ここ数年で娯楽という物は大きく変わった。その代表といえる物がテレビゲームだろう。貴志子も流行りに乗せられて、携帯ゲーム機を一台買ったことがある。幾つかのソフトを同時購入して遊んだが、暇つぶしにやることはあっても熱中してまでやったことはなかった。そんな貴志子が、なぜか年数回しか行われないというテレビゲームのイベントに来ていた。もちろん、それには訳がある。ジークルーネとの約束の一つ。牧遥という女性を探しに来たのだ。
　
　貴志子は携帯を開いた。そこにはなぜかドット絵のジークルーネが映っている。ジークルーネ曰く、『ちょっと怪我して修復中だから、外見に気を遣っている暇が無い』だそうだ。貴志子にしてみれば、普通の待ち受け画面に見えなくもないその姿の方が精神的に安心できた。
「それで、遥さんの特徴は？」
「うーん。そうねぇ……。一言で言うなら男みたいな女かしら」
「はぁ……」
　貴志子は頭を抱えた。この広い会場には多くの人がいる。大人も子供も、コスプレしている人間だっているのだ。それだけの情報でどうやって探せというのだろうか。こうなってくると、そもそもジークルーネの言い分を信用してよかったのだろうかとさえ思えてくる。
　ジークルーネの言い分はこうだ。遥は私を探しているはずだから、私の欲求に素直な行動を取れば出会える確立が高くなる。この言い分でいくと、このゲームのイベントは絶対に外せないらしい。
なんとも都合の良い理屈に思えたが、その言い分には妙な説得力があった。
「貴志ちゃんがこういうイベントに来るのって珍しいよね」
「ま、まあね」
　貴志子は隣にいる親友の緑亜紀に愛想笑いを浮かべた。亜紀は割とゲームが得意だ。やりこみ系のゲームもやっているそうで、数百時間を越えて遊んでいるゲームもあるらしい。今回のイベントにも元々行く予定だったらしく、右も左も分からない貴志子は彼女を頼ったのだった。
「最近、面白そうなゲームでたじゃない。何て言ったっけ、あれ。んーーー……パ、パチモン？」
「もしかして、マジモンのことかな。面白いよね、あれ」
　マジモンの名が出た途端、亜紀の目が輝いた。
　マジモンとは、『マジカルモンスター』の略であり、大人から子供まで幅広い層からの支持を得ているゲームである。亜紀はこのゲームの大会に出たこともあるらしく、かなりマニアックな知識を有しているらしい。
「そうそう。可愛いイラストに惹かれて、ちょっと買ってみたの」
「最初は何選んだの？　可愛いで選ぶならやっぱり子供ドラゴンじゃない？」　
「うーん。私が選んだのは確か……。ブルードラくんっていう奴だった気がする」
「ブルドラか。あいつはね、弱点多いんだよ。貴志ちゃん、いきなりミスったね」
「そうなんだ……」
　貴志子は少しブルーな気分になった。一番最初のモンスター選択の時点で間違えるなんて、ゲームに関するセンスがないのかもしれない。
「私、強いモンスターいっぱい持ってるから。後であげるね」
「う、うん。ありがと……」
　貴志子には強いモンスターの価値というのがいまいちよく分からない。そのため亜紀への感謝も曖昧な返事となってしまった。

　貴志子は、牧遥という女性を探すのを半ば諦め、亜紀と共にゲーム会場を回った。最新のゲームはどれも貴志子の想像の上をいくものばかりで、技術の進歩に驚かされる。
「あのリズムゲーム面白そうだよね」
「うん。でも、あれってまだ開発段階だから発売は一年以上先だよ」
「そうなんだ。ゲームの開発って、結構大変なんだね」
　一年待ち、いくらそのゲームに興味があっても、貴志子にはそれだけの期間興味を持ち続けられそうに無かった。新作ゲームの発売をいつも心待ちにしている亜紀は、それだけ楽しみにしているということなのだろう。それほどまで熱中出来るものがあるのは幸せなことだと感じられた。
「ねえ。もうすぐマジモンのブースだよ。楽しみだね」　
「そうだね」
　亜紀ほどではないが、貴志子もこのイベントを十分に楽しんでいた。普段知らないことや、行かない場所、全てが新鮮であった。
　
　ほどなくして、ゲーム『マジカルモンスター』のイベントブースに辿り着いた。
「貴志ちゃん、今日、イベント限定モンスターの配布もやるんだけど……」
　亜紀はいつになく真剣な口調で話し出した。
「私、どうしてもそのモンスターが欲しいの！」
「じゃ、じゃあ並ぼうか……」
　貴志子は亜紀の剣幕に苦笑しながら、まだ数人しか並んでいない列の最後尾に回った。

「貴志ちゃん、配布まで一時間ちょっとあるから、今の内にモンスター交換しようよ」
「えっ！　一時間以上も待つの！」
　貴志子には信じられないことだった。しかし並んでしまった手前、後戻りは出来ない。
「これは厳しいわね……」
「あははー。こんなの短い方だよ。私ね、最大で前日から泊り込みしたことあるもん」
「そ、それはやり過ぎな気がするんだけど……」
　貴志子の想像の上をいく世界。ジークルーネにも度肝を抜かれたが、親友の意外な一面も別の意味で貴志子の度肝を抜いた。

