僕の最初の記憶は、白。
冷たくて、静かで、そして真っ白な雪景色だった。
僕はまだ何もできない無力な赤子で、だけど人に抱かれていたから----母が抱いていてくれたから、寒くても凍えてはいなかった。
どうしてそんなに昔の記憶まで残っているのかはわからない。
それは僕の記憶の中で唯一、温かくて優しい記憶だった。
僕は一つになった時、山の中に捨てられて一人になってしまったから。
それというのも、僕が「鬼の子」と呼ばれるような赤子だったからだ。
僕の額には……“角”が生えていた。
* * *
四つになった時、僕はまだ生きていた。
とっくに呼吸なんて止まっていて、それなのにどういう訳なのか、生き続けていた。
ずっと一人で、孤独で。
誰かに逢いたいと思ったけれど、逢えばまた…「鬼の子」と忌まれるから。
怖がられ、指を指されて石を投げつけられるから。
--僕の額には“角”があったから。
だけどやっぱり寂しくて、僕はずっと山の中を彷徨い歩いていた。
--僕はここにいるよ。誰か見つけてよ…。
* * *
僕が七つになった年、初めて友達が出来た。
僕の額の角を見ても拒まず、恐れず、呼吸すらも忘れてしまった僕を受け入れてくれる子に出逢えた。
僕と同い年くらいだろうか。それとも少し年下だろうか。
小柄で、腕なんか折れそうに細くて、すぐに消えてしまいそうな刹那的な表情を浮かべる子だった。
出逢った時、信じられないものを見るような、複雑な表情をしたように見えたけれど、次の瞬間にはその表情は消えていて、瞳の奥に冷たさが覗いていただけだった。
僕も同じような顔をしていたのかもしれない。
もう長いこと感情を動かされるような出来事はなかったから。
きっとその子も僕と同じような思いをして生きてきたのだろう。
その子の頭にも……“角”が生えていた。
* * *
その子は僕よりもずっと物知りだった。
誰に教わったのかは知らないけれど、僕が知らないことを沢山知っていた。
僕らは出逢ってからというもの、どんな時もずっと一緒にいて、その間その子は僕に色々なことを教えてくれた。
その子が言うには、「人」の記憶から“僕ら”が消えれば、僕らも消えるらしい。
僕らは人ではなくて、それが証拠に額には角があり、人から忘れ去られてしまえば存在自体が消えてしまう…。
どうしてその子がそんなことを知っているのかとか、それが本当のことなのかとか、そんなことは一切考えなかった。
それまでその子が教えてくれたことが僕の知識の全てで、真実で、だから今度も全く疑うことなく、そうなんだろうと思った。
話を聞いた日の夜は、怖くて眠れなかった。
こうして眠っている間に、“僕”が忘れられてしまって、明日を迎える前に僕はいなくなってしまうかもしれない。
僕は消えてしまって、友達を一人にしてしまうかもしれない。
逆に友達の方が先にいなくなってしまうかもしれない。
また僕は一人になってしまうかもしれない。
僕はまだ朝日を見ることができるだろうか。
あと何日消えずに生きることができるのだろうか。
やっと友達ができて、僕は一人じゃなくなったのに。
どうか、最後の人よ…、僕を忘れないで。
まだ消えたくないよ……。
呟いても聞いている者は誰もいなかった。
友達も今は眠っている。
あぁ、僕は眠れない。
怖い、怖いよ……。
* * *
僕が怯えた以上に、その子は怯えていた。
日増しに怯え方が酷くなって、時にその子は僕の隣で震えて泣いた。
僕にできることなんて何もなくて、ただ手を握って「大丈夫。」と言うだけだった。
根拠なんて何もなくて、僕だって怖くて、中身のない言葉だったけど、それしか言うことができなかった。
「大丈夫。」
それは、僕が自分を言い聞かせる為の言葉でもあったのかもしれない。
* * *
ある日、その子は僕に「桜の花を見たこと、ある?」と聞いた。
僕は桜という花を見たことがあるどころか知らなかった。
