『チェシャ猫、チェシャ猫、アリスを探せ
国境(くにざかい)の門が開いた
ここはお前のための国

読者がお前に付き添いゆこう
白兎をに導かれ
記憶の卵を割り砕け
怯えるバンダースナッチを捕まえろ
諦念の帽子屋が茶会を開く
誇り高き三月兎を懐柔せよ
現実無くした眠りネズミを揺り起こせ
過去を持たない小鹿を連れて
庭師の痛みを理解せよ
白い殺意にご注意を
寂寞の女王を眠らせろ

アリスはどこに?
アリスは墓所に
深い地の底、鏡の海
水底に今、眠ってる

チェシャ猫、チェシャ猫、アリスを探せ
国境の門が閉じる
ここはお前のための国

夢の一夜に閉じ込められたアリスはお前。
チェシャ猫こそがアリス。
お前こそがアリス、アリスなのだから。』


石畳の道。
灰色の空。
並木のように並ぶ石柱。
ミルク色の霧。
夢。
これは、夢だ。

『こちらへ・・・。』

聞き覚えのある低い声が、道をたどった向こう側から響く。

『こちらへ・・・。』

ふらふらと誘われるように、前へ。
靴底が石畳と触れ合って、こつんこつんと音を立てた。

『こちらへ・・・。』

目の前に、門。
塔と言えばいいのか、それとも城と言えばいいのか・・・巨大な、洋風の建造物が目の前に聳え立っている。
胸の奥から湧き上がる郷愁を抱え、建造物を見上げた。

『こちらへ・・・中へ・・・。』

誘われるままに門を潜り、建造物の中へ。
『学院』。
思考に焦点が合う。
そうだ、ここは、『学院』だ。
足が自然に動き、階段を上り、廊下を進み、重厚なつくりのドアの前で足を止める。
ドアノブに手をかけ、押す。
ぎしぎしと軋んだ音を立てて内開きに開く。
そういえば、このドアは立て付けが悪くて30度ほど開いてから変な手ごたえがあったっけ、と知らないはずのドアについての感想が零れた。
部屋の中央に、アンティーク風のデスクがひとつ。
デスクの上には大量の書物と甘そうなお菓子、紅茶のカップに何かの覚書らしい羊皮紙の書き散らしが散乱していた。
隅のほうに、これまたアンティーク風のベッドがあり、黒猫や白兎のぬいぐるみが鎮座している。
壁面は、全て本棚に占拠されていた。
奇妙な既視感。
自分がよく知る部屋・・・凛歌の部屋を、広く、中世風にすればちょうど、こんな感じかもしれない。
窓際には、誰かが立っていた。
こちらに背を向けていて、顔は見えない。
身長は自分と同じくらい。
黒髪で、ファンタジー物のゲームに出てくる神官が着るような長衣を黒くしたような衣装を身に纏っていた。
人物が、こちらを向く。
息を呑んだ。

「やあ、はじめまして、に、なるのかな?」

紅い左目が、穏やかに笑む。
白い指先が、彼自身の右眼を覆う眼帯に触れた。
奇妙な鏡のように対峙する。
そこには、僕と寸分変わらぬ容姿を持った『僕』がいた。

「はじめまして、『今』を生きる『僕』。僕は、『帯人』。・・・・・・正確には、再び愛おしい存在に出逢えたときに護りきることが出来るよう、魂の中に隔壁を作って隔離しておいた、前世の記憶。『赤目の黒き獣』と呼ばれた『帯人』が持っていた、記憶と知識。それが、僕。」

床を滑るように移動してきた長衣の『僕』が、目の前に立つ。

「そして、記憶の中で未だに骸を抱いている、墓守でもある。」

あらゆる害意の存在しない眼で、僕の眼を覗き込んだ。

「僕を受け取って、君の『凛歌』を助けて。じゃないと・・・。」

『僕』の白い手が、部屋の片隅のベッドを指し示す。

「僕は、君は、再び『凛歌』を失うことになる。」

ふらふらとベッドに近づく。
ベッドにかけられた毛布は、小さく盛り上がっている。
人の形をしているけれど、人の形としてはどこかおかしいその盛り上がりに奇妙な違和感を覚えながら、不吉な予感と共に、毛布を、めくる。

「・・・・・・ッ!!!」

飛び退る。
この眼で見たものを認識したくなくて、しかし、どうしようもなく、それは暴力的なほどの存在感でもって認識の中に割り込んできて・・・。
全身が、冷える。
ぼろぼろと両眼から雫が垂れる。
息を吸っても、肺に空気が送られないような気がして、喘いだ。

「お願い、繰り返さないで。」

そこにあるのは、小さな骸。
左腕が、殆ど胸ごと無かった。
左脚も、炭化して太腿の辺りから千切れかけていた。
顔の左側が、ケロイド状に焼け爛れていた。
右足も、ズタズタだった。
まともに残っているのは、右腕だけだった。
そして、右側だけ残った顔。
眠るように眼を閉じたその顔は・・・・・・

「・・・・・・凛歌。」

悪趣味な冗談のように、凛歌と同じ顔をしていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 12 『Se stesso』

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章12話、『Se stesso(セ・ステッソ)』をお送りいたしました。
副題は、『自分自身』です。
張りに張りまくっていた伏線をちゃんと回収できるのか、激しく不安な今日この頃です。

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

閲覧数:275

投稿日:2009/06/29 01:49:07

文字数:1,926文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • アリス・ブラウ

    七の月様>
    コメント、ありがとうございます。
    いえいえ、二人まとめて誘拐してもらっちゃって、構わないですよ(含笑)。
    今の帯人が前世の『帯人』を受け取ったらどうなるか・・・・・・それは、これからのお楽しみでございます♪
    それでは、次回もお付き合いいただければ幸いです。

    まゆか様>
    いえいえ、熱心にご来訪頂き、とても嬉しいです。
    この話で外伝と繋がり、ようやく帯人に活躍のチャンスが巡ってまいりました。
    第一章は凛歌が帯人を救う物語でしたが、第二楽章は帯人が凛歌を救う物語となっております。
    帯人の活躍を乞うご期待、です。
    ペースについては、書き続けないとサボりそうで怖いから。
    投稿時間については、夜しか書く時間がないからという情けない理由でございます。
    それでは、次回もお付き合いいただけると幸いです。

    2009/06/30 01:34:42

  • 七の月

    七の月

    ご意見・ご感想

    帯人が二人!?
    ど、どうしよう、ストーリーよりも二人まとめて誘拐する方法を考えている……(これって、本末転倒?)
    落ち着かないと…

    (間)

    ……よし、落ち着いた。

    前世と現世とのご対面か…なんか後ですごいことになるような展開ですね。
    ところで、前世の『帯人』を受け取ったら『今』の帯人がどうなるの?魔法とか使えるようになるの?
    つづきを気になるなぁ…

    2009/06/29 22:35:24

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