西条貴志子、緑亜紀、古城零の三人は地下鉄に乗り込み、乗り換えの駅まで一緒に帰ることにした。イベントがまだやっているせいか車内は比較的すいており、三人には難なく座席を確保することが出来た。座席には貴志子と亜紀が並んで座り、その前に零が座った。
「ねぇねぇ、今日は私と対戦しなかったよね。今度の公式戦では絶対に負けないから」
「アッキー、そんなこと言うてるうちは勝てへんで」
座ってすぐ亜紀と零はマジモン談議に華を咲かせ始めた。さすがに貴志子はその話題には着いていけず、代わりにジークルーネと会話することにした。今日のゲーム会場では牧遥という女性を見つけることが出来なかった。もう少し詳しい情報が欲しかった。
「ジーク、遥さんはいたの?」
「やっぱりいなかったみたいね」
「そっか……」
貴志子にもわかっていたことだ。ジークルーネの強引な理論では見つけることなど不可能。本気で探したいなら興信所にでも助けを求めるのが筋だろう。しかしなんと言って説明すればいいのか。しかも手掛かりは名前だけである。
「なんだか疲れるわね。私力になれてるのかな」
「全然ね。でも退屈させないだけマシよ」
ジークルーネの言い分は自分勝手なものだ。それでも亜紀を助けてくれた手前、貴志子はジークルーネに協力しようと思うのだった。
「ねぇ。今度の公式戦には貴志ちゃんも参加しようよ。要領は今日分かったと思うし、きっといい線いけると思うよ」
突然話を振られ貴志子は慌てた。
「え、ええぇ?! 私が公式戦? 無理無理、第一恥ずかしいよ」
「それは聞き捨てならんな。恥ずかしいとはなんや。いい年してゲームしてるのが恥ずかしいんか」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「だったら参加ねー」
「ちょっとあなた達。今すぐ電車から降りなさい!」
「ジーク、いきなり何よ」
「私の忠告は聞いておいたほうがいいわよ。もう一度だけ言うわ。次の駅で電車を降りなさい」
ジークルーネの言葉には、いつもの不真面目な気配が無い。目に見えないところで何かが起こっているのだ。疑う余地は無かった。貴志子は急いで荷物を手に取った。
「二人とも次の駅で降りましょう」
目的の駅まではまだまだある。それでも三人は文句も言わず次の駅で降りた。ジークルーネの本気の言葉、そこに何かを感じとったのだ。
「降りたわよ」
「駅からも離れた方が良さそうね」
「ジークルーネちゃん? えっと何が起こってるのかな?」
亜紀はジークルーネに恐る恐る声をかけた。モニター越しにキャラクターと会話が可能という時点で彼女にはとびきり新鮮な感動だった。
「詳しく話してる暇は無いわ。今の私じゃ止められそうに無いしね」
「ジーク、それって」
「おい! 離れろ言うんやからとにかく離れるで。話は後からや!」
零は先頭をきって改札をくぐった。貴志子と亜紀も、今はここから離れることが先決だと、零の後を追った。
三人は駅を出ると一番近くにあったファーストフード店に入った。何がどうなっているのか詳しくジークルーネに聞いてみるつもりであった。
しかし―――三人の思惑とは無関係に自体は急速に進行していた。それは何の前触れも無くやってきた。鼓膜よ破れろと言わんばかりの耳を劈く激突音。
「なんや!」
零は誰もよりも早くファーストフード店から飛び出した。聞いたこともない地鳴りと激突音。まるで雷が落ちたかのような凄まじい音の正体。それは列車が脱線しビルに追突したものであった。
「え、えらいこっちゃ!」
「古城さん、何が!」
「あんたらは警察と救急に連絡してくれ。わいは救助に向かう」
零は貴志子に指示を出すと一番被害が酷いであろう先頭車両へと向かった。しかし先頭車両はビルの内部へと埋まってしまっており迂闊に手が出せない状態であった。零はやむなく後続の車両へと向かっていった。
貴志子は零と分かれてからすぐに警察へと電話をした。そしてそこで驚愕の事実を知った。
「ここだけじゃないんですか?」
「すみません。現在、自衛隊の方々にも動いてもらえるよう働きかけているところです。その間は現地の皆さんで応急的な処置だけでもお願いします」
なんと列車の暴走事故はここだけではなく、市内全域で起こった。否、現在進行形で起こっているというのだ。貴志子は背中にじっとりと汗をかいていくのを感じた。この分では救急にかけても同じような扱いだろう。救急に電話をかけていた亜紀も、やはり絶望的な表情をしていた。
「亜紀! 私達も救助に向かうわよ。じっとなんてしてられない!」
「うん!」
女の細腕でも出来ることはあるはず、二人は声を上げて近くにいる人に救助を求めるよう呼びかけながら現場へと向かった。
「ちっ。最悪な一日やったわ」
自衛隊が到着し、一般人の出入りが禁止されるまで零は救助活動に専念し続けた。貴志子と亜紀も出来る限りのことはしたが、零の頑張りようからしたらまだまだだったかもしれない。
「ちょっと。零、鞄は?」
「ああ? どっかいってもーた」
ファーストフード店までは持っていた。しかし今こうして戻ってきてみても鞄は見当たらない。
「どこかって、マジモンも入ってたんじゃないの?」
「せやな。しゃーないわ」
