第11章 目撃証言の確認
その足で土岐は、京浜東北線で御徒町のスポーツ用品店パープルに向かった。アメヤ横丁脇の四階建ての真黄色のビルだった。御徒町駅から三分ほどの距離だ。一階にいた茶髪の男子店員にポスシステムを管理している部署を聞いた。
四人も入れば満員になりそうなエレベータで四階で降りた。降りたところに腰高の受付カウンターがあり、そこから二十坪ほどの薄暗いフロア全体が見渡せる。五、六人の社員が見える。のんびりしている。散発的にキーボードを叩く音がする。
「すいませーん」
と土岐が高いキーで言うと受付カウンターの奥の机にいた女子事務員が立ち上がった。土岐はポケットから名刺を出した。女子事務員は名刺を見ながら、土岐を受付脇の応接セットに誘導した。一メートル半ほどのクリーム色のパーティションに囲まれている。しばらくして、浅黒い顔のずんぐりむっくりした男が現れた。手に土岐の名刺を持っている。男が自分の名刺をさしだす。土岐の名刺をテーブルに置いてソファに腰かけた。
「ご存じだと思いますが、3か月ほどまえ、殺人事件がありまして、その凶器をたしか、被疑者がこちらで購入したらしいんですが、・・・」
という土岐の問いには答えない。
「・・・お名刺を見る限りでは、警察の方ではないんですね」
「すいません。僕はフリーランスで、被疑者の弁護をしてる弁護士に調査を依頼されまして」
「ここにも刑事さんが来られました。で、どういうことを調査されたいんですか?」
「被疑者、いや正確にいうと今は被告なんですが、一月十六日にこの店でボウガン、いや、クロスボウを購入してるんですが、クロスボウを販売したというデータはないでしょうか?」
「そのことを刑事さんに聞かれた記憶はないですね。ちょっと調べてみましょう」
土岐は名刺をながめた。見達勉とある。見達は国防色の金縁のバインダーを持って現れた。
「・・・ここ一年は、・・・一月十六日以外には売れていないですね」
「それ以前は売れてないんですか?」
「・・・すいません。御覧の通り、この事務所は手狭なもので、会計年度が終わると、倉庫に書類はしまっちゃうんです。データベースはハードディスクに残してありますが、・・・」
「それじゃ、被告が購入したジャージーと野球帽はどうですか?」
「・・・どこのメーカーのものですか?」
「ジャージーはピューマのグレーのもので、野球帽は濃紺でヤンキースのロゴがあります」
「・・・それは毎日のように、よく売れています。いつ頃のデータがご入り用ですか?」
「それじゃ、スポーツマスクはどうですか?」
「スポーツマスクは花粉が出始めたんで最近よく売れていますが一月ごろは多分それほど売れていないと思います。九州あたりではPM2・5と黄砂の関係でよく売れているそうです。それでお知りになりたいのはマスク本体の方ですか、それともフィルターの方ですか?」
「本体とフィルターと別売りなんですか。ドラッグストアにあるようなのとは違うんで?」
「サンプルをお見せしましょう」
と女事務員にスポーツマスクを持ってくるように命じた。
「スポーツサングラスも普通のサングラスとは違うんですか?」
と土岐は素人っぽく聞く。
「運動するのが前提ですから、ずれない、はずれない、軽いというのが商品特性です」
そこに女子事務員がスポーツマスクを持ってきた。見達が手に取って説明する。
「・・・こちらがマスク本体で、この内側にフィルターを装着して使用します」
土岐が想像していたものよりはるかに大きなものだった。顔の半分ほどを覆うサイズだ。
「ずいぶん、・・・大きなもんですね」
「・・・まあ、運動するわけですから風邪のマスクのようにぴったりしていると呼吸が苦しくなります。この白いフィルターが微粒子を吸着して汚れたら取り替えます」
「カラーは、この黒だけなんですか?」
「中のフィルターは白ですが本体は交換しないので、汚れが目立たないように黒が基本です」
「ところで、御社のポスシステムでは、購入者の特徴もデータ化されてます?」
「わが社はコンビニと違って、購入者の特徴はレジでインプットしていません」
「最後におうかがいしますが、クロスボウの殺傷能力はどの程度なんですか?」
「人間となると、心臓にでも当たらないと死なないんじゃないでしょうか」
「人間の背中から心臓を射貫いて、貫通することはないですか?」
「さあ、どうでしょう。よほど至近距離から狙えば、貫通することもあるかもしれませんが」
そこまで聞いて、土岐は席を立った。見達は、テイクだけでギブはないのか、というような顔つきで土岐を見送った。土岐は詫びのしるしに深々と頭を下げた。
JR御徒町駅のガードをくぐり、昭和通りに出た。日比谷線で仲御徒町から再び南千住に向かった。十一時過ぎに南千住駅についた。千寿南クリニックに向かうと、入り口前にシルバーメタリックのライトバンが止まっていた。ボディに、大竹メディカル(株)とペインティングされている。その下に一回り小さいフォントで、医療用機器専門商社と書かれている。
土岐は昨日入った駅前の喫茶店小塚原で、観音開きの窓越しに窺うことにした。アメリカンを注文し、伝票の金額を小銭で用意し、いつでも飛び出せる準備をした。なめるようにコーヒーを飲んでいると、電話がかかってきた。液晶画面を見る。知らない電話番号だ。
「・・・都バスを運転している者ですが交通局の方からこちらの番号にかけるようにと」
「・・・運転手さんですか。いま、どちらですか?」
「・・・今日は非番なんで、自宅です」
「ご自宅は、・・・どちらですか?」
「・・・田端です」
「休みのとこ申し訳ないんですが、ちょっと、お話を伺えないでしょうか?」
