昨夜のニュースから、一夜明けた今日。

空の奥に突如空いた大気圏のヒビは更なる進行を続け、人類は地下に続く一人用のエレベーターでの避難を強いられていた。

残り36時間を目処に地球の大気が全てなくなるまでの限られた時間の中で、全世界に幾度となく告げられていく報道は終焉という文言だけを我々に知らせる他なかった。

目の前に起きている事態の原因すらも我々は判らないまま、ましてや全ての人口が助かる術などない状態の中で発展途上の国々は助かる見込みはほぼなく、先進国の中でも一部の地域の若者のみが選出されて、地下のターミナルまで順に運び出されていった。

そんな選ばれし一部の若者以外は、僅かな呼吸が続くまで大気のない地上に残されては死んでいく事しか出来ず、人間以外の全ての生命までもが数日もしたら絶滅してしまうのだろう。

「地下に作られたシェルターには限られた人数しか収容出来ないんだ。ここからまず数時間もかかるエレベーターに乗り、その先に続く第一ターミナルから係員の指示に従うんだ。判ったな?お前は生き延びるんだ」

「パパ…パパは、どうするの?」

そんな光景を彼方此方で見かけるも、子を託す親たちの眼差しは清々しくもあり勇まくも思えた。

「後で追いかけるからな、先に行け」

そうして、ボクたち若者よりも優遇されたのは、未来のある幼い子供たちの姿だった。

「この星を救うべく、去年の暮れに隣の星に探索に向かった宇宙船は結局どうなったんだよ!」

ボクは長蛇に続くエレベーターの順をただただ待ちながら、宇宙船に乗っていた一人の存在を気にしていた。

「おい、見てみろよ、あれ」

ボクの真後ろにいた人が高い空を指差す方向の先には、砕け散った隕石の跡のような流星群が眩しく映った。

「他に何機かこっちに向かってくるぞ、飛行機か?いや、カプセルだ。あれは、宇宙船に乗っていた避難用のカプセルだよ!」

「どうして飛び立ったはずの宇宙船が、地球に戻ってきているんだ?」

大気圏にヒビを空ける程の衝撃が何かを探るために、宇宙船はもしかしたら舞い戻ってきていたのかもしれない。

「それにしても惨すぎだろ…宇宙船も避難カプセルも地球の向こう側で跡形もなく砕け散ってしまうなんて…」

ボクは並んでいた列から急に飛び出して、涙ぐむ顔を拭き取る事もせず、ただ逃げるように一点に向かって走り出していった。

「お、おい、お前いいのか?」

何時間もかけて並んでいた列を離れ、ボクが向かっていった先には一つのカプセルが煙を巻いて落ちていったという事実だけだった。その落下点の軌道を頼りに一人の存在であるという確証は勿論なく、僅かな可能性だけを信じて幾度と転びながらもひたすらに走り続けた。

