~彼女編~


さわり、さわさわ。

暖かな風が吹くたびに、桜の花をたくさん付けた枝が、身じろぎするみたいに揺れる。
桜の花たちは、小さな手で枝にしがみついていたけれど、ひとひら、またひとひらと枝から離れ、空を舞い、どこかへ飛んでいく。
まるで巣立ちのようだ、と私は思う。
たくさんの仲間たちや力強い木と別れ、たった一つで生きていく、花びら。
風は無情にも、別れを惜しむ彼らを引き離す。でもそれは、誰かが望んだわけではなくて。
望んだとしたら、それは――。

「どうしたの。ぼーっとしてるけど」

彼方へ向いていた私の思考をこちら側に戻したのは、隣に立つ彼だった。
眠たげに目をぱちり、と瞬いて、不思議そうに私を見る。

「んー、ちょっと、しんみりしてた」

「え、なんで?」

「桜、すごく綺麗だからね、カンショー的になっちゃったのよ」

彼の目を見つめ返して、答える。「ふうん」と呟く彼も、どこか夢を見ているようで、ひょっとしたら、私と同じ気持ちだったのかもしれない、と思いながら。

「それにしても、いい天気だね」

ありきたりな言葉を吐いた。今日は特別な日。といっても、世界が終わるとか、そういうレベルの話じゃないんだけれど、なんとなく二人とも申し合わせたようにここにくることに決め、こうして桜を眺めている。

ここは、町の大通りから離れた場所に通っている、並木道。
石畳の道の両側に桜が望んだ植えられていて、春になると満開の花を咲かせる。
いつもは散歩を楽しむ人たちがいたりして、それなりに人通りがあるけれど、今日は珍しく私たちの他は誰もいなかった。

「うん、いい天気。春はいいよね。暖かいし、明るいし、ご飯は美味しいし。いや、ご飯はいつでも美味しいけどさ、こう、いい天気だと、さらに美味しくなるよね、ご飯」

「もう、ご飯ご飯言わないでよ。お腹すいちゃうじゃない」

わざとちょっと怒ったように言うと、彼は笑って、「ごめんごめん」と私の頭をぽんと撫でた。
他愛ない触れ合い。でも、それがとても幸せだと思う。

「じゃ、そろそろご飯食べに行く?」

もうお昼だし、と腕時計を見ながら言う彼の肩に、花びらがひとひら落ちていた。
私はもう少し、この幸せな時間を長続きさせたかった。だから、

「ちょっとじっとしてて」

手を伸ばして、花びらを払うフリをして、彼の胸に飛び込んだ――――




――はずだった。

「え・・・」

優しい温もりを掴むはずだった手は、つめたい石畳にぺたり、とついていた。
前のめりに倒れ込んだらしい私は、呆然として、振り返る。

彼はそこにいた。けれど、その姿は淡く、今にも溶けそうだった。呼びかけても、こちらを見てくれない。誰かを探しているように、あたりを見渡している。

「どうして」

問いは喉の奥で引っかかった。
知っている。わかっている。
これが”本当”なんだと。

だって。

だって私。

「私は・・・もう」

彼の名前を呼ぼうとした。けど、急に、名前が出てこなくなった。ついで、彼の声が私の中から消えていた。
そして顔が、姿が。
あの人のことを思い出せない。
目の前の暖かな影に触れようとする。
けれど、その手は虚しく空を掻いただけだった。

誰かが望んだわけではなくて。
誰かが意地悪したわけでもなくて。
ただ、風が吹くように、私は一人になっていた。
一年前のこの日のことだ。
今日は私の命日だった。

「好き」

もう思い出せない。いや、わからない。なんだか誰かを、とても好きだったような気がする。だから、ここへ帰ってきたはずだった。

「好きだよ」

どうして涙が出るんだろう。
石畳を濡らすものを見つめながら、そう思った。
くっきりと鮮やかにある、感情。でも、誰を好きだったんだっけ。
ぼんやりと浮かぶ思いは、風にさらわれて、流れていく。

さよなら、と声が聞こえた気がした。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【小説】サクラナキミ【rosasさんへ】

rosasさん(http://piapro.jp/rostin29931)が書かれた、
「サクラナキミ」(http://piapro.jp/t/g-Ly)を題材に、
小説っっぽいものを書いてみました。

なんだか、紅玉いづきさんの「ミミズクと夜の王」を読んだ後、
藤田麻衣子さんの「横顔~わたしの知らない桜~」を聴きながら
書いたおかげで、もろ両作品からインスパイア受けた感じに
なっています。あれ?

タイミング的にダメでした。前々から「サクラナキミ」は
気になっていて、それで小説を書こう!と思ったときに
「ミミズクと夜の王」を読み終わり、ちょうど藤田麻衣子さんの
歌を聴きたい気分で・・・ふぉふぉふぉ。

そして、前半がんばっていますが、後半で力尽きてます。ありがち。
でもがんばってまとめました。

私的ワールド全開ですが、このような機会を与えてくださり、
ありがとうございますrosasさん。次書くときは、原作クラッシャーに
ならないよう、元の雰囲気重視で書きます。がんばります。

☆全部で3ページあります。前バージョンに進んでいください。

閲覧数:245

投稿日:2011/12/16 19:15:26

文字数:1,624文字

カテゴリ:小説

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