「・・・どんな話ですか?」
「すいません。ちょっと込み入った話なんで、できれば、お会いしたいんですが」
「・・・それじゃ、田端駅前の喫茶店でどうですか」
「ありがとうございます。何時ごろうかがえばよろしいですか?」
「・・・そうですね、・・・二時ごろで・・・」
「わかりました。で、喫茶店の名前は?」
「・・・ナカヤマといいます」
「僕は土岐といいますが、そちらは?」
「・・・土橋といいます」
「ドバシさんですね。では2時に田端のナカヤマで」と言いながら電話番号を登録した。
十一時半ごろ、千寿南クリニックの玄関から三十前後の薄いブルーのビジネススーツの男が出てきた。七三に分けた頭髪が外光に艶めいている。土岐はレジに代金を置いて、喫茶店を飛び出した。男はライトバンのエンジンをかけたところだった。土岐は駆けつけて頭を下げながら窓をノックした。男はパワーウインドーを半分下げて、怪訝そうに土岐を見上げる。
「千寿南クリニックのことで、ちょっとよろしいでしょうか?」
と土岐は名刺を差し出した。
「・・・どんなことですか?」
と男は受け取った名刺に目を落とす。
「ちょっと、込み入ってるんで・・・」
「・・・と、言われても・・・」
と言いながら土岐の名刺を背広の胸ポケットに入れる。
「その辺のファミレスで、ランチでもとりながら、いかがですか?」
「・・・じゃあ」
と言うのを聞いて、いきなり土岐は強引に後部座席に滑り込んだ。
男は素盞雄神社角の天王前交番を右手に日光街道を入谷方向に左折し、下谷警察向かい近くのファミリーレストランの駐車場にシルバーメタリックのBMWのライトバンを駐車させた。男が先に出る。土岐が出るのを見てからリモートコントロールでロックをかけて歩く。
駐車場の上に店舗がある。満席に近い。厨房に近い黄土色のボックス座席が空いていた。二人で腰を下ろすとおさげ髪のウエイトレスがメニューを持ってきた。ネームカードでベトナム人と分かる。男はメニューを見ながら紙おしぼりで手を拭く。土岐はウエイトレスに日替わりランチを注文した。男はハンバーグステーキを注文した。土岐は本題を話し出した。
「治験ボランティアをやってた今田という人が、この1月に殺害されたのはご存知ですよね」
男は自分の名刺を名刺入れから取り出した。佐藤博という名前だ。
「・・・ええ。・・・しばらくしてから、誰かから聞きました」
「千寿南クリニックは、どうして治験の仕事してるんですか?」
「かなり実入りがいいんですよ。ただ、安定してあるというものでもないので、治験の仕事があるときに、いかに多く消化するかで、収入が多くなったり、少なくなったりするんです」
「千寿南クリニックの経営状態はご存知ですか?」という土岐の問いに佐藤は戸惑いを見せる。そこに、日替わりランチが運ばれてきた。佐藤は言葉を選びながらゆっくり話し出した。
「あのクリニックの院長先生は母子家庭の一人っ子で、私立の医学部に入るとき、看護師だったお母さんがだいぶ借金して、在学中も貸与奨学金を受けていて、あのクリニックの建物を購入する時も大分、信用金庫から借り入れをしたみたいで、弊社からの高額の医療機器もローンを返済しているところです。借金を抱えている病院は珍しくないけれど、あの院長も億単位の借金があるんじゃないですかね。お母さんも看護師として働いているような状態で」
土岐は昨日千寿南クリニックの一階を覗いたときに見かけた大柄な老女を思い出した。
「・・・院長先生も、木曜日の定休日にはよその病院で一日中、非常勤で働いています」
「殺害された今田という人は、規約以上に治験に参加してたという可能性ありませんか?」
「難しいでしょう。できないこともないかもしれませんが依頼している製薬会社にばれたら訴訟ものじゃないですか。製薬会社は厚労省の認可がほしいから目をつぶるとは思いますが」
「治験で規約違反があれば治験のやり直しで、認可が遅くなるということですか?」
「一応建前として個人情報は伏せるということになっているので病院側が意図的に操作すれば、できないことはないと思うけど、ばれたときのことを考えるとペイしないでしょうね」
「かりに、そういうことがあったとすれば千寿南クリニックの女性は、知ってるでしょうね」
「・・・院長先生のお母さんのことですか?」
「いえ、若くてきれいな人がいますよね」
「・・・平尾さんですか?」
と言う佐藤の声が少し上ずっていた。
「あんな美人がなんで、あんな病院の受付やってるんですかね?」
「・・・彼女は受付もやっていますが、・・・本業はCRCなんです」
「CRC?ってなんですか?」
「・・・クリニカル・リサーチ・コーディネータ、いわゆる治験コーディネーターです」
「どういう仕事なんですか?」
「・・・被験者に治験の目的を説明したり、負担軽減費を支給したり、治験結果をまとめたり、医師や看護師と治験の打ち合わせをしたり、・・・」
「ということは殺害された今田とかなり、濃密な接触があったということですね」
「・・・まさか、彼女は院長先生を慕っているんですよ」
と声を潜める。
「院長先生のほうは?」
「・・・さあ」
と言いながら佐藤は土岐の質問の意図を目で探ろうとする。
「院長先生は独身なんですか?」
「・・・そうです」
と言う佐藤の声に張りがある。土岐は話に詰まった。そこで佐藤の携帯電話が鳴った。呼び出されたようだ。佐藤はかき込むようにして、ハンバーグステーキを平らげると、ランチについてくるデザートを注文しないで、先にファミレスを出ていった。
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