今宵の月は儚く、冷めきった孤独な丸い氷柱だった。
桜の花弁が宙を舞う。
「はぁ、はぁ。」
私は桜の花弁が舞い降りてくるのが分かり、止めようとしていた足をそのままに走らせた。
後ろからは何かが追いかけて来る気配がしてきた。だが足を止めるわけにはいかない。
「きゃっ!」
無我夢中に走っていた精か、何かに躓き転ぶ。
着物が少し破れる。
「っ……」
白く染まっていた着物は次期に赤く染まっていった。
はっきり何かが後ろに立っているのが分かった。
後ろを向く。
少女は思ったのだ。
自分は不運なのだと。自分が美しかったために。
紅く染まった着物の上には桜の花弁が美しく彩っていた。
「これもまた駄目、か……。」
少年は言い、夜の夕闇に消えるように歩き始めた。
■□■
桜が散り始める時はどんな時よりも好きだ。春は色々な感情が複雑に絡み合い、曖昧な感情が生まれる。それを掻き消すように桜は散ってその感情をどこかへ運んでくれる。
朝食の準備が出来た私はそっと縁側を歩いて殿を呼びにに行った。
時代は江戸。
戦が無くなった平和な時代を生きる私は幸せ者以外になにもなかった。
目的の部屋の前に着いて私は正座をし言う。
「道之様、朝食の準備が整いました。」
私は殿、道之の返答を待つ。だが待っても来ないので私は襖を少し開けて様子を見ることにした。
規則正しい寝息がして私は起こしていいのか、起こしてはいけないのか迷う。
「失礼します。」
私は入る事にして一言言う。だが何も返答が来ない。
そっと下げていた頭を起こして立つ。
殿の布団の横に着いて正座をする。
「道之様、朝食が整いました。」
私は再び言う。だがやはり答えない。
朝食を準備する前、起床するために一度この部屋に来た。その時は確かに返事がして起きているのが分かった。
「道之様、」
「ん…。」
やっと起きた、そう思った瞬間私は手を引かれ、今自分がどういう体勢なのか分かった。
殿の顔が眼前にあり、体を交差するように手が殿の顔の横にある。
目と目が合う。
「かわいんだから、咲は。」
殿がクスクスと笑い、あいた片方の手で私の輪郭をなぞる様に動かし、私の口の前で人差し指を立てる。
「この事をいってはいけないよ。他の人には……。」
彼の顔が近づき、唇を閉ざされる。
顔が真っ赤に染まっていく。だがその一方複雑な感情が現れた。
「止めて下さいっ。」
私は勢いよく立ち上がり、部屋から出ていく。
縁側に出ると、襖をきちんと閉め、少し歩いたところで腰掛ける。
中庭に植えられている桜の木から花びらが一片舞い降り、私の手に落ちる。
その花びらはとても綺麗な色をしていたがどこか寂しい感じがした。
私は立ち上がり、再び縁側を歩く。
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