「ルールって、この世に必要なもの?」
公園のブランコに飽きた彼女は、靴を飛ばし終えた格好でブランコの前の手摺りに座りながら、そんな事を呟いた。
「どうしたの、急に…」
彼女は滑り台のてっぺんから見下ろすボクを見上げると、首を傾げて話を続けた。
「ルールは守るもの、それとも…」
「破るため、さ」
ボクは彼女の話を遮るように、口をはさんで言った。
「皆で色々話し合って決めたせっかくのルールを、破るの?」
重んじる人も勿論たくさんいる中で型破りな人も少なからずいるのならば、ボクは後者でありたいと思った。
「じゃあ、私との約束は守ってくれないの?」
「ルールは決まり事であって、約束ではないだろ?」
ボクがそう言うと、彼女は困った顔をした。
「よく分かんないの。でも何かさ、頑なに守っていく素晴らしさもあると思うんだ。ルールもさ、守り続けていけば約束なんじゃないかな?」
「そう、なのか?」
ボクは体育座りのまま、滑り台をゆっくり降りながら言った。
「私たちってさ…好き同士でいるのなら、どちらもそのルールを守っているはずなんだよ」
「…まあ、な」
ルールや決まりなんて、昔から正直クソくらえと思っていた。大人にしても社会にしても、皆窮屈なものばかりだから。
「…じゃあさ。今日から二人だけのルール、決めようよ?」
「え?」
ボクらは高校生という身分を持て余すように、誰もいない公園に自転車を転がしては童心を懐かしむように遊んでいた。
「優斗は一日に一回、私に絶対好きって言う事。メールでも構わないから、ね?」
「はあ?」
ボクは呆れながらも、相槌を打っていた。
「優斗は私に、何をして欲しい?」
「うーん、急に言われてもなあ…」
彼女は笑顔のまま滑り台のてっぺんに戻ってきたボクに向かって、滑る方向からゆっくり滑らないように登ってきた。
「私、何でもするよ?優斗のためなら」
彼女が目の前にやって来ると少しドキッとしてから、近くに来るなと背を向けた。
「私、重いでしょ?そんな事平気で言う女だから…」
「ああ、重いよ。だから、この滑り台からも降りてくれ」
彼女は小さな声で酷いと呟いてから、渋々滑り台をゆっくり滑り降りていった。
「世の中のルールは窮屈なものが多いから、せめて私との好きというルールなら、きっとそんな事ないよね?」
それも窮屈だと喉の辺りまで吐き出しかけたけれど、必死にそれを我慢して今ある話を何とか変えようと試みた。
「恋にルールはないからゆるくてぼんやりして過ごしていられるけど、その先には結婚という束縛が待ってるんだよ?そのために今の内からならしておいた方が…」
「もう、いいよ」
「…え?」
辺りに、沈黙の時間が流れた。
「久美と一緒にいて愉しいと思ったから付き合ってやってんだ。お前からお願いされて付き合ってやってんの、忘れんなよな!」
告白は、大好きな人からしてもらうもの。
でなきゃ、恋の主導権を握られてしまうんだ。
「…優斗?」
「お前から告ったんだろ!じゃあ最後まで責任取れよな」
恋のイニシアチブ。
もっとシンプルに言えば、大好きな彼がいて、彼以上に自分の方が彼の事を好きだとしても、彼の方から必ず告白してもらうようにする事。
それが彼女になるための試練であり、努力。それが彼女としてあるべき姿であり、そう仕向けるずる賢さも時には必要なんだ。
そして、逆の場合。
大好きな彼女がいて、彼女以上に自分の方が彼女の事を好きならば、それこそ最大限に男の告白を見せつける時。
いずれにしても、男にイニシアチブを持たせる事で、男は自分の決めた意志や行動を裏切る事は大抵しないから、その恋はうまくいく事が多いのだと。
「お前と付き合って愉しかったけど、今の関係をこれ以上重くさせるんなら、もういいわ」
「優斗…」
好き同士であるという互いの信頼関係の中にも、上下関係は必ず存在する。
「ねえ、優斗?」
だから、主導権をハッキリさせよう。
「優斗ってば…」
そうでなきゃ、恋の先に待つ誓いの扉の前にさえ、一向に辿り着けやしない。
「明日からは、友達だな…」
付き合いとは、恋人とは、彼氏彼女とは。
要するに、枠にはまったルールに基づいているように見えて、実は一方通行の一人よがりでしかない。
信頼関係の元に出来上がった友達関係に打ち勝たなければ、恋人になんかなれないのだ。
付き合うなんて言葉で互いの関係を濁し合うから、余計に曖昧な関係が生まれてしまう。
だから好きという言葉を互い同士、思ったその時に真っすぐそのままの形で伝えるべきなんだ。
「私の事。好き、じゃないの?」
「そんな事、一度でも言った事あるか?」
相手はきっとこうだろうとか、こう思ってくれてるだろうとか。そんなの恋人なんかじゃない、むしろ友達以下だ。
だから好きという気持ちを重たいという言葉なんかで、どうか責めないでほしい。
「私たちさ…付き合ってた、んだよね?」
「…付き合って、やってたんだよ」
大好きな人が、いました。
でも今日を以て、大好きだった人になりました。
「じゃあな、もういいだろ…」
「…」
涙が止まらない、初めての気持ちに襲われました。
幼かった頃に、砂場でママに怒られた時とは違う。それはもう絶望的であり、破滅的であり。
「さよならだなんてさ、そんな冷静に言えるわけないじゃないっ!」
「…」
別れもまた。
それはもう、狂おしい程に。
「優斗、どうして?優斗っ!ねえ…」
ルール。
彼はそれを、破るためにあると言った。
守るためが正解だとかそれが大切なのではなく、ルールだからとかそうじゃないとか、それ以前に互いの事が何にも分かっていなかった事が、何よりも残念な事。
「ねえ、今度何して遊ぼうか?」
「…ダルいからさ、もう家帰ろうぜ」
「昔さ、この公園でよく遊ばなかった?」
私が彼を好きで。だから彼に告白して、だから彼を積極的に誘って遊んでた。
だからその内、彼は魚の私に餌をやらなくなったんだね。
恋は、追いかけた方が負け。
そんなの、何処かで分かってた。
でもそれが、私のスタイルだったから。
「…オレの事が、好きって事?」
「はい。だから、付き合って下さい!」
彼の事が好き、だからこそ。
彼の方から私の事を好きって、言ってもらわなくちゃいけないんだ。
愉しかった公園に、夜が訪れるように。
二人の幸せにも、夜が訪れるのであれば。
朝が来るまで、泣いていればいいよね。
その後にこそ、架かる虹があるはずだから。
好きのてっぺんまで、登りきった二人に。
滑るしかないというルールを、どうか打ち破れるように。
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