「先輩。先輩。」
「・・・・・・。」
同じことを繰り返している気がする。
前にも僕は同じ風景を見たはずだ。自分のベッドに横たわり、鈴木君の呼び声で目を覚ます。
同じことが、二度繰り返されているのか。
「先輩・・・・・・!」
「ああ、鈴木君・・・・・・どうしたの。」
「どうしたのじゃないですよ!!」
いや、やはり時間は進んでいた。明らかにあの時の鈴木君ではない。
では僕は一体どうなったのだろうか家を前にして気を失い、水溜りの中に沈んだ僕は、どうしてベッドの中に戻っているのだろうか。
そういえば、ミクは・・・・・・。
「先輩、貴方って人は!」
鈴木君の様子がおかしかった。彼は疑問と憤りの入り交じった感情に顔面を歪ませて、僕に突っかかった。
そして、脇にあるぐっしょりと濡れたスポーツバックから、肌色の物体を取り出した。
それは正しく、僕が会社の研究室から持ち出した、ミクの体だった。
ミクには意識があるらしく、怯えた瞳で僕を見つめている。
そうだ。確かに僕は衰弱した危険な状態で雨の中を歩き、研究室からミクを盗み出した。
どうやら、鈴木君にバレてしまったようだ。
「これは・・・・・・これは一体どういう事なんですか?!」
「・・・・・・会社から持ち出した。」
「ありえない・・・・・・。」
鈴木君の顔を更に歪めたのは、絶望だった。
いくら開発者でも、社のものを勝手に持ち出すなんてことは許されない。ましてや、こんな極秘の塊のようなミクは、まるで論外だ。
このことが発覚すれば、会社そのものの責任となり、恐らく、鈴木君も、社長も、仲間達全てに重大な責任が架せられるだろう。
「君が送ってくれたメール・・・・・・あれを見て、じっとしてはいられなかった・・・・・・あのままじゃ、ミクは僕達から取り上げられるどころか、殺されてしまう・・・・・・そんなのは、嫌だ・・・・・・。」
「今会社では大騒ぎになってるんですよ! 警察まで呼んでしまって、刑事事件に発展するかもしれないんです!!」
今までずっと僕の味方だった鈴木君も、事の重大さを理解しているだけに一歩も譲ってはくれない。
だが、それは僕も同様だった。
「でもミクを見捨てることはできないッ・・・・・・!」
思いの丈を言い切った瞬間、喉の奥から息苦しさがこみ上げ、荒々しく咳をまき散らした。
「博士・・・・・・貴方の気持ちは分かります。僕だってミクを見捨てたくはありません。でも先輩は、開発中の試作品を勝手に持ち出したどころか、本社の命令に逆らうことなんですよ?」
僕をなだめようとする鈴木君に、僕は反抗し続けた。
「本社に逆らってもいい。犯罪者になってもいい。僕はミクを護りたいんだ・・・・・・それだけなんだ・・・・・・!」
いつの間にか僕はベッドから転がり落ち、ミクの体に手を伸ばしていた。
ミクの体を抱き上げ、優しく胸に寄せる。
「ひろき・・・・・・?」
「ごめんね。ミク・・・・・・冷たかった?」
「ううん。ひろきがあったかい・・・・・・。」
ミクの安心した顔を見ただけで、僕の胸中からは鈴木君に反抗する刺々しい感情が、いつのまにか消え去っていた。
「先輩・・・・・・先輩は、家宅捜査を受ける事はまずないと思います。この事件は、恐らく窃盗事件と言うことで解決されるでしょう。でも、先輩の行動が、会社にどれだけの影響が出るか・・・・・・。」
「その時は、責任をとるよ。」
ミクを胸に抱き、その背を撫でながら、僕は呟いた。
後悔はしない。このミクを護れるものなら、僕は命だって賭けられる。
その決意と、確信の言葉だ。
「ミクは渡さない・・・・・・。」
もう一度、今度は自分に言い聞かせるように呟くと、鈴木君は小さくため息をついた。
「・・・・・・分かりました。この件は皆には黙っておきましょう。でも、バレてしまったときは、関与できませんからね。」
「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・。」
嬉しさとア安堵のあまり、僕は頭まで下げていた。
とりあえず、これでひと安心しても・・・・・・良いのだろうか。
「博士・・・・・・僕はこれで失礼します。先輩が頂いた休暇は、あと一週間です。ゆっくり、お休みください。絶対、御無理はなさらないでくださいね。また明日も、お伺いします。」
「うん・・・・・・ありがとう。」
鈴木君は礼儀正しく頭を下げると、荷物をまとめ、僕の前から去っていった。
そうしてまた、僕はこの薄暗い部屋に取り残されたわけだが、今回は、ひとりじゃない。
僕と、ミクがいる。
僕はもう一人じゃない。
「ミク。これからは、僕がミクの面倒をみるよ。」
「え・・・・・・?」
「ようこそ。僕の家へ。」
「・・・・・・・うん。」
まだうまく状況を呑み込めていない様子ではあるが、ミクも頭がいい。すぐにでも理解してくれるはずだ。これからこの家で、二人っきりで過ごすことを。
だが、罪を犯したという背徳感が無いというわけじゃない。鈴木君の言っていた通り、僕が犯罪者なのは、間違いない。
会社から勝手に開発品を盗み出し、自分のものにするなんて、はたから見れば正気の沙汰じゃないだろう。
それでも、僕はミクを護らなければならなかった。なんとしてでも、ミクを助けださなければならなかった。自分勝手な詭弁かもしれない。だがそれも、僕の信念従ったこと。
後悔はしてない。これからも、多分してない。やれるだけのことをやった。それだけだ。
僕は頭の中で綺麗事を並べ、とりあえず自分を納得させた。
その時、またあの感覚が襲いかかってきた。視界と意識を闇の中に引きずり込もうとする、あの感覚だ。
これからミクと生活する上で色々と配慮しなければならないことが多い。
ミクも手足のないままじゃ嫌だろうし、僕も嫌だ。でも今は、自分の体を安静にし、回復させることが先決だ。
ベッドに戻りたいと必死に訴える体を叱咤しながら、僕はタンスからワイシャツを取り出し、裸のミクに着せた。とりあえず、服はコレでよし。
あとは・・・・・・あとは、次に目覚めた朝に考えよう。
そう考え、僕はミクを抱いたままベッドに体を横たえた。
「ひろき、だいじょうぶ? 顔赤い・・・・・・。」
「ああ・・・・・・だいじょうぶ。君と一緒に寝ればすぐに元気になれるよ。」
僕が微笑みかけると、彼女もまた、頬を赤らめながら、笑みを返してくれた。
ミクの確かな温もりを感じながら、僕は静かに瞼を閉じ、微睡みの中に沈んでいった。
余りにも無謀で、狂った行為の末に。
僕に、家族ができた。
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