4、雪降る夜に

 今日は雪が降っている。こんな日は少し憂鬱だ。外で思い切り走れないのが嫌だ。早く地面を思い切り蹴って走りたい。雪や雨の日に限ってそんな気分だ。


「今日は憂鬱かい?」あたしの心を諭すように佐古田先生が微笑する。


「まぁ。憂鬱ですよ」

 あたしは運動場に目を落とす。運動場は案の定、所々に雪が積もっていた。せいぜい今日の部活内容は雪かきとかそこらで終わるだろう。


「どうも今日一日晴れないらしいよ」

 佐古田先生はそう言って窓に寄りそった。

 あたしの席は窓側だ。
 あたしは窓側が好きだ。
 すぐに運動場が見られるから。

「そうなんですか」

 遅ればせながら佐古田先生の質問に答える。

「雪見てると子供の頃思い出すよねー」

 佐古田先生はまた微笑した。

「あの時はテンション上がってさ。僕は雪に埋まって遊んでたら次の日熱出して寝込んじゃった。次の日も雪が降ってね。僕は遊ぶーーって駄々こねたらしいけど結局疲れて寝込んじゃたんだって」

 佐古田先生は思い出したように語り始める。眼鏡の奥にある瞳は子供同然だった。

「おかしいね。子供のころは早く大人になりたいって思うのに。大人になると子供に戻りたいっておもうんだよ」

 そう言ってまた何かを懐かしむような顔になる。
 その顔を見つめていると授業を知らせるチャイムがなった。


「よっし。授業だ」


 佐古田先生はそう言って「はい、席についてー」とクラスのみんなに言った。


 佐古田先生もあんな一面があるんだな……。
 初めはどこかおっちょこちょいな先生だと思っていたけれど。
 やっぱり大人という一面がある。
 ああいう大人になりたいな。


                 *


 今日の放課後練習は予想通り、雪かきで終わった。
 本当は練習したかったけれど、冬なので暗くなるのが早い。それに比例して下校時刻も早くなる仕組みになっている。それが大嶺中の仕組み。


 あたしは少し心残りのまま、制服に着替え部室を後にした。



「お、大杉さん」



 部室を出ると同時に声をかけられた。振り返り声の主を確認すると見たことのある人物だった。見たことのある人物といっても廊下で見かけたことのあるだけで。はっきりと名前を覚えていない。首に縫われた数字を見るからにどうやら同い年らしい。2―3と書いてあるので隣のクラスだ。


 その人はなぜか頬を赤く染めていた。寒いからかな?


「あの……。おれの名前は松江です。松江亮です」
「はぁ」


 松江亮と名乗る人物は直立不動で自己紹介をしてきた。正直今の状況が読めなくて頭が混乱している。



「単刀直入に言います。おれは大杉さんのことが好きです。付き合ってください」



 松江亮はそう言って大きく礼をし、その場から走って立ち去った。


「何今の?」


 あたしは呆然と立ち尽くして松江亮の後ろ姿を目で追った。



                  *



「風みたいな人だったよ」
「あの松江が?」



 配膳をしていた権弘が驚いた表情で言った。今権弘に今日あったことを話した後だった。

 今日も多恵おばさん(権弘のお母さん)とあたしのお父さんとお母さんが仕事でいないから権弘にご飯を作ってもらった。

「あの松江ってどういうこと?」
 あたしがそう言うと権弘はそれが合図だと言わんばかりに喋りだした。
「松江は小学校の頃からのあがり症でな。人前で話すとなると顔が赤くなって喋れなくなってたんだよ。特に女子と喋るときとかは顔真っ赤にしてたよ」

 権弘は小学校時代を懐かしむような目で言った。そして付け加える。

「お前が男に見えたんじゃないのか?」
 権弘はそう言うと笑いながら椅子に座る。
「うるさいわね。はっきり好きと言われたのよ。そんなことあるはずがないよ」
 まぁ松江亮は少し赤くなっていた気がするのだけど……。
 あたしはそう思って権弘が作った肉じゃがを頬張った。


「あたし。この後走りに行くから」
「どこに?」
「坂倉記念公園に」
「なぜ?」
「今日部活で走れなかったから。あんたしつこいわね」
「なるべく早く帰ってこいよ。今日は冷えるからな」
 
 権弘はそう言って肉じゃがを頬張る。


「「うん。うまい」」


 あたしたちは声を合わせてそう言った。



                   *


「ごちそうさまでした」

 あたしは手を合わせてから席を立つ。

「ここに皿いれて」

 権弘は洗剤だらけの手で銀の皿入れ(うちではこう呼んでいる)を指差す。あたしが走りに行くと言ったので権弘が皿洗いをしてくれている。

「うん。わかった」

 あたしは水の張った銀の皿入れに皿をつけた。そして二階にあがりジャージに着替える。そしてポケ
ットに携帯電話と財布の入ったポーチをポケットに入れて寒くないようベンチコートを持とうとしたが、ベンチコートを睨みつける。ベンチコートは走るときに邪魔になるので正直いらない。そう思ってあたしはベンチコートを持たずに部屋を出た。


