その日、鼓家の玄関付近を小さな影がベビーカーを押しながらそそくさと歩いていた。
「ニョロニョロ~、皆さんお久しぶりニョロ、天才美少女の鼓リズムだニョロ~。」
ツインテールの女の子(?)が虚空に向かってカメラ目線で謎の宣言をする。
「さぁて、愛しの妹達はご在宅かニョロ?」
そう言って彼女は入り口のドアからコソコソと家の中の様子を伺った。
「一人で何騒いでるんですか?」
怪しい挙動を見つけ、庭の方からメイド服の少女が近づいて来た。
「おっ!A子よ、調子はどうニョロ?」
問い詰められつつもリズムは物怖じせず小さな家政婦に話かける。
「メロディさんはまだ学校ですけど、モニさんとカノンさんなら家にいるハズですよ?」
挨拶代わりの質問には答えず、A子と呼ばれた彼女は冷静に屋内の状況の説明した。
「ありがとうニョロ。ついでに少しこの子の面倒を見ておいて欲しいニョロ。」
身を屈めてA子が覗き込むと、ベビーカーの中では可愛らしい赤ちゃんが寝息を立てている。
「分かりました。」
そうして赤ん坊をメイドに任せると、リズムは家の中へズケズケと入って行った。
「フンッ!フンッ!フンッ!フンッ!」
家の奥の二階にある私の個室からは、変な掛け声と共に静かな物音が微かに響いている。
「ノンちゃーん、入るニョロ~♪」
玄関を進み階段を上がった姉は、部屋の扉をノックもせずにガチャリと開けた。
「あっ、おねぇちゃん!」
そこでは長身のサイドテールの女性が頭の上で手を組み、剣道の蹲踞に似た体勢を取っている。
その奇妙なポーズからどうやら彼女はヒンズー・スクワットの最中のようだった。
「…お取り込み中だったニョロ?」
思いがけない光景を目の当たりにして、気まずくなったリズムはドアを閉めて出ていこうとする。
「わーっ!!待って待って!」
何か誤解を招いたと感じ、慌ててノンちゃん事カノンは姉を呼び止めた。

