「もう大変でしたよ先輩。警察が会社や開発関係者の家宅捜査の話まで持ちだしますし、みんなショックで落ち込んだり怒り狂ったり・・・・・・まったく、先輩って人はホント物事顧みませんね。まぁ今回はこうでもしないとミクを助けられなかったでしょうし、この子を助けるという意味では懸命だったかもしれませんが。ともかく・・・・・・ねぇ先輩!」
鈴木君がテーブルを叩いた衝撃で、僕はミクと二人だけの世界から引き戻された。
「鈴木君、大きな音を立てないでよ・・・・・・ミクが驚くよ。」
しかし、そう言葉を掛けるだけで僕は再び缶詰のシーチキンを掬ったスプーンをミクに与えた。
「どう、美味しい?」
「うん・・・・・・。」
よく噛み、よく味わって食事ができるようになっていることは、ミクがシーチキンを美味しそうに頬張る姿を見れば、その微笑を見れば、自ずと理解できる。そうして、ミクが成長していく姿が確かに伝わってくる気がする。 そんなミクとの生活に、僕は早速夢中になってしまった。他人の話もまともに耳に入らないほどに。
「先輩・・・・・・大事なお話があるんです。聞いてくれませんか。」
「え?」
冗談交じりに焦ったような鈴木君の声が突然冷静になった途端、僕は反射的にその声に反応していた。その言葉に、何か重大な、危機的なものを感じたからかもしれなかった。
「警察が関係者に対し家宅捜査や捜索の話を持ちかけたのですが、本社がそれを取りやめるように依頼を出して、結局事件は部外者による盗難という形で処理されました。」
「そんな、ミクは企業秘密なんだ。それの行方を本社が追わないはずがない。本当に?」
そう返事をしながら、僕は空になったシーチキンの缶を台所の危険物の箱に、スプーンをシンクに投げ入れた。
「本当です。もちろん理由は話してくれませんでしたが、本社の希望でこれ以上の追求はしないようです。本社の意図は見えないままですが、一応、安心していいですよ。」
「本社が、ミクを諦めた・・・・・・。」
と、言う事は、僕がミクの存在を隠していることが暴かれるという心配がなくなったと言う事になる。
そのことに内心安堵に胸を撫で下ろしたが、僕はあえてその感情を表情や言葉には出さなかった。本社が何を考えているかなどは、別に気にも留めなかった。
「それと、先輩。今からは、本気で聞いて下さいませんか。」
「・・・・・・ああ。」
僕はミクを抱き頭を撫でつつも、鈴木君の方へ視線を向けた。
「明後日に出社すれば社長から伝えられますが、先輩に、他の全クリプトン支社と連携したアンドロイドの開発プロジェクトに携わって欲しいと、本社からの通知が届いています。」
「・・・・・・。」
その瞬間、僕の思考は疑問のために回転を始めた。
クリプトンの傘下には、三つの支社がある。メディアやエンターティメントのクリプトン・フューチャーメディア。医学専攻のクリプトンフューチャーメディカルズ。そして、家庭用生活支援アンドロイドを手がけ、僕らが勤務するクリプトン・フューチャー、ホームズ。
どれも本社の統率の下、指揮と支援を受け活動を続けている企業だ。
これらは一応一つ一つの企業として活動している訳だが、どれも完全に独立していることはない。必ず頼るべきものがある。
先ず最初に本社からの支援金。これがあって初めて、各企業は天文学的な資金を費やす新製品の開発を行うことができる。だからこそクリプトンの三大支社はその分野では常にトップを独走し続けてきた。最も、ミクの開発はホームズとメディカルズだけの判断であり、本社から支援は当然得られず、結果的に凄まじい赤字になってしまったが。
次に、他の支社との連携。ミクの開発でも、生体部品の為にメディカルズに三顧の礼をして協力を頼んだし、過去にはその逆もあったらしい。
どちらにせよ、僕達は他社と本社の連携があってこそ成り立っていると言うことになる。
しかし、今回は余りにも度が過ぎている。
クリプトンの全支社の共同が本社から提案されることなど、僕がクリプトンに入社する以前にもありえなかった話だ。
第一メディアとの連携は本当に些細なもので、新製品の広告スポンサーなど製品開発には直接関与しないものがほとんどで、連携と言えたことなど全くなかった。
そのメディアが本社の依頼によって本格的に連携するプロジェクトを、本社は提案したのだろうか。たかだか、アンドロイド一体の開発だけに。
一体、本社は何を始めようと言うのだろうか。ただでさえミクの開発続行を拒否したというのに。