マジモンのセーブデータはバックアップが取れない。零のデータは大切なものであるはずなのだ。しかし、それ以上に零の頭の中は苛立ちでいっぱいであった。多くの傷ついた人がいた、助けられなかった人がいた。何かしなければいけなかった、それなのに何も出来なかった。無力な自分に苛立っていたのである。
零は多くの人を助けた。それは間違いないことだ。それでも零は自分がやらなければいけないことをやっていない気がしていたのだ。もっと出来たはずと後悔ばかりが脳をよぎる。
「とりあえず落ち着きましょう。事態は私達の手を離れたわ。後は専門の人に任せましょう。それより私達には私達にしか出来ないことがあるはずよ」
貴志子は冷静に頭を働かせていた。
「ジーク、あなた何か知ってるんじゃないの?」
携帯からジークルーネが顔を覗かせる。
「まあね。知ってはいたけど、どうすることも出来なかったのよ。ゴメンなさい……」
いつもの偉そうな態度とは違うジークルーネ。貴志子も流石に気勢を削がれた。
「あなたを責めるつもりは無いわ。それよりも何が起こったのか教えて欲しいの」
「分かったわ……」
ジークルーネは静かに語り出した。
「これは貴志子にも教えていなかったことだけど、実は私と同じ超高性能AI、通称エレクトリックエンジェルと呼ばれているけど、それが全部で九体存在するわ」
「あなたと同じような存在が九体も……」
貴志子は絶句した。世の中どうなっているのか。それとも自分が知らない間にどんどん技術は進歩していたのだろうか。
「今回のはゲルヒルデの仕業と考えていいでしょうね。たぶん独断でやったんだと思う」
「つまり同業がおるちゅうことか。そんでそいつがこの大惨事を引き起こした……」
「簡単に言うとそんなところね」
三人はそれきり沈黙した。ジークルーネの力は三人の人知を超えている。足りない頭を振り絞り考えると、Eエンジェルの『ゲルヒルデ』に地下鉄の制御を奪われたのが今回の事件の発端ということらしい。鉄道会社からの正式な発表はされていないが、この分ではまともな発言は期待できそうに無い。
「さっき独断とか言うてたな。ほなこれは、うち等みたいな人間とあんたの関係やなくて、そのエンジェルが勝手にやったいうことか?」
沈黙を破った零の発言は鋭いところを付いた。
貴志子のようなEエンジェルと一緒にいる人間が指示してやったことなのか、それともEエンジェル本人に意思でやったことなのか、これは重要なことだった。
「そうね。猟奇的な人間と組んでいるとも考えられるけど……たぶん一人。ゲルヒルデは元々滅茶苦茶な奴だから、人間がバタバタしてるのを見て楽しんでるんだと思う」
「うちらでは止められへんやないか!」
零は悔しそうにテーブルを叩いた。
察するに犯人であるゲルヒルデは愉快犯と考えられる。ならば次があると考えたのだ。しかしリアルで生活する零達にはそれを止める術は無い。鉄道会社とて地下鉄の電子制御を易々奪われるようなセキュリティにはしていないはずなのだ。それがいとも容易く破られた。一般人である零達には基本的に、もはや打つ手無しである。
「ジークルーネちゃんなら止められるんじゃないの?」
亜紀の質問は当然出てくる質問であった。同じ存在であるのなら止めることも可能なはずである。しかしジークルーネの返答は絶望的なものだった。
「普通なら出来るけれどね。実はもう別の奴と一戦やらかちゃってね。今は修復中、つまり傷ついた状態なのよ。この状態でノコノコ出て行ったら、文字通り消されて終わりね」
「…………」
貴志子は考えていた。何か出来ることはないか。人間は考える生き物である。ならば考えねばならない。電車の制御を奪われるを防ぐことは出来ない。ならば奪われても被害を出させない、もしくは最小限の被害で止めるにはどうすればいいのか……。
「ジークが動けるようになるまで、後どれくらいかかるのかな?」
「最低でも一週間はかかるわね」
ブリュンヒルドに破壊されたジークルーネの構成プログラムはコアを除けば半分以上に及ぶ。戦闘状態はもとより、複雑な行動を取ることさえ不可能であった。
「一週間ね。それまで私達で何とかしましょう」
「なんとかって、何ともなれへんからこうして頭抱えとんねん」
「ジークはある程度事前に制御が奪われるのが分かったんだよね」
「そうね。それくらいなら何とかしてみせるわ」
「だったら今回みたいに、すぐ救助にいけるような体勢でいることぐらい出来るんじゃないかしら。警察や救急に知らせるのは無理かもしれないけれど」
貴志子の提案は一週間は守りに入るしかないということであった。一週間待てばジークルーネが動ける。それまでは悔しいが、出来ることは限られているのだ。
「まさかゲルがあそこまで馬鹿な奴だとは思わなかった。一週間、いいえ五日あれば十分。それまで耐えてちょうだい。私の平穏を乱したことを後悔させてあげるわ」
三人はジークルーネの発言に少しだけ安堵した。彼女は恐るべき兵器になりうるのだと感じていたからこそ、協力関係にあることに安心したのだ。
全部で九体存在するというエレクトリックエンジェル。まだまだ分からないことが多いが、とりあえず五日は必死になって『何か』をやり遂げようと三人はそれぞれに心に固く誓った。
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