――――――――――――――それは吾輩が、猫又になるよりもさらに前。まだ一歳を少し過ぎた程度の若猫の頃だった。

　当時の吾輩はまだ一介の猫(と言っても近所の猫にはタイマンでことごとく勝利していたが)で、仲間も取り巻きも、誰一人いない流浪の身だった。




　そんな吾輩のことを――――――――――トコトコとついて回る一匹の猫がいた。




　『兄貴!!……ロシアンの兄貴ぃ！!』

　『だから吾輩のことを兄貴と呼ぶな!!クロスケ!!』




　名をクロスケ。吾輩のことを『兄貴』と呼んでついて回るこいつは、百代続く由緒正しき純血の日本黒猫の仔猫だ。吾輩にタイマンで敗れてから、いつまでもついて回っていた。


　『お前は由緒正しい日本黒猫の子だろう!吾輩のような、親も知れぬ外国猫の野良を『兄貴』などと崇めるな!』

　『だけど!!いままでどんな猫にも打ち勝ってきた俺を初めて負かしたのは兄貴なんですぜ!!死んだ親父が言ってたんだ……『己を完膚無きまでに叩きのめすような漢に出会ったならば、そいつんことを死ぬまで敬愛しろ』って!!……俺はロシアンの兄貴の手足になります!!おねげえです!!俺を弟子にして下せえ!!!!』


　真剣な目が、吾輩に向けられていた。

　正直気乗りはしなかったが、この純真な目を裏切るのもまた気が引ける。

　吾輩はついに根負けした。


　『……仕方ない、いいだろう。』

　『じゃ―――――!!』

　『ただし!!条件がいくつかある。心して聞け!!』

　『押忍!!』

　『其の壱!常に吾輩のことを敬え。父の教えなのだろう?其の弐!!常に吾輩の傍に居ろ。兄貴分の傍を離れるのは、吾輩が命じた時のみだ。其の参!!!常に吾輩の力と成れ。ありえんことだが、吾輩が窮地に陥った時は必ず吾輩を救え。この三つが守れるならば―――――今日からお前は、吾輩の一番弟子だ!!』

　『押忍!!よろしくお願いしまっす!!!!』

　『ふ…………いい返事だ。では早速ひと仕事……行くぞ。この時期、魚市場には良い鮎が並ぶ。それを掻っ攫いに行く。ついて来い、クロスケ!!』

　『ウイィ――――――――――――――――――ッス!!!!』





　吾輩は猫又になるまで、何十匹もの子分を作った。

　だがクロスケほど息の合うものはいなかった。

　天下無敵の名コンビ―――――『クロシアン』の名を知らぬ猫は町中にいないほどだった。



　…………それから9年後。吾輩は『彼女』を追いかけるために猫又となり、クロスケの元を去った。

　それから300年の旅をするうちに、吾輩がクロスケのことを考える時間は徐々に少なくなっていった。

　時たま思い出しても、あいつはもうとっくの昔に死んでいるだろう―――――いつか『彼女』と番って、不死の呪いが解け天に召された時にでもまた会いたい―――――などと、妙にメルヘンなことを考える程度だった。





　――――――---------だからこそ、今吾輩は目の前の出来事が信じられなかった。



　目の前に立っている、この漆黒の毛並みを持つ猫又が。

　紅い焔を揺らすこの黒猫の猫又が。

　紅い目で吾輩を見つめるこの黒猫が。





　吾輩の――――――――――頼れる一番弟子であるという、その事実が。