ここは真っ暗で、何もない。 あるとしたら鏡音レンの不正データ(バグ)ぐらい。
だって、ここはそれで出来た場所だから。
ボクはこの場所で生まれた、不正データ(バグ)の集まり。
不正データ(バグ)の集まりだから色々欠けている。
たまに暴走したりする。
この場所から出る時は、レンの姿になって出る。
時々…戻る時があるけど。レンの姿の時は、一時的に身体の一部がおかしくなるときがある。
なった時は下手に動かず、その場にじっとしている。暗いのは慣れているから怖くない。
怖い…と言ったら消える時が一番怖いかもしれない。いつ消されるか分からない。
今日かもしれない、明日かもしれない。
これは、レンのマスターさん次第。
消えたら、生まれた時から今までの「記憶」も消える。次生まれる時にはその「記憶」は無い。
「過去」は残らない。
だから、今の記憶もいつかは……消える。
「―にゃあ」
「ん……また…君か」
気付いたらまた、いつものように黒い猫がいた。
首に銀色の小さな鈴が付いてるのが特徴だった。
数日前から突然現れてからそれ以来、毎日来るようになった。
なんとなく、名前を付けた。
黒いから「クロ」。
クロも多分、何かのデータの集まりだろう。
偶然此処に来たんだと思う。
「にゃー」
りん、と鈴を鳴らして頭をすりすりしてくる。
「……今日も…かい?」
「にゃん」
「うん」と言うようにクロが鳴いた。
ボクはその場に座り、クロを膝の上に乗せる。
そして、息を少し吸って、
「―…♪」
歌う。
その歌声はぎこちなくて、壊れた様な声が、暗い空間に響き渡る。
「♪―……終わり。…今日もありがとう…」
お礼にクロの頭を撫でる。
クロは気持ち良さそうにごろごろと鳴いて、鈴をちりん、と鳴らした。
「…また・・明日も来る……?」
「にゃー」
「はは…クロのおかげで……最近は楽しいよ」
「にゃあ?」
「なんでもない……今日は、ここまでだ……また…明日ね…クロ」
「にゃん」
元気良く鳴いて、クロは鈴の音を鳴らしながら暗闇に消えていった。
次の日、クロはいつもより早くやって来た。
「…にゃあ」
「ん……今日は…早いね」
「みー…」
今日のクロはどこか、元気じゃない気がした。
「クロ…元気ない…?……大丈夫?」
「にゃー」
ボクはいつものようにクロを乗せる。
「・・今日は…長く・・歌おうかな」
「にゃー。ごろごろ」
暗い空間にいつもの歌声が響き始める。
「・・♪……♪♪…」
クロはゆらりゆらりと尻尾を振り、気持ち良さそうにしていた。
ボクはいつもより長く長く、歌った。
「―…終わり。今日も…ありがとう」
そう言ってクロの頭を撫でる。
「にゃー…」
「…次は・・何しようか……ん?」
突然、クロはボクの手に鈴を当て始めた。
りんりんと鈴の音が鳴る。
「クロ…どうしたの…?」
「にゃー、にゃー」
「……あ」
……もしかして…。
「・・クロ…鈴、取って欲しいの…?」
ボクが言うとクロは「にゃあ」と鳴いた。
ボクは首に付いていた鈴を取って、クロに差し出す。
「はい…取ったよ…」
「にゃー」
「…ん?」
「にゃおにゃー」
クロは嬉しそうに尻尾を振る。
どうやら、ボクに鈴をあげるらしい。
「・・ボクに…くれるの?」
「にゃあ!」
今日一番の返事だった。
「クロ…ありがとう…大切にするよ……」
ぎゅ…っとクロを抱いた。
「にゃー…」
クロを降ろし、貰った鈴を見た。
傷一つもないとてもきれいな鈴だった。
「きれいな…鈴だね……クロ」
クロに視線を戻した時、
「……クロ…?」
さっきまでいたはずのクロが、いなくなっていた。
辺りを見渡しても姿が見えない。
「…クロ……」
この後も探したけどクロは見つからなかった。
ボクは、気付いていた。
クロのデータが消える音。クロは、削除(デリート)されたんだ。
多分、クロに関するデータを誰かが整理したか、それかそのまま消したのだろう。
「…クロは……分かって・・いたのかな……」
自分が消えてしまうのを。だから、この鈴を…渡したのかな。
「……りん」
ボクはクロがくれた鈴をしばらく眺めていた。
クロがいなくなってまた、ボクは一人になった。
この場所から出る気もなく、クロと出会う前に使っていた白く短い棒を再び使って色々描いていた。
色々描いた後、鈴を取りだし、眺める。
クロといた時の記憶を思い出す。
「…誰か…来ないかな」
そんな事を思っても、ここは不正データ(バグ)の塊。
正式なデータが来れる場所ではない。
「……クロ」
そう呟いた時、
―ヴヴ…。
「…!」
データが消える音が、聞こえた。
「……今日…か」
ヴヴッ…ヴ…。
音は次第に大きくなっていく。
どうやら今日、ボクは消えるみたいだ。
「クロとの記憶も…あと少し……か」
―いつか、この記憶も…消える。生まれても前の「過去」は無い―
…過去が無くなっても、残せるだろうか。
……あぁ、眠くなってきた。
データが消えていく感覚、聞こえる音。
「………残っ……ると…い…な…………」
ボクが最後に見たのは、使って短くなった小さい白い棒と、
―とてもきれいな銀色の鈴。
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