どう言おうか考えながら、リンを見る。と、また表情が翳っていた。あ……まずい。なんか誤解させたみたいだ。
「ね、ねえ……ぬいぐるみに名前を付けて、お友達として扱うのって、子供っぽい?」
 俺が口を開くより早く、リンの方がそう訊いてきた。え? どうやらリンは、自分がぬいぐるみに名前を付けて、相手が心でも持っているみたいに扱うという行為に、俺が呆れてしまったと受け取ってしまったようだ。
 別にそれが子供っぽいとは思ってないが……この前リンに、姉貴の蔵書の中から『歌う船』貸したんだっけ。同じ世界観の『旅立つ船』を、今度貸すか。あっちの主人公は、大人になってもぬいぐるみを大切にして、名前で呼んでいる。リンの考え方は、別に変じゃない。
「……そんなことないよ」
 リンの隣に座って、俺はそう言った。リンは視線を伏せ気味にしている。リンの手を取ると、リンは弾かれたようにこっちを見た。
「リンがそういう感受性を持っていたから、俺はリンのことを好きになったんだ。……そのカードは、俺がリンに自分の気持ちを伝えたくて書いたんだよ」
 一拍置いて、リンの瞳が大きく見開かれた。そして、頬がさっと赤くなる。リンはそのまま、視線を伏せてしまった。やっと、通じたらしい。
 リンはずっと下を向いたまま、もじもじしている。今じゃ耳まで真っ赤だ。可愛いが、俺はリンの答えが知りたい。
「……リン」
 声をかけると、リンはびくっと身体を強張らせた。ひどく緊張しているようだ。……俺まで緊張してきた。
「俺は、リンが好きだよ。リンは?」
 なるべくプレッシャーにならないよう、静かにそう口にする。リンは俯いたまま、身を縮こまらせると、腕をクロスさせて自分の両肘をつかんだ。身体が微かに震えている。
 もう一度リンの名前を呼ぼうとした時、リンが微かに顔をあげた。不安げな色を湛えた瞳が、こっちを見る。
 俺たちは、そのまましばらく見つめあっていた。リンが少しずつ、また瞳を伏せようとする。……嫌だ。逃げないでくれ。
 俺は腕を伸ばして、リンを抱き寄せた。リンの身体が一瞬で緊張する。俺は抱きしめる方の腕にそんなに力を込めないようにしながら、もう片方の手でそっとリンの背を撫でて、それから髪に触れた。……柔らかい。指に絡めて軽く梳くようにしてみると、髪はさらさらと指の間を流れた。
 ……ずっと、こうしたかったんだ。リンに触れて、抱きしめて。満足すると同時に、はっとなる。まだ、リンの答えを聞いてない。
 腕の中のリンを見る。リンの身体からは強張りが解けて、俺にもたれかかっていた。俺の肩に顔を埋めているので、表情は見えない。けど、怯えたり嫌がったりしているんなら、こんな風にはならないはずだ。
 もうしばらくだけ、こうさせていてくれ。リンが大人しく、俺の腕の中にいてくれるのなら。
「……大好き」
 聞こえた声に、俺は驚いた。今のって……。俺は身体を離すと、リンの顔を覗きこんだ。リンはびっくりした表情をしている。頬がみるみるうちに、今まで以上に赤くなった。
「リン、今……好きって……」
 確かにそう聞こえた。リンはまた震えている。けど、今、リンは確かに大好きって言った。その時、リンの方が俺にしがみついてきた。思わずその華奢な身体を抱きとめる。
