殺伐とした白い場所、VR実験場を見下ろす観測室で、ミクの変わり果てた姿に僕は唖然としていた。 全身を覆う黒々とした金属の塊。両手に持たされた、奇妙な形をした刀剣のような物体。ただ、その後頭部からは、ミクの黒髪が名残のように揺らいでいた。
 頭から足の先まで、様々な装置類でがんじがらめにされたミクが、意志のない人形のようにシャッターの前へ佇んでいた。
 ミク・・・・・・。
 僕は、聞こえる筈もない呼びかけを胸の中で呟いた。まるで、あの機械の塊に包まれたアンドロイドが、かつて僕に微笑んでくれたミクであることを、忘れないためかの様に。
 ≪先ず簡単な動きから始めよう。≫
 観測室のスピーカーからランス・ウォーヘッドの声が響くと、シャッター前で静止していたミクの姿が一瞬にして前方へ吹き飛ばされた。ミクの手足が非常識なまでのサイクルでその体を加速させ、自動車を凌駕するほどのスピードで、実験場を疾走した。最後に、ミクの両足が床を蹴り上げ、刹那、重力と惰性に身を委ねて回転した後、寸分の狂いもない三点着地を決めた。
 一瞬でも、僕は今実験場で超人的な動きを見せた人物が、ミクであることを理解できなかった。あれはミクじゃないと、一瞬でも否定した自分に言い様のない苛立が沸き起こる。 
 それでも、あんな動きは信じることができない。あのミクの全身を包む黒いスーツの力なのか、それとも本当にミク自身の力なのか・・・・・・。
 ≪よし。次は反射だ。≫
 ランスの声が聞こえるより速く、ミクの姿がその場から消え去っていた。 照明を煌々と反射し、たおやかに靡く黒髪だけを残して、ミクが二メートル以上離れた場所に瞬間移動していた。
 「何が起こっているんですか?」
 「見えませんか。彼女を狙う可視光線が。」
 世刻大佐は、僕の問に対して、視線をそらすこと無く答えた。
 実験場全体を凝視すると、その何処からとも無く、ミクに向けて迫り来る無数の赤い光線が見えた。
 「ただのレーザーじゃないですね・・・・・・。」
 「微弱な粒子を発生させて可視化させているのです。彼女に対しては無害なので、安心してください。」
 言葉を交わしている間でも、ミクの体が何度も宙を舞った。側面どころか、背後からも迫り来るレーザー網を、その全身を使ってかわしている。跳躍し、滑空する鳥のように全身をくねらせてレーザーを避けるその姿に、僕は思わず美しさを覚えてしまった。官能的なのか、それとも芸術的なのか、美しい肢体と黒髪が繰り出す流麗なる動きに、観測室の誰もが視線を奪われていた。
 ≪やるな。少し無茶をしよう。≫
ランスの言葉に嫌な予感を覚える間もなく、既にミクの目前には、すり抜けられる隙間もない巨大なレーザーの壁が迫っていた。
 ≪さぁ、どうする・・・・・・。≫
ミクはレーザーの壁に背を向けて走りだし、実験場の壁に向かって疾走した。ミクが何をしようとしているのか、いや、何をさせられようとしているのか大抵の予想ができた時、ミクは既に垂直の壁に脚の裏を食い込ませて上空へと走り出していた。 
 二十メートル以上はある垂直の壁を利用してレーザー網を回避するという、常軌を逸した発想は我々人間から見たら異常としか言いようがない。だが、今のミクにはそれが十分に可能だった。プログラムに命令を与えられたとしても、それに従い、実行するのはミク自身。僕は今、ミクに人の範疇を超えた自信があることを知った。
 天井近くまで達したミクの天地が逆転したその時、時間が止まった。漆黒の体と二つに分けられた黒髪が円を描く様に反り返り、幾千にも連なるレーザーの壁を飛び越える瞬間が、脳裏に直接刻み込まれた気がした。
 「やった!」
 世刻大佐が呼吸も忘れたかのように息を詰まらせて感嘆の声を上げた。他の研究員達も思わず声を上げ、椅子から立ち上がる者さえいた。 
 だが驚愕はそれだけに尽きなかった。上空十数メートルに投げ出されたミクの両足から、蒼い炎が噴出した。
 「あれは?!」
 「スラスターです。あれで着地時の衝撃を和らげます。」 
 戦闘機のジェットエンジンの様に、青い炎がミクの体を空中で何度も回転させる。地に降り立ったその瞬間、ミクは前転と同時にブレイクダンスを思わせる大胆な開脚で一瞬浮上し、即座に体勢を立て直した。 
 「凄過ぎる・・・・・・これが本当にミクの力なのか・・・・・・。」
 本来はミクにこのような感情を抱いてはいけないはずだが、疑いを持ってもおかしくはなかった。
 突然、ミクが想像を超えた存在となったのだ。ついこの前までは五体すら満足ではなかった少女が、今、目の前で超人的な存在となっている。数奇な境遇を辿って来たとはいえ、ミクという「人」は、あそこまで変貌できるものなのだろうか。目の前で起こっているにもかかわらず、僕の判断は未だ半信半疑のままだ。
 ≪驚いた・・・・・・ここまで出来るのなら大丈夫だろう。では、肝心の戦闘データ採集に入る。『04』を出せ。≫
 ≪部長、しかし機体はまだ調整が完了しておりません。このままでは、エラーを起こす可能性もあります。≫
 ≪動かせればいい。調整はその間にしろ。≫
 スピーカーから流れた会話に、不吉な予感を覚えたのは言うまでもなかった。
