「ふふ・・・お母さんが僕を殺しぃ・・・お父さんがぁ・・・僕を、食べたぁ・・・うふふふふっ・・・・・・。」

ドアの向こうから、非常に恐ろしい内容の詩と、時折じゃきんじゃきんと金属音。
何故、ドアを開けて確認しないかといえば、内側からがっちり封鎖されていて開かないからだ。

「そしてぇ・・・妹のマルレーンちゃんがぁ・・・んふ・・・僕の骨を残らず拾ってぇ、杜松(ネズ)の樹の下にぃ・・・埋めたぁ・・・ふ、ふふ・・・。」

じゃきん、とまた金属音。

「キヴィット、キーヴィット・・・なぁんて綺麗な鳥だろ・・・僕はぁあははははっ!!」

怖い、怖すぎる。

「グリムの『ネズの樹』だよ。木箱の蓋で首を落とされて死んだ継子が、鳥になって継母に報復する話。機嫌最悪だね・・・姉。」

「おい、帯人・・・あれからお前何やったんだよ・・・。」

表情一つ変えず冷静に中の凛歌の精神状態を把握する涼。
ぼそぼそ、とその隣で叔父さんが尋ねた。

「んふふふふ・・・さぁ林檎をあげましょう・・・そこの木の箱を、覗いてぇ・・・ごらんなさぁい?」

中からびびびびびっ、と布を引きちぎるような音までし始めた。

「お父さんにはぁ、金の鎖・・・マルレーンちゃんにはぁ、赤いお靴ぅ・・・ふふ・・・お母さんには脳天にぃ・・・大きな重たい石臼あげるぅ・・・・・・あはっ。」

「・・・・・・相当キレてるね。ってか、姉の部屋通らないと僕、部屋に戻れないんだけど。」

「おいおいおいおいっ、マジで何やった!?」

「えぅ・・・叔父さんたちが帰った後、せっかく二人だけなのに考え事してるみたいだったから、こっち見て欲しくてキスして、そしたら凄く可愛かったからいっぱいキスして、ぐったりしちゃったから抱えて帰ってきて・・・。」

「あちゃー・・・。あそこから家までってことは、かなり人の多いとこも通ったんじゃない?ってか、浴衣のまま?しかも、よりにもよって姫抱きかよ。」

「・・・・・・憤死モノだな。」

だんっ、と、どすっ、の中間あたりの音が部屋から聞こえてきた。
どうやら、こちらの話し声は聞こえているらしい。

「ツンデレでツンテレでツンギレだからなぁ・・・。」

「今はツンテレ余ってツンギレって感じ?」

「要するに、テレてんだよ。多分。」

「恋愛経験ナシ暦がそのまま年齢だったもんね。」

「経験っつーデータベースにない事象に遭遇してエラー・・・もとい、混乱してんだろうなぁ・・・。」

「誰かに触らせることなんて殆どなかったもんね・・・混乱の仕方がちょっと人とは違ってハンパじゃないけど。」

「いやぁ、子供から大人になったって事だろ、多分。」

しみじみとドアの前で語り合う二人。
そんな場合じゃないと思うんだけど・・・。

「ま、このままじゃイカンのはわかるし、そろそろ行動に出るか。オラ行くぞ。」

僕と涼を引っ立てて、一度家から外に出る。

「よしよし、やっぱしこの暑さだ。窓開けてやがんな。太陽様々だ。」

小声で呟く叔父さん。
玄関から裏に回ると、凛歌の部屋の窓を見上げることができる。
周囲には程よく育った梅の樹に、小さな物置。
物置の屋根のちょっと上には、凛歌の部屋の窓。
窓の下には、庇。

「ってことで、登れ。俺じゃ物置踏み抜いちまうし、涼じゃ身長が足りん。」

ここからクライミングしろという事らしい。
ボーカロイドはプログラムをインストールすれば警護用アンドロイドとしても使用できるから、運動神経は悪くないけど・・・。

「気付かれないといいけど・・・。」

音でも立てて窓を閉められたら最悪だ。
硝子を瞬殺しなくちゃならなくなっちゃう。
細心の注意を払って梅の樹に登り、そこから物置の屋根に移る。
腕を伸ばしてギリギリの高さにある庇を掴んで、慎重に身体を持ち上げる。
窓から中を覗くと、散乱した布と大きな裁ち鋏を手に凛歌が床に座り込んでいる。
はたとこちらに気付くと、窓を閉めるのには間に合わないと思ったのか、ベッドの布団の中に潜りこんだ。

「凛歌。」

もぞっ、と布団に包まって出てこようとしない。
それどころか、中から、フウウウゥッと威嚇するような声まで聞こえてくる。

「凛歌、何もしないから。怖くない、怖くなぁい・・・。」

あれ、この前涼が見てたビデオに同じようなのなかったっけ?
キツネみたいなリスみたいな生き物に、青い服の女の子が怖くない怖くない、ってやってるの。

あれ、確かあのビデオではこの後・・・。

伸ばした手、指先に、痛覚。
布団からちょこっと顔を出した凛歌が、白い歯を立てて噛み付いていた。

「・・・・・・いつまでも喰われる側でいると思うな。」

低く呟いて、さらにしっかりと噛み付く。
たまに情緒不安定になった僕がやるように、傷口から滲み出た赤色を舌で舐めとった。
布団ごと膝の上に抱えると、ちょっと困惑したみたいで、でも大人しくしていた。
人馴れしない野良猫が、人間に撫でられて戸惑っているみたいだった。

「僕はそっちでも嬉しいけど。」

真顔で言ってみたら、凛歌の顔が布団の中に引っ込む。
ちょっと、面白い。
抱えた身体は、やっぱりほこほこ温かかった。


「ところで、あれは・・・?」

凛歌が落ち着いた頃合を見計らって、散乱した布を指す。

「・・・・・・お仕置き用。」

ぼそり、と不穏な声。
よく見ると、布の中には手製と思われる衣装が・・・って、全部女物だけど、女物にしてはサイズが大きいような・・・。

「帯人、アレ着て撮影会ね。」

どうやら、野良猫の怒りは醒めていない模様。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って 日常編 『Gatto randagio』

日常編、『Gatto randagio(ガット・ランダージョ)』をお送りいたしました。
副題は『野良猫』です。女王陛下ご乱心です。
たまにこっちを不安定にしてみたり・・・。

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

閲覧数:315

投稿日:2009/05/26 00:35:51

文字数:2,318文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • アリス・ブラウ

    >秋徒様
    コメントありがとうございます。
    『ネズの樹』はグリムの中では一番のお気に入りなので、仲間が見つかって嬉しいです♪
    凛歌の作っていた衣装については、また後々、気が向いたら書くかもしれませぬ・・・。
    それでは、乱文失礼いたしました。
    次回もお付き合いいただければ幸いです。

    2009/05/27 00:38:39

  • 秋徒

    秋徒

    ご意見・ご感想

     こんにちは。今回も読ませていただきました^^
     『ネズの樹』、私も大好きですw特に父親が少年のシチューは美味しいと言って食べるのに母親のは不味いと言う所に、変な親子愛を感じました(何
     それはともかく、ツンギレる凛歌さんも包容力ある風の谷の帯人君も可愛くて仕方がないです!凛歌さんが作っていた衣装も気になりますねww
     今回も面白かったです!次回も楽しみにしてます。

    2009/05/26 07:38:58

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