これは、黄のクロアテュールとは少し違う歩みを進める世界。
 そんなこともあった、日常の物語。

☆彡

 ルシフェニア王国よりも、遥か東にある、蛇国という島国。その国では、日頃お世話になっている父と母に、感謝の気持ちを込めて贈り物をする習慣があるそうだ。
 働き始めて半年、国の財政事情から後回しにされ続けていた給料を、本来の三分の一もらいながら。フと、そんな話を思い出した。そして、あることを思いつく。

 昼過ぎ。今日も今日とて人手不足だからと、侍女長であるマリアムから、頼まれていた客室の掃除を、ネイと二人だけでしている最中。
 雑巾で窓を拭く動きを一旦止めて、ネイに向かって「お願いしたいことがあるんだ」と、僕は話を切り出した。
「………えっと、つまり。初めてのお給料をもらった時に、蛇国での……エルルカ様の話を思い出して、レオンハルト様の贈り物を一緒に選んでほしい、ってこと?」
 物分りの良い彼女の言葉に、それで合ってるよ、と肯定の意を込めてうなづく。
「何を贈ろうか、一向に思い浮かばなくて。似たような境遇のネイと一緒なら、何か良い案が浮かぶかもって」
「…なるほど。確かに私もアレンも、三英雄が義理の親で養子だもんね。いいよ、私でよければ」
 と、軽く微笑んだネイから了承を得られた。
「ありがとう! ……それで、ネイもこの機会にさ、マリアム様に贈り物贈ってみてもいいんじゃないかな?」
「………えっと、一人で渡すのは気恥ずかしい、でも私と一緒なら恥ずかしくない! ってこと?」
「うん、その通りです」
 さすが諜報員も務めるマリアムの子ども、察する力がすごい。一から十を読み取ってしまう。
「そうね。……うん、丁度良い機会だから、それも良いかも!」
「ほんと? なら、お互いに休みが合う日にでも……」
 頭の中で、今日発表されたシフト表を思い出しながら、話を進めようとする。
「あっまーーーーい!!」
 …が、突然聞こえてきた女性の声によって、強制的に話を進めることはできなくなった。
「今の声は……えっと、エルルカ様?」
「みたい、だね」
 窓の向こう側、庭園の向こうから、三英雄が一人『悠久の魔道師』エルルカの姿が見える。
 桃色の髪をなびかせながら、弟子のグーミリアと一緒に、僕たちの方へと向かってきていた。
 視線はバッチリ合っているので、先ほどの言葉は、確実にコチラに向けて言ったものだろう。……というか、それなりに離れている距離なのに、よくここまで声が届いたものだ。
「話は聞かせてもらったわ!」
「……エルルカ様、一体どうして…」
 困惑の声をネイはあげた。窓を開け、魔術師二人の姿を交互に見る。
「聴覚を敏感にする……ちょっとした魔術の練習をしていたらね、たまたま」
「……そう、たまたま」
 エルルカの隣で、グーミリアが「うんうん」とうなづく。
「……それで、甘いって、何が甘いんです?」
「よくぞ聞いてくれたわ、アレン。計画の立て方が甘いってことよ。……私に良い案があるの」
 見た目にそぐわず、何十年…いや何百年と生きている、とウワサされているエルルカは。
 悪戯を思いついた子どもみたいに、ニヤリと笑ったんだ。
「ここは私に任せなさい。このエルルカ=クロックワーカーが、あなたたち三人が出かけて帰ってくるまでの間、時間を稼いであげる!」

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『でも、どうしてエルルカ様が、そんなことを?』
 心の底から不思議です、っていう顔をしたネイが、エルルカに質問をすると。
『理由? だって、面白そうじゃない!』
 と、これまた子どもの様な無邪気な笑顔で、エルルカは元気よく質問に答えた。

 ……なんていう経緯を経て、各自部屋に戻り、王宮の外用の服に着替るなどした後。
 僕とネイにグーミリアの計三名で、目的地に向かって歩いていた。
「私、市場に行くの、本当に久しぶり……でも良いの? 市場の場所くらい、分かるのに」
 エルルカに、案内人兼護衛として任命されたグーミリアに対し、先ほどからネイは気遣うような態度を見せている。
「……これから行くのは、ちょっと、違うところ。それに、これも修業、みたいなものだから……」
 グーミリアの言葉に『?』マークが頭に浮かぶ。
 「どういうこと?」と聞くと、「ついてくれば、分かる……」としか答えてくれない。
「どうしようか、アレン。見たことのない道を歩いてるから、私、不安で……」
「多分、大丈夫だよ、ネイ。ここはグーミリアを信じてみよう」
「……えっと、確か、こっち。ここを通ると、近道」
 明らかに人の通り道じゃない、整備されておらずデコボコな道を指し示しながら、もう一度「信じてみよう」と自分にいいきかせるように呟いた。

