【小説化】神の名前に堕ちる者 1.神子たる歌姫の話

投稿日:2019/08/20 00:33:03 | 文字数:2,522文字 | 閲覧数:10 | カテゴリ:小説

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ニコニコ動画に投稿された楽曲「神の名前に堕ちる者」に感動し、小説化したものです。随時更新していきます。お口に合えば幸いです。

原曲様 → https://www.nicovideo.jp/watch/nm10476697

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TEXT
 

 前髪を伝った雨粒が、ぽつ、と石畳に落ちる。固い地べたに座り込んだ私は、ざらついた石に染み込んでいくそれを、ただ眺めていた。
 遠く聞こえる雨の音。この場に座り込んで、いかほどの時が刻まれたのだろう。石壁に背を預け、天井を仰ぎ見る。青白く光る苔が、重苦しい石の連なりを薄っすらと照らし出していた。

「天も地も、何も変わるところがない」

 口を衝いて出た呟きは、暗闇に吸い込まれて消えていった。凍え、感覚のない両腕を持ち上げる。まるで真珠のよう、と喩えられた自身の肌は、薄汚れて見る影もなくなっていた。糸の切れたマリオネットの如く、ぱたりと手のひらを落とし、自嘲する。
 もっとも、そう称していたのは偽者の笑顔を貼り付けた者たちだったけれど。
 彼らは『持てる者』だ。富も、地位も、権威も。およそ、人の持ちうる欲の全てを満たすことが出来るのではないか、と思えるほどのものを両腕に抱えている。
 しかし、彼らは一様にこう言うのだ。天を仰ぎ、その手をかざし。

“まだ、足りない”と。

 迷える哀れな者たちに黄金という名の塔を積ませ、彼らはやがて、己が罪を省みるすべさえ失くしゆく。
 いや、或いは。もはや戻れぬところにいるのかもしれない。

「私も、人のことは言えない、か」

 他人事のように考える自分に気が付き、卑屈な笑みが漏れた。彼らの道具であった私も、同じだけの罪をこの身に背負っている。

 人よりも見目がよい。声がよい。年若く、貧しく、扱いが容易い。それだけで選ばれ、神子だ、神の生まれ変わりだと祀り上げられ、神の名の一部を与えられた。
 夢のような扱いを受け、孤児(みなしご)であった以前とは比べ物にならないほど華やかな暮らしを享受する私が感じていたのは、困惑と不安、そして、申し訳程度の優越感。

 分かっていたからだ。私は所詮『都合の良い道具』であると。私の代わりはいくらでもいるであろうし、いつ用済みとなるかも知れぬ身の上だと。

“神の御手に命ゆだね、救いを待ち祈れ”

 賛美歌の一節を思い出す。私がこの口を介して人々に説いた神を讃える言葉だ。それでも、この両の手が祈るのは我が明日の為だった。

 天上人の暮らしは、言うなれば甘美な毒。失うことを恐れ、それが罪悪と知りながら、甘い蜜の味に抗うことは出来ず。叶うなら、これがずっと続いてほしい、と思っていた。
 神の威を借りた空虚な歌を垂れ流しながら、私はまさしく糸の付いた操り人形だった。冷たさも、ましてや温かさも感じない、ただの人形に成り下がっていた。

 ……そんな私を人に戻したのは、万人を救うという神ではなく、ただ一人の人間。そして、問いに報いし愛の言の葉。彼の言葉は私を優しく包み、私は人の喜びを知った。

『歌えばよいのです。存分に。罪を背負うは、あなただけではないのだから』

 その日から、私の世界は変わった。世には、これほど多くの心揺さぶる出来事があるものか。そう思うくらいに、世界が色づき始めたのだ。草木の瑞々しさを知り、陽の光の眩しさを知り、人の温もりを知り。鮮やかな色彩に心が躍った。
 なによりも、この身が歌う意味を見つけた気がした。私が『私』として為しえる唯一の事柄。それは謳い、伝えること。生きる喜びを。愛する尊さを。そして、命の重みを。誰かの心に届くことを願って。

 いつしか、私は神子ではなく、歌姫と称されることが多くなった。貧しき者に富を分け与えること、幼子の腹を満たすことは、傀儡である私にはできない。ならばせめても、歌を。そう心がけた結果だった。それは畏れ、敬われる日々よりも遥かに心地良いものとなっていった。

 けれど、悲劇は突然訪れる。

 神の気まぐれに振り回されただけなのか、それとも、自身の罪深さすら忘れていた私に対する罰なのか。その深き御心は神のみぞ知ることだ。
 私を指して、持てる者たちは言う。

――お前は神の名を汚し、地に堕とした――

 彼と私の仲が深まることを危惧する者が身近にいる。その事実に、私は気付けなかった。変わっていく私を、操り難い人形を、切り捨てることを彼らは選んだのだった。
 彼は捕らえられ、私は逃がされた。身一つで逃げ、雨に打たれて走り、ここに辿り着いた。もう、一歩も歩けない。立ち上がることさえも……。

 ちゃり、とガラスが擦れるような音が聞こえた。ぴくりとも動かない左腕の手首に嵌めたブレスレット。紫水晶を連ねたそれが立てた小さな音色だった。

『もしものときは、一粒ずつ売ってくださいまし。もう行ってください。お早く。……どうか、ご無事で』

 矢継ぎ早に告げられた別れの言葉が、頭に浮かんでくる。侍女の厚意がなければ、こんなもの直ぐに引き千切ってしまいたい。搾取の象徴のような虚飾などに、縋りたくはなかった。

「……?」

 ふと気付く。重い瞼を閉じようとしたとき、視界の端に映るものがあった。こんなところにある筈のないもの。裸足の爪先と、すらりとした足首。疲れ果て、考える力を失った頭を持ち上げると、一人の少女が私を見下ろしていた。

 白く、教会のステンドグラスのような透明感のあるミニドレスで身を包んだ少女だ。むき出しの肩の滑らかな曲線。健康的に浮き出た鎖骨に繋がる細い首。その上に乗っているのは、幼さの抜けきらぬ、しかし、どこか成熟したたおやかな女性を思わせる整った顔立ちだった。

 後ろでまとめ、左右に流した清水のごとく碧い髪から覗くのは、太陽を二つに割ったかのような明るい水色の耳飾り。
 憂い帯びた瞳に、知らず、私の視線は吸い込まれた。

 じっとこちらを眺めていた少女は、不意に私から意識を離し、洞の奥、暗闇の向こうに目を凝らす。爪先を暗がりに向け、張りのある太ももをわずかに持ち上げ、少女は歩き出した。

 行かなければ。そう思った。

 不思議と力が戻り、気だるい体をなんとか立ち上がらせる。ふらつく足。石壁に手をついて支え、引きずるようにして、棒のようになった全身を前へ、前へと進ませた。

 闇に鮮やかに映える、血のように紅い首飾りを追って。

(プロフィールはありません)

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