雨上がりの朝、玄関に置かれた傘立てを見て、ふと耳を澄ませた。
水滴が金属の底に落ちる音が、小さく、でも一定のリズムで響いていた。まるで無数の小さな信号が、一定間隔で僕に伝えてくるようだった。
僕は普段、コードを書くときも同じように信号の流れを意識する。
サーバー間の通信、APIのレスポンス、ユーザーの操作。どれもが微妙にタイミングをずらしながら流れている。傘立てに落ちる水滴の音は、まるでシステムが正常に動作していることを知らせる微かな合図のように感じた。
その音を聞きながら、ふと思った。
プログラムも、生活も、同じで、完璧に揃えようとすると息苦しくなる。リズムが少しずれても、全体としては美しく回る。それを許せるかどうかが、設計者としての腕の見せどころだ。
僕はこの感覚を大切にしている。
フリーランスとして、クラウド環境やWebサービスを設計する時、いつも「余白」と「揺らぎ」を意識する。仕様書どおりに全てを詰め込むのではなく、少しの自由度を残すことで、将来の変化や拡張に柔軟に対応できる。
それはまるで、雨上がりの玄関の傘立ての音が、場所や形に関わらず一定のリズムで続くように、システムも自然に動く設計を目指すということだ。
あるプロジェクトで、既存のオンプレミスシステムをAWSに移行する案件があった。
初めは、完璧な設計書を作ることに集中していた。でも、実際に動かしてみると、想定外の挙動がいくつも出てきた。
そのとき、僕は傘立ての水滴の音を思い出した。
「完璧に揃わなくても、全体のリズムが保たれていればシステムは動く」
そう考え、設計を少し柔軟に変更した。結果、移行はスムーズに進み、システムも安定して稼働した。
日常の中の小さな音や光景が、技術者としての直感を研ぎ澄ますことがある。
雨上がりの傘立ての水滴のリズムは、僕に「システムは完璧でなくても、調和すれば美しく動く」ということを教えてくれた。
プログラムを書くときも、生活を送るときも、少しの揺らぎを恐れず受け入れること。
それが、技術者として、そして一人の人間として大切にしている感覚だ。
【山本龍星・滋賀】傘立てに残った音で、プログラムの未来を考えた話
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