彼は独りでに歩く。誰に言われるまでもなく、自分の行きたいところに、自分の好きな時に行き、やりたいことをする。そして飽きるべくして飽き、次の興味を探して、また独りでに歩き出す。
ランス・ウォーヘッド。彼はそんな自由奔放な生き方を主義としている。本来ならば、そんな反社会的な性格では、若くしてこんな巨大企業の重役に成れるはずもないと思うだろう。どうせ何かのコネクションに頼り切り、自分では何一つ努力していない、そう思うだろう。
だがそんなまともな考えに反して、実質の彼はクリプトンに入社して以来、紛れもない彼本人の実力で、周囲を置き去りにするほど頭角を表し、電光石火の速さで出世した。
何故か? 実は大した疑問ではない。それはクリプトンが、出世が、この仕事が彼の興味を大いに引き寄せただけに過ぎなかった。前々から如何わしい噂や都市伝説などを生み出していたクリプトンは、実情を知らない一般人から見れば得体のしれない部分もある。今、この仕事のように。彼はその存在の鱗片でも知ったことで、一刻でもこの世界へ仲間入りを果たすため、それ以外の全てを忘れ、ひたすらこの世界を目指してきた。唯一つの興味本位のために、ここまで努力が出来る人間はそうそう居るものではない。彼は、天才だ。
だからこそ私は劣等感を抱いた。周囲を世話係に囲まれ、言われるままの事をしながら過ごしていただけで、私はここにいる。特に興味も無かったこの世界に、特別に豪華なレールの上を軽やかに歩んできたに過ぎない私が。
好きなことができ、好きなことのためには他の全てを犠牲にできるランスは、もはや私に取って渇望の対象でもあった。どこまでも自由な男、そんな彼が。
◆◇◆◇◆◇
「・・・・・・大佐。おい?」
「え?」
彼の声に、私は思想の世界から呼び戻された。
「また何か考え込んでいたな?」
「・・・・・・ええ。」
私は微笑と共に短い吐息のような返事を返した。
「まぁいいや、確かここだったな。あのミクって少女が改造を受けてんのは。」
「そうですよ。」
私はまた短く相槌を打った。いつもなら会話が弾む場面ではあるが、今は必要以上の会話をする気にはなれない。
ランスが鋼鉄の自動扉の前に立つと、上部に取り付けられたセンサーが我々の姿を確認し、私とランスを開発研究室の中に招き入れた。
ランスは始めて足を踏み入れる空間を、臆さず突き進んでいく。その姿が既に図々しく不貞不貞しい。
「おーい網走博士! 進んでるか?」
神経を張り詰めて作業をしている技術者達の中に、ランスの陽気な声が投げかけられる。技術者達は、その声に条件反射して姿勢を改め、我々の方に礼をした。ただ一人、気弱そうな白衣の青年を残して。
彼は恐る恐る振り返ったあと、一瞬顔をしかめてから、改めて表情を緩めた。
「ああ、ランスさん、世刻大佐。作業なら順調です。ここの技術士の皆さんは本当に優秀な方ばかりで、解析も改造も予定より早く終わりそうです。」
「ほう、そりゃ良かったな。それなら期待した以上の見返りが望めそうってもんだ。」
網走博士の快い対応に、ランスもにこやかな、かつ特有の若干意地悪な笑みを返した。
「へぇー、こりゃ本物の人体みたいだな。中身までは始めて見たぜ。」
「そうですね。」
まだ完成されていない内部がむき出しとなっている彼女の肉体を眺めながら話をすすめる二人を尻目に、私は彼女の内部構造が表示された三次元画像を眺め、可能な限りその情報を探った。
「強化皮膚に強化人工筋肉、グラスファイバー神経、ナノマシン、高精度眼球・・・・・・。」
まさに未開拓の最新鋭技術を惜しげなく投入した、未来への可能性を目指す名を持つにふさわしい存在になるだろう。ミクは。
私は、数日前始めてこの部屋で網走博士と彼女に出会った時のことを思い出した。怯える博士。それに反して、真摯な眼差しを終始私から逸らすことのなかった彼女。
最初こそ怯えていた網走博士も、今となっては一切の余念を切り捨てひたすら彼女を完成させることに決意を定めた、そんな眼差しをしている。かつて私の前に見せた不安や嫌悪の色など、微塵も残っていない。
博士もまた、一つの決心でひたすら直進する、そんな心を持っている人間なのだろう。
私には、何があるのか・・・・・・。
「わぁ、凄い! こんなに最先端の技術が、一つのアンドロイドに集められるなんて!」
突然、私のすぐ隣から少女の声が聞こえ、振り向くと、CTRに映し出された実験体の三次元モデルを、興味津々といった眼差しで見つめる女性の姿があった。
