「誰も来ないのにとても素敵なリビングがあるのよ。可笑しいでしょ」

母はそう言ってこの十畳ほどもある光豊かな洋室をたった一人で慈しんでいた。
 朝、決まった時間に目を覚ましてはテーブルクロスを替え、棚を磨き、掃除機を
走らせ、観葉植物に話しかけ、花は季節のものに常に変えていく。
大きな内倒し窓がモダンな空気を広げ、子供の背ほどの観葉植物が柔らかに木漏れ
日として色彩を象る。4人掛けのソファと、ペアのシングルソファがガラステーブ
ルを囲み、冬にはペチカが暖を持って客を落ち着かせる。
 母は日々の掃除を欠かさず行い、唯一無二の日課としていた。それでいて自分は
ホストだからとキッチンに潜んでいるのだから判らない。
 父が亡くなってからの理想の部屋は、名が実を伴わぬ虚実の広間として双子達の
前に横たわっていた。だが双子にとっての世界はそんな彼女の姿だけであり、一環
したその姿勢には神聖的な物を見出している素振りすらあった。 
 まだ高等学校にも進まぬ年齢の子を残して彼女がある日身罷りって後、2人を見
かねた親類縁者はこの広い部屋に各々の子弟を住まわせて管理をさせることにした。
新たな居住者と双子は予てからの顔見知りであり、人嫌いをする元の居住者にとっ
ても、近辺の音大に通う新参者にとってもそれはメリットがあるという理屈だった。
 新たな同居人は3名。
 一人は大きなカートを引いたボブヘアの女性で、テラスに勝手に喫煙コーナーを
取り付けた。双子にはアウトドアの話題を表情豊かに語り飽きさせない。
 二人目はモノトーンを基調としたやや短めの服を重ね着した男性で、柔和で博識
な彼は我侭な双子の親代わりとして大いに期待の持てる所だ。
 三人目は爪に小さな花を散らせた華奢な、腰まで有る髪をサイドで結んだ女性。
流行に敏であり、世代は違っても誰とでも気軽に話して楽しめる頭脳を持っている。

 皆が一同に介したその日は母自慢のリビングルームで盛大な宴会が催された。
引越し当日ということもあり、どの食材も殆どがケータリング。互いの好みが判ら
ないという部分からもそれは安全だったのかもしれないが、全て双子が用意したと
言うのだから、3名の驚きはこの上ないものだった。
 ベトナム風春巻きやカナッペ、フレンチサラダにグラタン、趣向を変えて手巻き
寿司。最後にはホットプレートが持ち出されて双子が焼くジャム入りクレープが
それぞれに振舞われ、新たな居住者は彼らが昔と異なり成長したものだと顔を綻ば
せたのは言うまでも無い。それぞれが昔の事や自分の経歴や恋人の話、将来の夢を
面白おかしく語り合い、それでいて大人に有り勝ちな体裁的な話題で場を縛るとい
う効率性を徹底して廃した事から誰もが互いに共感を持ち合えた。嘗ての、双子の
父が存命であった頃の華やかさが部屋に息を吹き返したのである。

 そして3人は共謀して双子に招待のお礼をすることにした。それぞれで双子の居
室へと押しかけて昔のように話に興じながらも好みや趣味を聞きだそうと努力した
のである。双子の部屋は、大部屋の中央をベッドが仕切り、背を向けて机が配置さ
れているという非効率なうえ、プライベートの無い場が双子の部屋だった。
 華奢な女性はそれを仲良しで羨ましいなと肯定しつつも、時たまの機会を伺って
は個別に逆のことを言い含め、男性は部屋が多いのだから他の部屋も使ってみたら
と間接的に薦める事をし、ボブの君は目を細めて何も言わずに居た。だが、その事
をさて置けば、3人はそれぞれシェヘラザードの様に巧みな話術で場を盛り上げ、
難なく彼らとの境を突破しては成功への確信を掴んだのである。
 だが、それはまったくの逆効果を引き起こした。
 特殊学級から帰宅した彼らを優しい歌声が包み、手作りの料理でリビングへ招き入
れるや否や、2人は恐慌を来たしてその場で暴れ、倒れこんだのである。その時一言、
 「早く家に返して」
と金切り声で双子が叫んだのが彼らの心を強く痛めた。
 病院へ担ぎ込まれた彼らは自家中毒等都合の良い病名をつけられるが、一時の高
ぶりが納まれば何ということもなく1日で家へと帰れる状態となった。
 華奢な子と男性は2人を出迎えようと言ったが、ボブの彼女はそれに反対して
自分の部屋へと閉じこもり、雛飾りは、欠けた物を戻しても雛壇なのだと呟いた。
残された二人はまったくその意が汲めなかったと見える。既に常連であった為、
クラウンの個人タクシーから初老の男性に付き添われた双子は、自宅で丁重な歓待
を受けた結果、老運転手の手を再び煩わせる結果となったのだった。
 新居住者は責任を感じてその家を辞する事にした。双子はその事実を大いに悲し
んで慰留したが内の2人は顔を曇らせるばかりであった。

 そしてまた双子はひっそり広い家の隅に佇み生活を始めていく。

 姉弟にとって、それは日常的なもの。朝、決まった時刻に目を覚ましてはテーブル
クロスを取替え、掃除機を走らせ、棚を磨き、植物に話しかけ、花は季節のものを変
え続けた。大好きな三人が来た時の思い出を胸に、素敵な持て成しが出来るように。
幸せの居間は幸せの様相を残したまま、空虚な実態をいつまでも持て余していくので
あった。
                                    ~Fin.

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

素敵なリビングの使い方

 好きな人と一緒に暮らす事よりも、好きな人が近所に住んでいて
くれたなら。先にそう思う人がきっと多いのではないでしょうか。
…ツイッターでフォローさせて頂いてる方が、フォローさんが傍
に住んでいたらいいのに、と呟いていたのを聞いて、ああ、それを
主題に話を書く!って勝手に決めてかいたものでした。
 その実態は良く判らない暗い話、かな。

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閲覧数:204

投稿日:2011/11/06 23:41:59

文字数:2,223文字

カテゴリ:小説

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