 「ABL-04ガンフォックスを投入します。」 
 研究員の声と同時に、実験中のシャッターがせり上がり、その中から、見たこともないアンドロイドが姿を現した。
 「大佐、あれは?!」 
 「防衛省技術開発研究部が、クリプトンのアンドロイド技術を取り入れて完成させた、戦闘用アンドロイドです。構想こそ早めに完成しましたが、あと一歩のところで完成には至りませんでした。しかし、この度ミクさんから得ることのできた構造データによって、あれを完成させることができました。言わば、腹違いの兄弟とでも申しましょう。」
 「・・・・・・。」 
 あんな物が、ミクと兄弟なのか。SF映画に出てきそうな、機械的な上半身に、獣の脚のような下半身。灰色と青の装甲が、照明を鈍く反射する姿は正しく、プログラムと命令に極めて忠実で、無表情に引き金を引く自律兵器に他ならない。あんな物に、ミクの技術が!
 ≪目標、FA-1!≫
 ランスの指令がその兵器、ガンフォックスに下された。灰色の装甲の姿がぶれ、同時にミクが上体を側面にそらすと、いつの間にかミクの頭のすぐ横を鋭利な白銀の物体が入り込んでいた。
 そこでようやく、僕は如何にミクが危険な状態にあるかということを悟った。  
 「な、何をやらせているんですか! 危険すぎます、止めさせてください!!」
 ≪騒ぐな。ガキ。≫
 僕は大佐に怒鳴ったが、スピーカー越しに告げるランスの声が、僕にそれ以上の発言を許さなかった。
 ガラスの向こうでは、ミクが紙一重でガンフォックスの腕から繰り出される巨大なナイフの切っ先から逃れていた。不規則に、まるで剣術を習得した人間が放つ刀の一閃を思わせる、鋭い攻撃。流麗な動きでそれを回避しながらも、徐々に壁に追い詰められていくミクを、僕はただ傍観するしか無かった。
 「網走博士。」
 呆然としていると、世刻大佐が僕に耳打ちしていた。
 「全ての行動データが採集されるか、どちらかが損傷を受けることで実験は終了します。どうかご心配なさらず。長くは続きません。」
 「し、しかし・・・・・・!」
 「いざとなれば私が実験を中止させます。大丈夫です・・・・・・。」
 大佐の言葉が終わると同時に、ミクの退路は既になくなっていた。
 ≪そろそろだな。武装のロックを解除。戦闘準備を。≫
 止めの一撃のように繰り出された白銀の剣がミクの腕に捕らえられたその時、灰色の装甲が上空に舞い上がった。 
 ≪『19式』の使用を許可する≫ 
 何が起こったのか理解できずに呆然としていると、ミクは頭上のガンフォックスに向けて腕部に取り付けられた銃のような装置を向けた。その瞬間、手の甲から眩い火花と強烈な火薬の音が炸裂し、装甲は火炎をまき散らしながら粉々に砕け散り鉄屑の雨を降らした。
 刃を持つ腕を根こそぎ吹き飛ばされた機体は残された体で地に降り立つが、瞬時に黒い風となったミクが、両手に持つナイフをその頭部に叩きつけた。
 流血の如く火花を撒き散らして痙攣するその様は、脳髄を刃物で射貫かれた人間そのもの。突き立てられたナイフは更に下へと抉り込み、強引に装甲に包まれた頭部を粉々に引き裂いた。
 ついに火の手を上げ、仰向けに倒れ行くガンフォックス。その先に立つのは、紅い瞳と黒い髪を持つ、人の形をした・・・・・・。
 違う、そんなはずがない。脳裏に浮かび上がった最後の言葉を、僕は打ち消した。
 でも、こんなのは、ミクじゃ、ない。ミクは・・・・・・ミクは・・・・・・。
 いつの間にか僕の目は実像を映さなくなり、過去のミクの姿が彷彿としていた。
 ≪想像は出来ていたが、やはり素晴らしい。あと二体、それと『ハクロウ』も投入しろ。≫
 前後のシャッターから、続いて三体のガンフォックスが飛び出した。既に戦闘態勢らしく、最初の一体が容赦なく鋼の刃をミク目がけて振りかざした。だがミクの腕から放たれた炎を纏う閃光の数々が一体を貫き、その場になぎ倒した。もう一体の刃がミクの首筋に届こうとした時には、ミクが体は機体の上空へと飛び込み、背後に回ると、機体の両腕が後方にずり落ち、床に落ちた。そして、敵に振り向く猶予すら与えること無く、ミクは両手にCDのような円形の刃を取り出し、一瞬、その身を回転させると同時に切り刻んだ。人の形を失い、ただの鉄の塊となったガンフォックスが沈む。
 だが、ミクの背後では最後に残された一体が、一矢報いるかの様に銃を構えていた。だが、なぜかその機体だけ青ではなく純白の塗装が施されており、機体の形状も異なっている。
 「危ない!」 
 銃口が火花を発したその時、ミクが翼を得たように上空へと舞い上がった。それを好機と見たのか、白い機体もミクを追いかけるように跳躍し、懐から漆黒の日本刀を抜き放った。
 双方の視線が双方を捉えると同時に、ミクと白いガンフォックスの一閃が解き放たれ、刹那、実験場の空中に凄まじい衝撃波を発生させた。舞い散る火花の中、地に降りた双方は間髪入れず次の一撃を放ち、再び衝撃波を巻き起こした。黒白の刃が、紅蓮の吹雪を上げて混じり合う。
 強い。塗装や形だけではなく、他の機体とは全てが違う。動きに隙がなく、まるで人間のように有機的だ。
 硬直に陥り、先程の爆音と衝撃波が嘘のような静寂が訪れていた。
 