「好きよ……レン君のことが大好き」
 リンは俺の服をぎゅっとつかみ、何度も何度もそう繰り返した。……リンも俺のことを好きでいてくれたんだ。
 俺はリンの身体に回した腕に、力を込めた。もう遠慮することなく、リンを抱きしめていいんだ。
 そうやって、俺はずっとリンを抱きしめていた。リンの方も俺にしがみついていたけれど、不意にその手が離れる。……どうしたんだ?
「……リン?」
 リンの顔を見るために、また少し身体を離す。表情をはっきり見たかったので、俺はリンの頬に手をあてて、顔を上向かせた。……リンは、今にも泣きそうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
 ひどく辛そうだ。嬉し泣き、って雰囲気じゃない。
「わたし……」
 言いかけて、リンは口ごもった。
「レン君のことが好き。でも、つきあえないの。……お父さん、男の子とつきあうなんて許してくれないわ」
 俺は言われたことに唖然となった。そして次の瞬間、感じたのは怒りだった。……リンのお父さん、一度も会ったことないけど、どれだけリンを縛り付けたら気が済むんだ? なんでもかんでも禁止、禁止って。リンはいつもお父さんの顔色を伺って、怯えている。リンは人形の家で暮らすお人形じゃない。
「……嫌だ」
 強い調子で俺は言った。リンがびっくりしてこっちを見る。
「レン君?」
「リンが俺のこと嫌いだとか、友達以上には見れないっていうんなら、俺も諦めるよ。でも、リンは俺のことが好きなんだろ?」
 本音を言えば、リンに完膚なきまでに嫌われているのでもない限り、リンを諦めるつもりなんてない。リンみたいな子は他にいないんだ。
 リンは頷いた。瞳に涙が溜まっている。
「好きよ……大好き。でも……」
 俺は最後まで聞いていなかった。リンをもう一度強く抱きしめる。リンは一瞬だけ俺を押しのけようとしたけれど、結局そうはしなかった。リンの背をもう一度撫でて、それからまた髪を手で梳く。
「……リン、泣いてる?」
 肩が少し冷たい。俺はリンの頬に触れてみた。……濡れている。俺はリンを抱く腕を離して、リンの肩に手を置いて、顔を覗きこんだ。やっぱり泣いてたのか。静かに手を伸ばして、リンの目を拭う。
「……俺は、リンが好きだし、リンと一緒にいたい。リンにとって特別な相手になりたいし、リンのことを俺の特別な人にしたい」
 だからどこへも飛んで行かないでくれ。
「わたしだって……レン君と一緒にいたいわ。レン君はわたしの特別な人よ」
 まだ瞳には涙がにじんでいたけれど、リンは微笑んだ。自分の気持ちに、嘘をつくまいとしているんだ、きっと。そう気づいた時、リンのことがたまらなく愛おしくなった。
 リンの頬に手をかけて、上を向かせる。リンは頬をさっと赤らめ、目を閉じた。その唇に、そっと自分の唇を重ねる。
 誰かにキスしたのは、初めてだ。リンが微かに身震いする。俺はリンの背に腕を回して、抱きしめた。強い気持ちが沸き起こってくる……リンを誰かに渡したりするもんか。
 リンが、おずおずと自分の腕を俺の背に回してきた。嬉しくて、俺はリンを抱きしめる腕に力を込めた。リンが同じようにしてくれたことも、嬉しかった。