☆彡

「………もしかしなくても、あそこって、闇市場だったんじゃ……」
 顔色を少し青くして、震える身体を抱きしめながら、か細い声をネイは出した。
「少し高いけど、普通の市場より、良いの売っている……エルルカも私も、よく使う場所」
 ネイとは対照的に、自分用に使うのだと言っていた魔術道具と、ついでにエルルカ用の贈り物を買ったグーミリアは、満足げな顔をしている。
「確かに、僕もネイも、そこまで悩まずに、良いの買えたよね」
 もらった給料のほとんどが消えてしまったけれど、別に良い。どうせ、使う予定もないんだから。
「それはそうだけど、私、逃げ出さないように必死だったんだからね!」
「大丈夫、何かあっても、私がなんとかした」
「あのエルルカ様の弟子、グーミリアの言葉、頼もしすぎるよぉ。……そういえば、アレンは結局、どれを買ったの?」
「結構迷ったけどね、僕はコレだよ」
 左腕にぶらさげていた紙袋の中にある、先ほど買ったばかりの品物を取り出して、ネイに見せようとする。
「あれ………あれっ? ない、袋はあるのに、中身がない?!」
「えっ、嘘………わ、私のも! ポケットに入れておいた、お義母様への贈り物がなくなってるわっ!」
「なんと……私のは、ある」
 っていうことは、三人中二人が、物を紛失したってことか。……それは、さすがにおかしい。
「もしかして、スられた……?」
 やっと回復してきた顔色を、再び悪くしたネイの背中を、グーミリアはさすった。
「かも、しれないな」
「そんな冷静に…!」
「あわてなくても、大丈夫。こんなことも、あろうかと。あらかじめ、買ったやつに、魔術、かけておいた」
 グーミリアはふところから、彼女の髪の色と同じ、緑色の毛糸を取り出した。
「この糸は、私が許可したひとだけ、見れる糸。……これをたどっていけば、目的のものまで、難なくたどりつける」
 ドヤァ、とどこか自信満々な顔をした彼女は、僕らに向かって、親指を立てた。
「見つけて、ボコボコ。やられたら、何倍にもして返せ、エルルカに教わった」
 その時『教えてないわよ?!』と、どこからかエルルカの声を聞こえてきた……気がした。

☆ミ

「ったく、先に喧嘩ふっかけておいて、この様はなんなのよ!」
 糸をたどっていくうちに、糸の先の方向から、王宮で働き始めるより前、よく聞いた女性の怒号が聞こえてきた。
 辺りを見渡すと、先ほどの闇市場とは違い、この場所は見覚えのある場所で。
「はぁ? ……ちょっと、いらないわよ、こんなもの。これで許してくれって何なのよ。あっ、ちょっと待ちなさいよ!!」
 走り去っていく男二人の背中に向けて、叫ぶ茶髪の女性。鮮やかな赤い服は、義父さんから贈られたもの。彼女に、よく似合っている。
 うん、間違いない。僕と同じ、レオンハルトのもう一人の養子――僕の義姉さんであるジェルメイヌが、そこに居た。
「まぁまぁ、アネさん。そこまでにしとかないと、またレオンハルト様に怒られるっスよ。『女の子なのに、喧嘩ばっかすんなよ。もっと落ち着いてくれ!』って」
「うっ……確かに、そうね。そのとおりかもね」
 ジェルメイヌの隣には、頭の横に髪を二つにまとめて結んである女性が居た。
 彼女はわかりやすい。僕らと同じ、王宮にて働く、王女付きのメイドであり、僕とジェルメイヌ幼馴染。
「シャルテットだ……」
 見知った顔に出会ったことが、気に引けたのか。ネイは僕の背中に隠れてしまった。
 まぁ、本来なら僕らは王宮にて仕事しているはずなんだ。正式に休みをもらっているシャルテットから、僕らが王宮をぬけだしたことが周りにバレてしまったら。時間を稼いでもらっている、エルルカに申し訳ない。
 だけど、勘がするどいシャルテットは、僕らの存在に気がついたようだ。少し遅れて、ジェルメイヌも。
 二人はコチラに向かって、驚いたように指をさした。
 グーミリアにいたっては、二人に話しかける気満々のようだ。僕たちを置いて、一人駆け足で、ジェルメイヌたちの方へ向かっていく。
「……単刀直入、にいう。お前らが、贈り物、盗んだのか?」  
「はぁ??」
「ちょっ、何を言い出すんッスか、グーミリア?!」
 ………これは。
「マズイかも、姉さん、喧嘩っぱやいから」
「と、止めなきゃだよね! …って、またそんなこと言う。グーミリアやめて~!」