「本当にアンドロイドの開発だけなの?」
「ええ。ですが、今回はメディアとの連携も重要になってきます。このプロジェクト、本社の支援も積極的になりそうですし、メディアの方でもかなりの規模で展開するとか。そのために、クリプトンには水面都内に分散している小規模のテレビ、ラジオタレント事務所などをかき集めて新しく総合的なメディアセンターを建設する予定まであります。」
「すごいことになりそうだね・・・・・・。」
と、言いつつも、我乍らまるでどうでもいい事のような言い草だった。
そんな大掛かりな計画に参加してミクの面倒を見ていられる時間のほうが、余程心配だった。
僕が余りに無反応だったせいか、鈴木君はそれ以上何も告げようとはせず、虚しく時間が流れた。
「・・・・・・まあ、折角差し入れに来たんですし、難しい話は無しで、ほら、これをどうぞ。」
一気に真剣な態度を切り替えフランクな何時もの表情に戻り、鈴木君はテーブルの上に小さな紙袋を置いた。何かが大量に詰まっているという感じだ。
鈴木君は紙袋を開くと、その中から数枚のTシャツやら、スパッツ等の衣類を取り出し。広げてみせた。
それらのどれも、僕のサイズには到底合いそうもない小さなもので、どちらかと言うと・・・・・・。
「これミクの為に?!」
「ええ。此処に来る途中、古着屋で適当なものを選んできました。サイズは多分あってると思いますけど。」
「ありがとう・・・・・・!」
その言葉を鈴木君に告げようとした瞬間に、ミクが先に礼を告げた。
「どういたしまして。ほら、あんまり可愛いのとかは見つからなかったけど、こんなのでいいかな?」
「ありがとう。鈴木君。」
ミクに続いて、僕も鈴木君に感謝の言葉を告げた。
鈴木君がミクのために服を用意してくれたこと、そしてなにより、ミクが人にありがとうを言えるほどまで成長していたことに、僕は感動さえ覚えていた。
「ああ、そうそう、今日休日ですけど、僕そろそろ会社に顔出さないと。」
思い出したように、鈴木君は椅子から立ち上がった。
「例のプロジェクトのこと?」
「ええ。博士も来週から慌ただしくなりますので、今の内にご安静にしておいてください。」
「ああ・・・・・・わかってるよ。それじゃ、玄関まで送るよ。」
例のプロジェクト。アンドロイド開発。連携。
「じゃあね。お仕事、がんばって。」
「ありがとうございます。」
メディア、ホームズ、本社・・・・・・・。
お礼を告げ、ミクとともに手を振りながら鈴木君を見送るまで、僕はそんなキーワードを頭の中で掻き回していた。
別に吟味して理解を深めようとも、これ以上疑問に頭を回転させるわけでもない。本来なら、鈴木君からそんな話なんて聞きたくもなかったし、さらにしいて言えば二人だけにさせて欲しかった。それでも僕の身に直接関係のうることである以上、どうしても、思考から切り離すわけには行かなかった。
頭の中はそんな状態だが、僕は無意識に鈴木君から貰った衣類の紙袋を手に、ミクと自室に向かい、先ず最初に、無造作に机の引き出しを開けた。
筆記用具やら小物が転がっている中に、赤と黒のラインが入った、二本のリボンが目についた。
「まずは、女の子らしい髪型でなくちゃ・・・・・・。」
「?」
それを取り出し僕はそのリボンでミクの髪を結び始めた。
簡単な蝶結びで左右にミクの黒髪を分け、ツインテールが出来上がった。
「どうだろう。気に入った。」
手鏡でミクの顔を写すと、ミクは驚いた顔で自分の姿を見つめた。
ツインテールのミクは、とても可愛らしくて、今までよりも一層、人間味がましたように見える。
「これ・・・・・・わたし・・・・・・。」
「そう。君だよ。とっても綺麗な。」
「きれい・・・・・・。」
何のことだか分からないような顔をしていると、ミクは急に僕の膝の上で寝返り、僕の胸元に飛び込んだ。
「ミク? どうしたの。」
「なんでもない・・・・・・こうしていたい・・・・・・。」
ミクは力の限り、僕の胸に顔を押し付けた。まるで僕に甘えているかのように。
「ふふ・・・・・・僕もだよ。ミク。」
そんなミクを、僕は両腕で抱きしめた。ミクの言葉と、ミクの体温。二つの幸せを感じて、僕は先程まで考えていた難しい話とキーワードをすっかり忘れていた。
ミクといられれば、それでいい。
やっぱり僕は、ミクに夢中だ。
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