「ニョロ~。とっても可愛らしいイラストだニョロ。」
数分後、部屋の中で姉妹は仲良く話し込んでいた。
「でもなんていうか、普通過ぎるんだよね…。」
妹が見せている画用紙には彼女のデザインした衣服の絵が描かれている。
「別にいいじゃないですか、それの何がいけないんです?」
いつの間にか赤ん坊を抱えたA子がドアの前辺りに座って会話に加わっていた。
「う~んとねぇ…。」
カノンは二人の前で何かを言いたそうにモジモジとしている。
「ノンちゃんは『魔法少女』の衣装を作りたいんだニョロ。」
恥ずかしそうにする妹に代わってリズムがA子に耳打ちをした。
「魔法少女。」
彼女は確認するようにオウム返しをする。
そう、姉の言うように私は魔法少女の衣装を描こうとしていた。
なのにデザインする度にどうしても『普通の服』になってしまうのが問題なのである。
色彩やら露出度やらディテールやら、どうにもありきたりで飾り気の無い雰囲気にまとめてしまう癖が私にはあったのだ。
「それじゃ筋トレは何だったんですか?」
A子は不思議そうにカノンに尋ねる。
「ええっと、体を動かせば何かいいアイデアが浮かぶかと思ってぇ…。」
彼女は両手の人差し指を膝の上で付き合わせながらモゴモゴと答えた。
「それならお姉ちゃんが協力するニョロ。」
言うが早いかリズムは紙とペンを手にすると、何やらコスチュームのイラストを勢いよく描き始める。
「ほほぅ…、やっぱりリズムさんは奇抜なデザインが多いですね。」
出来上がったそのデザインをカノンの物と見比べ、赤ちゃんをあやしながらA子が感想を述べた。
「こういうのは個人のセンスの問題ニョロ。」
そんな平凡な意見を姉が呟く。
「でも実際に着るならカノンさんの考えた服の方が良いと思います。」
彼女は良い所を探してそう言ってくれているのだろうが、私はあまり嬉しくなかった。
「結局、私に才能が無いのかな…。」
ショボくれたカノンは思っていた事をそのまま口に出す。
「デザインに正解なんて無いニョロよ。魔法少女が着るから魔法少女の服ニョロ。」
姉は妹を元気付けるように言い放った。
「ちょっといいですか?例えば動き易さを重視するなら、いっそこういう見た目にも出来ますよね。」
抱いていた赤ん坊をリズムに渡すと、ペンを借りたA子は紙に簡単な人型の絵を描いていく。
「…これって。」
彼女はその手足に適当な分割線を加えると、頭に小文字のFと胴体に『フリモ』と文字を書き加えた。
「ある意味ではこれが理想的な魔法少女の衣装という事になります。」
不敵な表情を浮かべるA子の極端な意見に、カノンは苦笑いを返す。
「それは…、ちょっと嫌だなぁ。」
それは先日、鼓家を訪れた謎の大男の似顔絵のようだった。
「つまりノンちゃんの描いたコスチュームも、十分魔法少女の衣装足り得るという事ニョロ。」
姉は一人で納得したように声を上げる。
「オギャア!オギャア!」
そんな会話の最中、唐突に赤ん坊の泣き声が部屋中に響き渡った。
「どうしたニョロニョロ?オムツニョロ?おっぱいニョロ?」
そう言ってリズムは赤ちゃんのお尻の辺りをさする。
「オムツは濡れてないからたぶんおっぱいニョロ…。ノンちゃんおっぱい!」
「なんで話に振るの!?」
いきなり話かけられカノンは姉にツッコミを入れた。
「仕方ないニョロねぇ、ママのちっパイで我慢するニョロ。」
そうしてリズムは上着を捲ると母乳を飲むよう我が子を抱き上げる。
その様子を横目で眺めながら、私はふと姉に聞きたい事があったのを思い出した。
「あっ!そうだ。おねぇちゃん、この花なんだけど…。」
彼女は机の上の花瓶に差しておいた花をリズムに見せる。
「こりゃ非時香菓の花じゃないかニョロ!一体どこで見つけたニョロ?」
それを見たリズムは驚いて妹に尋ねた。
「この前ロボタが採って来たの。ねぇおねぇちゃん、これって一体何の花なの?」
カノンは興味深そうに姉に食い入る。
「ふーむ、話せば長くなるニョロ…。お姉ちゃんの貴重な青春の1ページニョロ。」
しばらくして母乳をやり終わった彼女は淡々とその出来事を語りだした。
「あれは高校一年の夏休みの事ニョロ。私とマキマキとカナちゃんは合宿の途中で時空を巡る大事件に巻き込まれたんだニョロ。」
マキマキやカナちゃんというのは姉の高校時代のバンドメンバーである。
そこまで聞いて、A子がスックと立ち上がった。
「せっかくなんで、私は下でお茶を淹れて来ますね。」
そう言うと彼女は部屋から足早に出ていく。
それを見送りながら、リズムは話を続けた。
「それはそれは壮大な冒険だったニョロ。そしてその先に辿り着いた楽園で、ウッカリ蛇にそそのかされ、知恵の実を食べてしまい私は天才になったんだニョロ。」
母親の膝の上で赤ちゃんはキャッキャと笑い声を上げる。
「へぇ、そんな事があったんだ。」
正直どこまで本当か分からないカノンは、薄ら笑いを浮かべながら姉の昔話を聞いていた。
「それでお土産に花と実を持って帰ろうとしたニョロけど、結局その帰り道で全部落っことしてしまったんだニョロ。」
「あー、ありがちな話ですねぇ。」
戻って来たA子がお盆に乗せたお茶を二人に給仕していく。
「あいつは、楽園の景色を見せたくて私達をあそこまで案内したんだニョロ。」
姉は遠い目をしながら思い出の感傷に浸っているようだった。
「アイツ…って?」
私は不思議そうに彼女に尋ねる。
「名前も聞かなかったニョロ…。でもきっと、今もあの場所で元気に暮らしているハズだニョロ。」
そう言いながら、リズムはお腹一杯になってウトウトとする我が子をいとおしそうに見つめていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

#20:ひと夏の大冒険の思い出

jamバンドメンバーの一人、鼓カノンを主人公にした二次創作小説です。
(※オリキャラ・オリ設定注意。)

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投稿日:2025/06/27 11:45:49

文字数:3,139文字

カテゴリ:小説

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