「大上くん、今日で終わりって…どういう事?」

さらに奥まで続く山林から、足を負傷した私をずっとおぶってくれた獣道を抜け、ようやく辿り着いた山小屋で彼は静かに重い口を開いて言った。

「多分、明日でボクは殺される」

と。

そんなキミと出会ったのは、中学生の頃だったかな。

キミをずっとボクのそばに置いておきたくて、キミの家に夜中に忍び込んでキミを誘拐したんだ。

「大上くんに誘拐されて、もう9年になるかな」

誘拐記念日。そう、キミを連れ去った日を二人はそう呼んでいる。

「ボクがキミを誘拐した理由は、もう説明したよね」

「世間は大騒ぎだけどね、私はそれでも今がとっても幸せなの」

世間でのボクはどう考えたって、立派な指名手配犯。14歳の少女を拉致監禁したって言葉を並べただけで、それはそれは世間を揺るがす大犯罪者に決まっているのだから。

「私の後に誘拐してくれたリンちゃんも、今はもう骸になってしまったね」

「ボクの近い未来も、きっとこんな有様だよ。キミを誘拐した時点で、この事実からは避けられないだろうからね」

「…大上くんは、今のこの選択肢で本当に良かったと思ってる?」

「ああ。本当に誘拐したいと思ったからね。何の後悔もないさ」

当時の二人はそんなに仲良くなかったのに、今はこうして寄り添うように彼女の首と手首には従うように刺々しい鎖が巻かれていた。

「私の事を本当は好きじゃないくせに、どうして私なんかを閉じ込めるの?」

「…あのままには出来ないだろ」

大した食糧にもありつけない状態で、人目につかないように山奥の至る所を点々として暮らしていた。時には腐った果物を頬張り、時には盗んだ野菜を頬張りながら、世間という魔の手から逃れるのに毎日毎日生き延びようと必死だった。

「…さっきな、獣道の途中で人影に見つかった気がするんだ。だとしたら、ここから離れないと…いよいよ万事休すだ」

「私が足を怪我したばかりに、足手まといだよね」

「弱音はやめよう。この夜更けを越えて、明日の朝早くにここを発とう」

彼女は骸のインコを握りしめたまま、涙をそっとこぼして言った。

「ここに来る前にね、ラジオからニュースが聴こえてきたの。パパの声でね、無事かい、無事なのかいって。パパは私に暴力ばかり振るうくせに、私を愛してるって言うの。本当の愛の形も知らないくせして、何が愛してる、よ!」

「…ボクもさ、本当の愛の形なんて知らないよ。そんなの本当にあるのなら、死ぬ前に一度見てみたいんだ」

ボクのやつれた頬に触れたキミの震えた手は、いつも以上に温かかった。

「きっと大丈夫だよ、明日早く出よう。ね?」

「…」

キミを誘拐した理由。それは悲しすぎて痛々しくて、当時のボクには全てが堪えられなかった。

バンッ!

「お、大上くん!」

鋭い音が辺りに響いた瞬間、目の前の光が静かに闇へと堕ちていった。

「え、絵里…安心しろ、もう何もかもが無事だ…」

彼の首が一瞬にして真っ赤に染まると、パパを含めた複数の人影が二人を包むように、ゆっくりと近寄ってきたのだ。

「大丈夫か、大丈夫か?」

足を挫いただけの私は温かい言葉で迎えられ、首から滴る血で塗れた彼はさらなる銃声を浴びた。

ババババンッ!

「やめて…もう、やめて…」

「絵里、パパをぶん殴ってやれ…。お前なら出来るだろ?弱い者イジメは敵だって学校で教わっただろ?」

「もう喋らないで、大上くん…もう大丈夫だから…」

それから、数日後。

本件は人権の欠片もない事件だと、彼の推測通り、世間をやはり騒がせた。

某所で発生した14歳少女拉致監禁事件は彼の死によって無事解決したとワイドショーが報じた頃に、私は自室で銃声を再び確認すると、あの時笑っていた彼との光景を思い返していた。

「…人権って、酷いもんだよな。人間ばかりが命を尊いものだと位置付けてさ、他の動物たちはお構いなしだもんな」

「リンが死んだのもパパのせいなのに。この子、何も報われないの…」

「絵里がリンの二の舞にならないように、死の淵まで一緒に逃げてやるからな」

「大上くん…」

世間にとっては誘拐でも。

私にとっては王子様だったんだ。

そんな事。

口が裂けても言えないと思ったけど。

今となってはさ。

言いたくても届かなくなっちゃったね。

「おい、絵里!…絵里!」

銃声の後の私が、

実際にどうなってようとね。

私が出来る事は、

大上くんのそばにいる事なんだ。

「…昔、好きな子がいてさ」

私を誘拐した次の日、確かこんな話をしてたっけ。

「大上くん、好きな人いたんだ?」

私の親友だった玖美ちゃん。

「ボクが人間じゃなかったら、あの子を連れ去ったのにな」

人権なんかなければ。罪とか罰とか、そんな戒めるものなんかなければ。

「大上くんだけに、狼なら良かったのにね」

人が人を連れ去ると、それは罪でしかない、そんな世の中。

「今さ、うまい事言ったって顔したよな?」

「へへ。人間に生まれて残念だったね」

彼はそう言いながら、私に鎖を取り付けた。

「…今度生まれ変わったらさ、約束するよ」

「ん?」

それが。

彼との最初で最後の、約束だった。

「…本当の愛の形を、捜しに」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

誘拐

閲覧数:128

投稿日:2016/05/26 22:58:18

文字数:2,200文字

カテゴリ:小説

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