　貴志子と亜紀はゲーム機の用意するとモンスターの交換を始めた。
「じゃあ、まずはこの子からね」
　亜紀は威風堂々としたドラゴンを選択した。中年ドラゴンと呼ばれる子供ドラゴンの成長したモンスターだ。ふざけた名前とは裏腹に、ここまで成長させることは難しく、非常に強力なモンスターである。
「ごめんね。私、大したモンスター持ってなくて」
「気にしないでよ。いつもお世話になってるんだから」
　亜紀は先日の事件のことだけでなく、いつもお世話になっている分、こうして自分の得意な分野で助けになれるなら協力を惜しまないつもりだった。しかし、三匹交換したところで貴志子がもう大丈夫だからと言って交換は終了した。
　強力モンスターを貰っても、それほどゲームをやらない貴志子には豚に真珠なのである。
　
「私は全然構わないんだけどな」
「いやー。私が貰っても勿体無いじゃない。大会とか出ないしさ」
「あっ！」
　亜紀は良い事を思いついたらしく、手をパチンと叩いた。　
「後でマジモンバトルブースにも行ってみようよ！　やっぱり対人戦は熱いし、貴志ちゃんもその魅力にはまるはずだよ。絶対、間違いないって！」
「うぅ……。わ、分かったから、そんな目で私を見ないで……」
　亜紀のキラキラした瞳に、貴志子は無情の返事を返す訳にもいかず、渋々了承した。

　イベント限定モンスターの配布は時間通りに行われ、比較的早くから並んでいた二人は長蛇の列を尻目にこの場所から抜け出すことが出来た。
　ここに来て生き生きとし始めた亜紀に、半ば引っ張られる形で貴志子はマジモンバトルブースへとやってきた。マジモンは人気ゲームだけに、ここにも貴志子の予想を上回る数の人がいた。
「すごい人ね。私がやって勝てるのかしら……」
　普段からそれほどゲームをしていない、まして対戦なんてしたことのない貴志子には当然の不安であった。
「大丈夫。私のあげたモンスター三匹なら、そこらの奴には負けないよ。だって、全国大会４位入賞のときのメンバーだもん」
「よ、余計なプレッシャーかけないでよ。これで負けたら、私がゲーム超ヘタクソ人間になっちゃうじゃない」
　まさか亜紀から貰ったモンスターがそこまでの強さを持っているモンスターだったとは。貴志子は若干の安心感とそれ以上のプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「ど、どうしよう？」
「そうだね。まずは私と対戦してみようか。大丈夫、手加減してあげるから」
「うん。それが無難そう。ちゃんと手加減してよね」
　貴志子と亜紀は空いているテーブルに向かい合って座ると携帯ゲーム機を取り出した。
　マジモンのバトルは三匹のモンスターを一体ずつ戦わせる形で進行していく。貴志子は悩んだ挙句、小さなプライドから亜紀に貰ったモンスター二匹と自分で育てた大して強くないモンスター一匹を選んだ。
「貴志ちゃん、こっちはいつでもいいよ。準備できたら対戦ルームに来てね」
「こっちだって簡単には負けないからね」
　口ではそう言いつつも、亜紀は自分のモンスターと戦うのだからそれなりに対策は取って来るだろうと貴志子は考えていた。自分の目標は小さくていい。まずは一匹撃破、それが貴志子の小さな目標だった。
「じゃあ、いくからね」
「いつでもきなさい！」
　そこにいたのは、いつものお嬢様然とした亜紀ではない。全国大会を制した頃の、戦士の顔を持つ亜紀であった。
　　
　バトルスタート！

　いよいよバトルが始まった。貴志子の一匹目はもちろん中年ドラゴン。一番信用できそうなモンスターを選んだのだ。
　画面上では魔法使いのような格好をした女の子が魔方陣からドラゴンを召喚していた。
「貴志ちゃん、さすがだね。一番初めに一番強いモンスターを持ってくる。分かっていても実行できる人は少ないんだよ」
　亜紀はいつになく饒舌であった。親友の元気そうな姿を見て、貴志子も内心喜んでいた。例の事件はそれだけ凶悪で、下手をしたらトラウマにでもならないかと心配していたのだ。
「実は私も同じモンスターだったりするんだ」
　亜紀が操るキャラクターも同じような魔法使いの女の子だ。こちらの魔方陣からも中年ドラゴン、貴志子と同じモンスターが召喚された。
　同じモンスター同士の対戦。覚えている技は違うだろうが、これはまさに両者の腕の違いがモノを言う戦いになるだろう。
　
　先手を取ったのはやはり亜紀の中年ドラゴンだった。
「いきなさい、中年ドラゴン！」
　亜紀の掛け声にドラゴンが反応する。実際は、魔法使いの女の子が言ったのだが、貴志子の脳内で、その女の子は亜紀に変換されてしまっている。
　亜紀の攻撃は毒ブレス攻撃。文字通り、相手を毒状態にし徐々に体力を奪っていく攻撃だ。だが、貴志子はこれを読んでいた。
「やった。成功よ！」
　貴志子は飛び跳ねんばかりに喜んだ。ドラゴン系ならブレス攻撃で来るだろうと読んでいたのだ。貴志子の攻撃は突風攻撃、ブレス系攻撃を相手に跳ね返す攻撃だ。まさに読み通りの展開に貴志子のテンションも上がる。
「凄い、凄い！　初めての対戦でここまでやるなんて。私のモンスターを渡した甲斐があるよ」
　亜紀のテンションは貴志子よりも高い。貴志子の善戦がそれほど嬉しいのだろう。
「よし。このまま勝っちゃうから！」
　自分に有利な展開になったことで、貴志子にも欲が出てきた。勝ちたいと思わない勝負なんてないのだ。
　最初のターンでは、貴志子の読みが当たり亜紀のドラゴンが毒状態になって終了。ゲームは二度目のターンに移った。