「いってきまーす」

 あたしはお気に入りのランニングシューズを履いて外に出た。

「寒いから早く帰ってこいよ」という権弘の声を背中で受け止めて走って坂倉記念公園へ向かった。


 坂倉記念公園までは走って十分くらいかかる。大嶺湾の近くにある公園だ。案外広くてランニングスペースがあり、早朝にはよく走っている人を見かける。


 坂倉記念公園まで行く道がアップゾーンで。坂倉記念公園に着いたら少し休憩して思いっきり走る。

 冬の夜風が身にしみて。完全防具の上半身と下半身には大して寒さを感じないのだが。顔全体が寒い。肌が乾燥しているのがよくわかる。

 そんな夜風を楽しみながら走ると坂倉公園に着いた。
 あたしは入ってすぐの自動販売機でスポーツドリンクを買い、すぐ横のベンチで休憩を入れた。


「よし。休憩おわり」
 なんて一人で喋って立ち上がろうとする。けれどなぜか体に力が入らない。もう一度立とうとすると次は立てた。


「なにかしたかな?」


 あたしは少し不安で独り言を言う。

 少し体を揺らしながらランニングコースのスタートラインまで行く。そして、右手の腕時計のボタン
を押してランニングスタート。

 体は徐々に徐々に前へと進んでいく。

 あたしはこの感覚が好きだ。

 自分が前に進んでいる感覚がとても好きだ。

 走っている最中に自分の口角が緩んでいるのがよくわかった。



 楽しい。



 ものすごく楽しい。



 そんな楽しい時間もすぐ過ぎて行く。

 ランニングコースを三周ぐらい回ろうとしている。
 よし、ラストスパート!
 と思い、ペースを急激に上げた。






 そのときだった。






 急に体の力が抜けた。



 あ……れ?



 そう思ったら体が横に倒れて目線が地面と同じ目線になる。
 その瞬間、左半身全体に衝撃が走る。


「っつぅ……」


 喉の奥からでた声は今にも消えそうな声だった。

 立ち上がろうとしたけれど体がいうことを利かない。

 辛うじて四つん這いにはなれた。

 でも、これからどうしよう。

 ものすごく危ない予感がする。

 さっきまで気持ちのよかった風も今になっては憎たらしい。悪寒が体を襲ってくる。頭も痛いし体の節々痛む。なんでこんなことに気付かずに走りに出かけたのだろうか。

 四つん這いでもものすごく体力を消耗している感じがする。息が荒い。口から漏れた息が目の前で白い水蒸気に変わる。その様子見ると「いま生きている」という感覚が脳裏に焼きつく。

 そういえば、あそこのベンチに財布と携帯電話置いていたのだった。

 携帯電話で誰かに電話をかけて助けを求めよう。

 あたしはそう思って生まれたての子山羊みたいに四肢を進める。

 何とか、ベンチのところまで辿り着き、ポーチから携帯電話を取り出した。そして、着信履歴から適
当な番号を選び電話をかける。そのときにはもう完全に全身の力が抜けていた。ベンチに体をあずけていたのだ。


『どした?』


 電話の奥から声がした。


「ちょっと……助けてくれる?」


 あたしはそう言って力尽きた。




 そこで一旦。あたしの意識は途絶えた。






…………ぃ……ぉい! ……おぃ! マドカ!」

 気がついた。

 気がついたらあたしの体は誰かに揺さぶられていた。

 そのだれかは、聞き覚えのある声だった。

 聞き慣れている声だった。

 薄くだけどシルエットでだれかわかった。

 シルエットじゃなくてもこいつだと確信していた。

「円香! 大丈夫か? よかった。目ぇ開けた。今から病院連れて行くからよ。ちょっと手荒だけど我
慢しろよ」

 そいつはそう言ってあたしを抱きかかえる。

 そういえば。この人はこういう人だったなぁ。

 あたしがピンチだと必ず助けてくれたっけ。

「これの他に持ってきてる物ないよな」

 あたしはその質問にうなずいた。

 あたしを抱きかかえた人はあたしを後ろに回してあたしをおぶった。そして急いだ様子で走り出し
た。

 体が以上に熱い。

 こんな体験したことない。

 そういえば、通話終了のボタン押したっけな?

 押してなかったら大変だな。

 あたしはおぶられたまま、そんな気楽なことを考えていた。

 やっぱり、こいつがいると安心する。

 いつもうざったく感じるけど。

 こんな言葉、言うのは今日だけだよ



「権弘。ありがとう。」


 おぶられたあたしは権弘の耳元で呟いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

4、雪降る夜に

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投稿日:2014/01/15 20:35:39

文字数:4,042文字

カテゴリ:小説

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