「……わたしたち、これからどうなるの?」
 しばらくして、リンはぽつんとこう訊いてきた。
「当分の間は、今までどおりだよ。学校で会って話して、時々一緒に遊びに出かけたりして」
 俺もリンも高校生だ。そんなに仰々しいことはできない。それにつきあっていることを気づかれるわけにはいかないから、俺がリンの家に行くわけにはいかない。俺の家に呼ぶことならできるか。姉貴にちゃんと話しとかないと……。
「じゃ、あんまり変わらないのね」
「俺からすると、全然違う。友達は抱き合ったりキスしたりしないから」
 そう言うと、リンは赤くなって、視線をさ迷わせた。恥ずかしがっている姿が可愛い。
 俺は腕を伸ばして、リンの肩を抱き寄せた。
「こうやってくっつくのは、恋人じゃないとできないだろ」
 リンの様子を伺うと、更に赤くなっていた。可愛いので、しばらく肩を抱いたままにしておく。……単に離したくないってのもあるが。
「……リンは、こうされるのは嫌?」
 訊いてみると、リンは首を横に振った。それから、頭をゆっくりと俺の肩にもたせかけてきた。リンもくっつきたいと思ってくれているようだ。それが、嬉しい。
「こうしていると、幸せな気持ちになれるの。でも……高校を卒業したら、どうなるの?」
 後半は不安げな声音だった。これからか……。
「リンの成績と俺の成績はそんなに差がないから、同じ大学に行けると思う」
 リンが女子大に進学しなければの話だが。もっともリンのお父さん、やたらやかましい割に、こうやって娘を共学に通わせているぐらいだから、是が非でも女子大ってことはないだろう。
「……その先は?」
 うーん……さすがに今の俺には、大学卒業後のヴィジョンまでは思い描けない。
「大学に入ってからじゃ、駄目かな」
 そう言うと、リンは淋しそうな表情になった。
「……ジュリエットみたいな恋は嫌なの」
 ジュリエット……多分、『ロミオとジュリエット』のことを言っているんだな。劇場で会った時、リンはこれを見ていたっけ。ロミオは正直感情移入しづらいキャラクターだが……そんなことはどうでもいい。
「そんな恋にはしないよ」
 そうは言ったものの、確固たる保証があるわけじゃなかった。でも、やりもしないで諦めるわけにはいかない。リンの為にも、俺の為にも。諦めたらそこで何もかも終わってしまう。
 リンがぎゅっとこっちに身をよせてきた。きっと不安なんだろう。俺もリンの肩を抱く腕に力を込める。……と、その時。ドアがバタンと開いた。
「た~だ~い~ま~っ!」
 ……げっ、まずい。ここは初音さんの家だってことを、綺麗に忘れてたぞ。おそるおそるドアの方を見る。初音さんとクオが立っていた。二人とも目を丸くして……は、いないな。クオは仏頂面、初音さんは嬉しそうだ。……どうなってんだ。いや、クオはわかるが……。
「ああああの、ミクちゃん、これは……あの、その……」
 リンがうろたえている。俺の腕はまだリンの肩を抱いたままだったりするのだが、それにも気づいていないようだ。
 えーい、こうなったら仕方がない。
「……俺、リンとつきあうことにしたから」
 こんなところ見られたんだから、ごまかすのは不可能だ。だったら開き直って交際宣言した方が早い。初音さんはリンの家の事情知ってるみたいだから、リンの親にはこのことは黙っててくれるだろう。
「リンちゃん、そうなの?」
 初音さんがリンに訊いている。リンは赤くなったまま、頷いた。
「う、うん……そうなの」
「そうなんだ。おめでとう、リンちゃん」
 あっさりと友人を祝福する初音さん。別にここでいちゃついていたことに対して、怒ってはいないらしい。……助かった。
「……ありがとう、ミクちゃん」
 リンはほっとしているようだ。少なくともリンの周りにも、リンを祝福できる人が一人はいたわけで、俺としてもちょっと安心する。
「ところで、勝負はどうなったんだ?」
 そういやこの二人、勝負をしにいったはずだったよな。そのことを思い出したので、訊いてみる。
「……俺が負けたよ。というわけで、見るのはオペラだ」
 あ、クオ、やっぱり負けたのか。……すまん、色々頼んじまって。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第四十九話【言わなくてはならないことがある】後編

 クリスマスにプレゼント渡して告白するのも、プレゼントの中身も、書き出した最初の頃から決めてありました。

 なお、言っておきますけど、キス(それもフェザー)しかしてませんよ。

閲覧数:1,212

投稿日:2012/02/16 18:49:33

文字数:4,419文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 鏡音溺愛←

    鏡音溺愛←

    ご意見・ご感想

    こんにちわ
    またまた失礼します(^ ^)

    レン君万歳!
    って感じですね(*^^*)

    とてもきゅんきゅんしました!
    リンちゃんもいろいろ大変ですがこの後どうなるか楽しみでしかたないです(^ ^)


    でわこれからも応援しています!

    2012/02/21 19:07:29

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました