5.初デート
土曜の朝、土岐は亜衣子にeメールを送信した。
@時間がありましたらCDLのフィールドワークにご協力願えないでしょうか?土曜は夕方、日曜は何時からでも結構です@
家事が一段落したところで着信メールをチェックした。亜衣子からのメールはなかった。落胆もしなかったが、多少期待はしていたので少し気分が暗くなった。窓の合わせ硝子の向こうで冬の頼りなげな陽が落ちかかっていた。メーラーをオンにしたま迄、着信のチャイムが鳴るたびにディスプレイを見たがメールマガジンやスパムばかりだった。メールは五分か十分おきに着信してきたが関係のないものばかりだった。冬の薄日がとっぷりと暮れた。部屋の明かりをつけていないので、パソコンのディスプレイがイルミネーションのようにやけに明るく見えてきた。一定の時間がたつとセーブモードに切り替わり画面が暗くなる。その都度エンターキーをたたいて画面を復帰させた。暫くたってメールを見ると英文も交えて十通ばかりが溜まっていた。メールマガジンの件名の間に@Re・土岐@という返信メールが混ざっていた。そのメールを急いであけてみた。
@お誘い有り難う御座います。あすの日曜日、午前10時ごろ自宅迄、スポーツカーで迎えに来て下さい。住所は白金台4丁目です@
スポーツカーは日光街道沿いのホンダ系列のレンターカー会社で借りることにした。翌朝、スポーツカーをレンタカー会社で探すことにした。近くの日光街道沿いにホンダ系列のレンタカー会社があった。運転免許証を持参して9時ごろ契約を済ませた。カーナビで目的地を『白金台四丁目』に設定した。所要時間は30分と表示された。そこから亜衣子の自宅近く迄の所要時間は日光街道経由で30分足らずだった。人通りが殆どなかった。高速脇の道路沿いに停車して携帯電話で亜衣子を呼び出した。すぐには出なかったが、
「土岐です。近く迄来たけど」
と伝えると突き抜けるような明るい声で、
「いまどこ?」
という返事があった。聞いたことのないよそ行きの声だった。
「高速脇の道路」
と少し緊張気味に土岐が答えると、
「二三分で行くわ」
と言って電話が切れた。それから5分位してダウンジャケットにベージュの花柄の総レースのワンピースの亜衣子が現れた。ネイビーカラーのレース素材のバッグを手にしていた。助手席に乗り込むと、
「暖冬みたい。あったかいみたい」
と言ってジャケットのボタンを全部はずしてシートベルトを締めた。CDL迄はカーナビの指示通りで駐車場迄は問題はなかった。車中ではもっぱら例の仮説のことが話題になった。土岐はそういう気分ではなかったが亜衣子の無邪気な熱弁に付き合うかたちになった。CDLの駐車場は小春日和のような陽気の日曜とあって少し混雑していた。ゲート近くの駐車場に止めることができなかった。一寸ずりを繰り返しながら駐車場ビルの最上階の一番奥に駐車せざるを得なかった。入場券売り場は黒山の人だかりだった。アベックと親子連れが圧倒的に多い。入場券は成り行きで土岐が買うことになった。チケット売り場寄りの扇型の放射状のゲートを通過したあと亜衣子がチケットを土岐に手渡した。
「捨てちゃだめよ。経費で落ちるから」
土岐は意味もなく笑った。二人は手をつなぐでもなく、肩を寄せるでもなく、つかず離れずぶらぶらとそぞろ歩いた。人気のあるアトラクションの入口はどこも長蛇の列だった。それを見ながら二人でうんざりしたような顔を見合わせた。
「並んでみる?」
と義務のように先に声をかけたのは土岐だった。
「乗るのが目的じゃないでしょ」
と亜衣子が胡散臭そうな目つきで土岐を見た。冬の陽光がまぶしくて、そういう目付きになっている。
「じゃあ、どうするの?」
と土岐は開き直ってけだるく聞いてみた。
「女の子を見るのよ。とくに、無表情な女の子に注意して。そういう子がいたら、次に連れ添いの大人や兄弟姉妹を観察して」
と言う亜衣子の話を聞きながら、
「さすが婦警さんだ」
と土岐は聞こえるようにつぶやいた。亜衣子は何の反応も示さなかった。二人は幼児向けのアトラクションの白雪姫と七人の小人に並んだ。行列の短いものは幼児向けに限られていた。付き添いの大人達は一様に疲れ切ってあくびをしたりつまらなそうな顔をしていた。
「幼女の場合は事故死が多かったんだっけ?」
「そうだったみたい。ただ少女の場合も原因不明の自殺なら、ひょっとして事故死かもね。転落したのか、飛び降りたのか」
土岐がうつむき加減で考え込んでいると、亜衣子が彼の顔を心配そうに覗き込んできた。
「あの白雪姫、整形だと思わない?」
亜衣子の指差す方を見ると、白雪姫の衣装を着た日本人離れした顔立ちの女が欧米人のような大げさな手振りと身振りで客に愛敬を振りまいていた。アニメの白雪姫に良く似た顔をしていた。
「どうして整形だってわかるの?」
と土岐は聞いた。土岐の眼にはただ鼻が少し高くて、その鼻筋が通っていて顎が少し尖っていて多少化粧が濃い目としか映らなかった。
「鼻が高すぎると思わない?」
と亜衣子が同意を求めるように言う。
「日本人としては少し高いかも」
と土岐は白雪姫の美貌に見とれていた。
「でも、あの肌の白さは本物でしょ?色白も整形できるの?」
「できないこともないけど、ファンデーションで十分でしょ?」
「まさか、舞妓さんだって、手まではドーランを塗らないでしょ?」と土岐は白雪姫の雪のように白い手を指摘した。
「ランチにしない?」
と亜衣子が土岐が白雪姫に目を奪われていることの不快さに耐えかねて話題を変えてきた。ガラガラのアトラクションから出てトゥーンタウンでレストランに入って食事している間も話しをしながら辺りを注意深く見回していた。土岐は聞かずにはいられなかった。
「きょろきょろしてるけど何か?」
「私のニックネーム知ってる!」
「知るわけないでしょ」
「私は研究所ではビデオ・アイ子って呼ばれてるの。私の目はビデオなの。一度見たものは再生できるの。とくに人の顔や体つきや仕草や動作は百パーセント再生可能なの」
「へーっ!事件現場にいたら便利だね。完璧な目撃証人になれる」
「そうなの。これが私の子供のころからの唯一の特技。だから、本当は刑事になりたかったんだけど。それで警察に入ったんだけど」
「刑事になったからって、事件そのものを目撃できるわけじゃないでしょ。事件後の現場は本物のビデオで十分でしょ」
「そうなのよね。それが問題なのよ。地域係以外この特技を生かせないのよ!私、ダンボみたいに耳も動かせるんだけど私の特技って役に立たないものばかり」
「接客業には向いてるんじゃ。人の顔を一発で覚えられるんでしょ」
「でも名前は別なの。ビジュアルだけなのよね」
「なんだ。見たことがあるだけじゃキャバクラ嬢も無理だな」
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