 ◆◇◆◇◆◇
 
 (そうか。やはりこの小娘も同じよな。奇遇か必然か、よりにもよって運命を同じくする者が現れるとは思わなんだ。だがこの眸には命も意志も灯っておらぬ。哀れよな、自ら選ぶこともできなかったとは。尤も傀儡なのは同じ。ここで会えたのも何かの縁であろうな。この小娘には興味を寄せる。人と銃の狭間にあるゆえ。)
 
 ◆◇◆◇◆◇
  
 脳髄に突き刺さるような金属音が響くと同時に、ミクの白い刃が舞い上がった。
 ≪そこまでだ。実験終了。十分なデータが取れた。≫
 ランスの声でミクとガンフォックスの動きが止まり、電源が切れたようにその場に立ち尽くした。 
 途端に僕の全身から力が抜け出し、自分を支えられなくなった僕はその場に跪いた。 
 「大丈夫です。もう終わりました。」
 大佐の腕に起こされもう一度実験場のミクを見ると、そこには奇妙な光景があった。
 白い機体は手にしていた黒い日本刀を鞘に収め、ミクに差し出していたのだ。機械の束縛から解放された反動か、床に膝を付いたミクは、呆然としたままその刀を受け取っていた。
 ≪ハクロウ、何をしている。帰投しろ。≫
 ランスの声に従う様子も見せず、ハクロウと呼ばれた機体はミクをしばしの間ミクを見下ろした後、背を向け、穏やかな歩みでシャッターの向こうへと消えていった。
 ≪・・・・・・実験終了だ。≫
 ランスが実験の終わりを告げた。我に帰った僕は、ただミクの無事を祈って観測室の扉を蹴破った。
 どうして? どうして? どうして? 
 無我夢中で走り続ける僕の頭の中で、ただの疑問だけが何度も反芻していた。
 この理不尽な仕打ちに、抵抗すらもできなかった非力な僕には、それ以外には、ミクの無事を祈る他に術がなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Eye with you第二十六話「無命の少女」

ハクロウさんはイラスト化すると思います。

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投稿日:2010/11/04 22:09:17

文字数:5,113文字

カテゴリ:小説

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