「実咲…」

若くしての幼馴染である、実咲という大切な存在が、いつもいつも気掛かりだった。

「はあ、はあ、はあ…」

クレーターのように大きく空いた穴の奥に、陥没した火傷だらけのカプセルを見つける頃には、両足は震えるばかりに立つ事さえもままならなかった。

「大丈夫か!大丈夫か!」

埃のような汚れが爛れた窓を必死に叩きつけながら、ボクは生存者の無事を祈るしか出来なかった。

「…」

しばらくして、軋む音がして開いた窓の扉から立ち込める煙が上がった。

「大丈夫、ですか?ボクの声は聴こえますか?」

「…」

目を細めたその先に割れたヘルメットが見えたので、ボクは塞がれたそのヘルメットをこじ開けようと試みた。

「く、くそっ!」

傷だらけの指先に力を込める事が出来ずに息を切らしていると、そのヘルメットの溢れた傷口から僅かな吐息を感じる事が出来た。

「…その声は、もしかして、准、なの?」

「!」

ボクはハッとして、それでも指先に力を込めて止まなかった。

「実咲か?実咲なのか?無事か?…良かった。今すぐここから出してやるから、待ってろ!」

血眼になっても彼女の頭部から出血の様子が伺えても尚、震える指先はその甲鉄なまでの装いを引き裂く事が出来なかった。

「准…もう、いいの。私はもうダメだから…でもね、准、よく聴いて…」

弱りきった実咲は動けない身体に閉じ込められながらも、ボクに何かを伝えようと必死だった。

「この切り札をね…地球に持って帰るために、急遽宇宙船は進路を変えたの。でもまさか、こんな状況にまで陥ってたなんてね」

「何を言ってるんだ、実咲?切り札なんて一体何処にあんだよ…?」

息を小刻みに続ける実咲は、精一杯の力で折れているかもしれない自身の右腕をゆっくり上げてみせた。

「こ…これ、これを、受け取ってほしいの」

「?」

彼女の差し出す右腕の先に、握りしめていた何かが垣間見えた。

「これは…?」

彼女の掌の中に、小さくも眩く光る蒼白い結晶石があった。

「満月の灯る明かりの下で、奏鳴に轟く水面からの反射さすれば、其の石は世の光となり希となる…」

「実咲…どういう事か説明してくれよ?」

「この石を手に入れるために…准にこうして手渡すために、私の使命は果たされたのかも、しれないね…?」

そうして、実咲の右腕は音を立てて動かなくなった。

「く、くそっ…」

ボクは無力にもその場から一歩も踏み出す事が出来ず、彼女の眠るカプセルにひれ伏すように泣き崩れていた。

「満月の下で、どうすりゃいいんだよ!実咲…」

俯いたままのボクには満天に拡がる満月の眩さに気付く事なく、彼女の姿が映るカプセル窓にその涙の雫は滴るばかりだった。

「…?」

その時、何故か。

不思議な事に、彼女から手渡された掌にある結晶石から迸る程の一筋の閃光が真上の方向に立ち昇っていく光景にふと気付いた。

「…こ、これは?」

震える足で身体を立ち上がらせてから差し出すボクの掌には、天高く聳える光の柱が希を差すベクトルのように瞬いて見えた。

「実咲、もしかしてこれが…」

その眩ゆい光はやがて地球を割いた傷口を癒すように、そのヒビを静かに塞いでいた。

「…准、ありがと」

そう、静かに呟かれた。

届く事のない、俄かに溢れた彼女の吐息。

その小さな窓は、白くなってはすぐに。

ぼんやりと、消えかかっていった。

「実咲、実咲!」

何処かの星では、何かの犠牲が、

どういった理由かで、紡がれていく。

地球に寄り添ってくれている月だってね。

いつもどんな時も見守ってくれているよ。

ずっと、キミのそばにいなくてもさ。

どんな夜でも灯してくれているんだから。

「…准さ、私を止めてくれないの?」

「どうして実咲の夢を、ボクがわざわざ止めるんだよ」

あの日。

私が地球を発つ間際に、そう言ってくれたの、覚えてる?

「もう二度ここに、帰ってこれないかもしれないんだよ?」

「それが、実咲の夢なんだろ?だったら、応援するのが普通だろ」

そういう風にさ。

強がってくれたのも、痩せ我慢だったんだよね?

「そうなんだ。じゃあね、見送ってくれてありがとう」

「ああ」

あの時さ。

本当は止めてほしかったって言ったら、どう思う?

「頑張ってな。くれぐれも、死ぬなよ」

「ふふっ、私をみくびりすぎよ」

そうして。

終始笑顔だった実咲は、地球を発った。

翌年の今も、ボクの目の前からも。

あの時と同じ、またとない笑顔で。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

月のバラッド

閲覧数:122

投稿日:2016/05/26 22:56:49

文字数:3,044文字

カテゴリ:小説

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