「春になると薄い桃色の小さな花が沢山咲いて綺麗なんだよ。
次の春が来たら、二人で桜を見に行こう。」
その子が小指を出して言った。
約束する時のおまじないらしい。
僕らは小指を絡めて小さく微笑んだ。
『きっと…きっと、約束だよ』
指きりげんまん…約束だよ。
* * *
僕とその子はよくかくれんぼをして遊んだ。
誰もいない山の中で二人きり。
“鬼”しかいないかくれんぼ。
だけど二人いればどんなに長い時間の中でも寂しくなかった。
一人じゃ耐えられないゆっくりとした月日が過ぎ去り流れて行くのを、二人で一緒に待っていた。
毎日毎日、僕らは日が暮れるまでかくれんぼをしていた。
「ひとつ、ふたつ…もういいかい?」
呼びかければ、比較的近くから聞こえる「まぁだだよ」
数え続けて、再び呼びかける。
「ななつ、やっつ…もういいかい?」
「もういいよ」
今度は少し遠くから返事が聞こえた。
木の上、洞の中、草むらの中…。どこに隠れたのかな。
「さがしにいくよ」
* * *
僕は八つになった。あの子と出逢ってからもうすぐ一年が経つ。
僕らは飽きもせずにかくれんぼをして遊んでいた。
「ひとつ、ふたつ…もういいかい?」
背中の後ろで聞こえる「まぁだだよ」
また数を数えて呼びかける。
「ななつ、やっつ…もういいかい?」
…………。
「……?」
いつもはすぐ返事があるのに、しばらく待っても声がしなくて、僕は嫌な予感に駆られた。
「ここのつ、とぉ…さがしにいくよ?」
数を数えて、声を掛けても返事はなかった。
木の上、洞の中、草むらの中…。いつもの隠れ場所を探しに行く。
だけど見つからない。あの子が見つからない。
いつもはちょっと探せばすぐ見つかるのに。
見つけて、笑って、鬼を交代して。
今度は僕が隠れる番になるはずなのに。
見つからない。どこにもいない。
ねぇ、新しい隠れ場所を見つけたの?
見つからないよ…。
一年もかくれんぼを続けていたら隠れられそうな場所なんて全部わかっている。
それなのに見つからない。見つからないよ…?
どこにいるの?どこに隠れたの?
もう降参だよ、僕の負け。だから、
「早く出て来てよ…」
僕は走り出した。
山の中を駆け回って、探し続けた。
いない…見つからない、見つからないよ……。
焦る気持ちが膨らむばかりで、足がもつれて転んだ。
膝や手のひらが擦りむけて血が出たけど、痛みなんて感じる余裕もなかった。
「早く出て来て……」
もう一度、木の上…洞の中……草むらの中……いつもの隠れ場所を探しまわった。
どうしても見つからない。
いつもより遠くに隠れたのかな。
ねぇ、僕を脅かそうとしてるんだよね。
もう十分でしょ…?お願い、出てきて…。
「もう日が暮れるよ…」
太陽が沈んで、空が闇に包まれてもあの子は見つからなかった。
僕は疲れて歩けなくなってしまって、木の下にうずくまった。
どこに隠れたの?
どこに行ってしまったの?
どうして出て来てくれないの?
どうして返事してくれないの…?
「一人にしないでよ…」
朝になって、僕はまた歩き始めた。
「早く出て来て…」
一人だった時のように、山の中を彷徨い続けた。
逢いたい、逢いたい…。
どこにいるの?
「さがしにいくよ…」
* * *
夏が終わり、もみじが舞った。
山に赤い絨毯が敷かれて、木々は段々と寒々とした枯れ枝ばかりになっていく。
それでもまだ、
「見つからないよ…」
もうわかっていたのかもしれないけれど、わかりたくなかった。
あの子は人から忘れられてしまったのかもしれない。存在が消えてしまったのかもしれない。
そんなこと、考えるだけで恐ろしくて。
だから毎日毎日、足が動く限り探し続けた。
疲労で動けなくなればその場で眠り、起きたらまた歩いて探し続けた。
いつの間にか季節が変わって雪が降り始めた。
それなのにまだあの子が見つからない。
どこにいるの?