「……なるほどね。さっきのやつらが置いてったコレは、アレンと…ネイ? が義父さんたちのために買った、贈り物だったってわけ」
「そういうことなんだ。……それで、なんで義姉さんたちはここにいるの? ここ、酒場の近くだよね?」
 ギクッ、と分かりやすいくらいに、ジェルメイヌの体はかたくなった。
「僕、言ったよね? 最近の義姉さんや義父さんたちは、お酒の飲みすぎだって。控えるって、約束したよね?」
「そ、それは……」
「そ、それはッスね! 久しぶりに休みが取れたんで、私がアネさんを連れ回しただけなんスよ! そうしたら、たまたまここに」
 弁護するためか、シャルテットがジェルメイヌと僕の間に立った。
「それなら、良いけど………まぁ、そろそろ許してあげても良いかなって、思ってきた頃だったし……」
「そんなことは、どうでもいい。それより、盗人、取り逃がした……不覚。ボコボコ、できなかった」
 突然会話に割り込んだと思ったら、それなりに物騒なことを言い出したグーミリアに、
「それなら大丈夫よ。ぶつかってきたくせに謝りもしないで、その上持ってるものを全て置いていけ、とか言うものだから、ついボコボコにしちゃったのよね」
 と、親指を立てながら姉さんは答えた。
「そう、か。………ボコボコに、できたのなら、良い」
 なんでだろう、なぜそこまで、ボコボコにこだわるのか。
 「エルルカ様の教育の賜物なのかな……」と、ネイが呟いた。
「あのね、それでね、シャルテット。このこと、お義母様たちには……」
「もちろん、秘密ッスよね! 分かってるッス。約束は守るッスよ!」
「……そろそろ、戻ろう。エルルカが、心配」
 グーミリアの言い分はもっとも。
 ……本当は、久しぶりに再会したジェルメイヌともっと話がしたかったけれど。僕は王宮に使える使用人なんだ。これ以上、王宮から離れるわけには行かない。

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 その後、急いで王宮へと帰ると、そこには地面に正座させられているエルルカ。すぐ前には、怖い顔をしたマリアム様と義父さんがいました。
 ドッ、と汗が出てくるのを感じた。それはネイも同じようで、この中で唯一グーミリアだけは涼しげな顔を崩さない。
「さて、三人とも、これからお説教ね。もちろん、エルルカも」
 ニコリ、と微笑を浮かべるマリアム。その隣で、苦笑するレオンハルト。その前で、ただ震えるしかない僕ら。
 ――この後の侍女長のお怒りとお説教は、察してください。

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 さんざんマリアムに説教をされた後。私とアレンは、それぞれ義理の親である彼女らに、贈り物を渡す流れになった。
 レオンハルトはアレンからの贈り物を受け取り、一言二言交わす。
 その後、レオンハルトにアレンは頭をガシガシ、と乱暴になでられる。抵抗しつつ文句をいおうと口を開いた様だけど……レオンハルトの顔を見てしまい、結局抵抗をあきらめていた。
 レオンハルトの顔は、よく見ると若干赤くなっていた。アレンの方は………残念でもないけれど、そこから先の様子を、私は見ることはできなかった。
 一秒・二秒・三秒……と固まっていたマリアムが、私を胸の中に抱きしめたからだ。
「ネイ、ありがとう……すごく、すごく嬉しいわ。贈り物も、なにより貴女の想いが」 
 優しく、本当に優しく、まるで壊れやすいガラス細工をなでているような繊細さを感じる手つきで、頭をなでてきたお義母様。
 顔を見ることはできなかったが、おそらく、彼女は穏やかな顔をしているのだろう。
 義娘の私だからこそ、見られるのであろう笑顔が。

 アレンが渡したのは、絵と共に一部分にガーネットがついた、微妙に装飾が違うグラスを三つ。いつか彼がお酒を飲めるようになったら、このグラスで、家族みんなと一緒に飲みたいな、と言っていた。
 私が渡したのは、青色に光る丸いクリスタルがついた、シンプルな髪留め。
 …………こんなもので喜ぶなんて、なんて、安上がりな人たち。私は、お義母様の胸の中で、蔑む。

 それにしても、あ~ぁ、失敗しちゃった。
 せっかく、小物相手に、分かりやすい隙を沢山見せて、か弱い獲物のふりをして、思い通りに行ったと思ったのに。
 まさか、つい最近来たばかりの魔術師見習いが、あんな魔法を使えるとは……。
 ……むかつく。
 準備不足だったのは否めない。失敗しても、文句はいえない作戦内容だった。納得はしているが、それでも、この胸に巣食う不快感は消えない。
 あのまま、贈り物も、想いとやらも、全部全部ぜーーーんぶ、見失ってしまえば良かったのに。
 そんな想いはみじんも見せずに、最後まで演じきれた私を、ほめる人は誰もいない。
 ………嗚呼、お母様。ネイは、今も昔も頑張っています。もう少し、あと少しで、この国はめちゃくちゃになる。貴女の思い描く結末へと導ける。
 だから、ね、お母様。これが、ネイにできるただ一つの贈り物です。貴女の邪魔をするものを、全て殺していく。どうか、楽しみにしていてくださいね。
 もしも、全てがうまく終わったのならば、私を抱きしめて、頭をなでてくださいね。

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 例え、どんな過程をたどろうとも、変えようとしても。どうやったって結末は、運命は、変わらない。

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想いを込めた贈り物

『悪ノ娘 黄のクロアテュール』を読んだのは、中学一年生の頃。その頃から、ゲームのキャラに名前をつけてしまうほど、『ネイ』と『アレン』が好きでした。

閲覧数:213

投稿日:2018/09/28 01:10:05

文字数:5,935文字

カテゴリ:小説

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