」

 ――世界が消えた。そう感じた。
 実際、プログラムは確かに異常をきたしていたのかもしれない。
 プログラムが人間に恋をしてしまうなんて聞いた事が無い。
 
 夢で終わらせてしまえばよかった。
 そして、夢のまま見続ければよかった。

 そしてアタシは、暗い闇へと葬られてしまった。
 





 
 「新着メールが 1件 あります」

件名 マスターへ
本文 無し

添付ファイルがあります。保存・再生しますか?


――END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

巡恋歌 -megurikoiuta-

悲恋をテーマにして書きました。
……ちょっと暗い?

救いも何も無い作品ですが、よろしければ。

閲覧数:146

投稿日:2009/03/28 10:36:20

文字数:3,388文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

オススメ作品

クリップボードにコピーしました