きっと寒くて凍えているに違いないのに。
僕が手を繋いで温めてあげなくちゃいけないのに。
だから、早く出て来て…。
さがしにいくから、見つけにいくから、
「返事をしてよ…」
呼吸が止まっても生き続けられたように、食べなくても飲まなくても死ななかった。歩く為に必要な分だけ、機械的に物を口に運んだり寝たりするだけだった。
動物に襲われて大怪我をしたってしばらくすれば治って歩けるようになった。
ずっと探し続けることができた。探し続けた。
端から端まで、山の隅々まで探しまわって、ある時花を見つけた。
薄い桃色の花が木の枝に沢山咲いて、そして散っていた。
約束、したのに……、
「桜が散るよ…」
どこに隠れたのか、僕は結局わからなかった。
あの子を見つけてあげることができなかった。
約束したのに、一緒に桜を見ることができなかった。
「あぁ、あぁ……ああああああああああああああああああああああ」
叫んでも誰もいなくて、あの子はもう消えてしまっていて、そのことを認めるしかなくて。
僕はまた、一人になった。
僕も、いつか消えるのかな…。
…いつ、消えるのかな……。
最後の桜が散って、桜の木を鮮やかな緑が彩った頃、涙も枯れ果てた。
…もう、山の中を探し回ることはやめることにした。
* * *
あの子が消えてから六つの年が過ぎた。
僕はまだ生きていた。まだ消えていなかった。
まだ、憶えられていた。
僕のことを知っているのは、生みの親の貴女(お母さん)だけ…。
今も憶えているほど僕を想ってくれているのなら、一体どんな気持ちで僕を捨てたんだろう…?
憎んでいたのかな。
悲しんでいたのかな。
少しでも愛してくれたのかな。
やっぱり忌まれていたのかな。
僕はまだ憶えている。赤子の頃に貴女に抱かれていた温かさを。
だけど思い出せないよ。貴女の顔を。
僕はここにいるよ。
見つけて聞かせてよ。
教えてよ、
僕の名前を。
そして、貴女の名前を。
僕はここにいるよ。ずっと、ずっとここにいるよ。
早く迎えに来てよ……。
誰も迎えに来てなんかくれない、わかっていても呟かずにはいられなかった。
寂しい、寂しい、寂しい寂しい寂しい……。
僕を見つけて欲しい。
だけどきっと見つけてもらえない。
あの子を見つけてあげたかった。
だけどどうしても見つけてあげられなかった。
僕が人だったら、捨てられはしなかったのに。
僕が人だったら、貴女も今まで苦しまずに済んだのに。
僕が人だったら、あの子は消えなかったのに。
今もきっと僕の隣で笑ってたのに。
かくれんぼをして遊んでいたのに。
僕が人だったら……。
僕が、“人だったら”……?
僕は、何なんだろう?
--“僕らは人ではなくて、それが証拠に額には角があり、人から忘れ去られてしまえば存在自体が消えてしまう…”--
角があって、“鬼”と呼ばれて…それで、僕は本当は何なんだろう?
消えるって、“何処”へ消えるんだろう?
あの子はいなくなってしまった。
見つからなかった。
“何処”へ、行ったんだろう?
あぁ、僕はここにいるよ。
ずっと、ずっと、ここにいるよ…。
僕を忘れないで、憶えていて…。
探しに来て、見つけてよ……。
孤守唄×隔れんぼ
fumuさん(またはtoyaさん)のVOCALOID楽曲、「孤守唄」(http://piapro.jp/content/371rlchbw857ki6g)と「隔れんぼ ~「孤守唄」より“八ノ年”~」(http://piapro.jp/content/rozbecog0ifmjrpi)が個人的に大好きで、歌詞を元にした小説を書かせて頂きました。
勝手に描写をつけ足してしまった部分があります。
また、かなり稚拙な文章かもしれませんが御容赦頂ければと思います。
ライセンスのところでいつもの癖で自分の名前書いちゃいましたが私のオリジナルじゃないので使用する場合私の名前なんか不要です(私の出来の悪い小説使用する方はいらっしゃらないと思いますが)。
変なミスしてちゃんと確認しなくてごめんなさい。
載せるとしたら原作者であるfumiさん(またはtoyaさん)のお名前を…;;
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-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
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