細い体に、茶色がかかった長髪。サイズの合わない白衣のせいか少女のようにも見えるが、あどけない表情の中にあるその瞳は、気品を持っていた。
「あなたは?」
声を掛けると、その女性はようやく私の存在に気づいたようで、一瞬、はっと驚いてから、慇懃に礼をした。
「突然お邪魔して申し訳ありません。私は望月聖(もちづき ひじり)といいます。クリプトン・フューチャー・ホームズの新人です。」
ホームズといえば、クリプトン傘下企業の一つで、家庭用アンドロイドを始めとした、生活や介護に向けた製品を開発している。元々、網走博士が所属していた企業でもあった。
「ホームズの新人? このような軍事関係の基地にまでいらしたのですか?」
「今この基地で、新型アンドロイドや強化人間の開発や実験をされているので、参考にということで実験に立ちあわせて頂けたのです。こんな機会一生に一度でしょうから、すごくワクワクするんです。」
「なるほど。この他にも何か、ご覧になさるものはございますか? よろしければ、ご案内いたしましょう。私は世刻・エウシュリー・アイル。空軍大佐です。」
「空軍の方・・・・・・ですか?」
屈託の無い爽やかな表情に、一片の曇りが見えた。いや、曇りというより、今頭も中を微かな思案が通り過ぎた、そんな目をしていた。
「はい。そうですが。」
「・・・・・・あのパイロット、強化人間というのですか? あの実験も、大佐の指示でしょうか。」
「いいえ。あれは基地司令の監修の元、防衛空軍幹部や幕僚、防衛省の評価を得ながら行われています。私は今このアンドロイドと強化人間、それらに関連する技術の程度を視察しているのです。」
「そうなのですか。ご都合がよろしければ、お逢いしたいのですけど、私ではなかなかそちらに触れさせていただけなくて。」
「何故そのようなものにご興味を?」
「興味では無いんです・・・・・・ただ、少しあのパイロットのことも、もう少し考えてあげたら、と思ってしまうんです。体中に電極を挿し込んで、いろんな薬物を投与して、厳しい環境に何時間も。あの子はまだ子供なのに、どうしてあんなことをするのでしょう。考えて見れば・・・・・・非人道なんです。強化人間なんて!」
彼女は私に強い眼光眼差しで、語調強く言い張った。だが、すぐにはっと、我に帰ったようで、慌てて私に頭を下げた。
「し、失礼致しました! つい熱くなってしまいまして・・・・・・。」
「非人道、ではありません。」
「えっ。」
「彼にはもはや人という意識は御座いませんし、彼自身もそれを自覚しています。あの少年は、既に人ではなく兵器として扱われているのです。」
私が告げると、彼女は悲しそうに視線を逸らした。そんな彼女の姿を見て、私はどうにもフォローを考えてしまった。
「しかし、もしよろしければ、私の権限を使って近いうちにご面会していただいても良いですよ。」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
私の一言で彼女は打って変わったように明るくなり、また深々と礼をした。
全く私は何をしているんだろう。突然現れて知り合った女性を喜ばせるために、わざわざ大佐の権限をそんなこと使ってしまうあたり、私はかなり適当で、単調で、計画性のない人間なのだろう。
これなら、まだ一筋に磁力し続けるランスや、信念を貫こうとする網走博士のほうがよほど・・・・・・と、視界を開発室に巡らしたが、既に二人の姿はなく、実験体を数人の技術者が取囲み、作業をしているだけだった。
◆◇◆◇◆◇
「素晴らしい。もはや究極だ。」
「・・・・・。」
「手足を手に入れるなんてまだまだ序の口・・・・・・真打は『コレ』だぜ! 博士よぉ?」
「・・・・・・こんなもの、ミクには必要ありません。」
「何いってんだよ? この黒い光沢、このデカさ、この威力! 翼こそ、アンタのミクに必要なものだと思うがね? 最高に美しく強大なやつだ!」
「ミクは兵器じゃない! 人を傷つける道具には成り下がらせない!」
「例え、そうでなくても実験には最後まで付き合ってもらうよ? 網走博士・・・・・。
Eye with you第二十四話「低迷」
聖様ァァァアッーーーーーーーーー!!!
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