!警告!
こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。
ローリン@ガール 9
彼が目を覚ました。焦点が合っていないのか、しっかり目が合うことはなかったが、彼はたしかにこちらを見てくれた。たったそれだけで、胸の中の切羽詰まった感じがすうっと軽くなってくれた。彼が口を開いてくれた。その声にとてつもなく安心した。
だけど、「ごめん」の意味は分からなかった。また、同じ感じ。あの、「ありがとう」と同じような言葉だと思った。言われるだけで、意味もわからなく、感情が左右される言葉。
「ごめん」は「ありがとう」とは反対だった。そう言われるとわけもなくさみしくなる。彼自身もつらそうだった。一体、どんな意味の言葉なのかは想像もつかないが、それだけは何とか感じとれた。
何か言わなきゃ。つらそうにしてる……そう考えたとき、彼はひゅうひゅうと深呼吸を繰り返した。頭の下から流れ出る赤い「ち」はどんどん流れ出て、階段を伝い、ついには彼女が地面についたひざも、赤く濡らした。足になまぬるい感触がしたが、彼女は気にしなかった。彼がなにか言おうとしている。ただ、それだけに集中する。
「おれ……お前の名前、たぶん、知ってる……」
話が急に飛躍した、というのは、少女にも分かった。だから、最初、何を言われたのか、ぱっと理解できなかった。だけど、それが頭に浸透し、無意識のうちに息をのんでしまうのに、時間はかからなかった。
だってそれは、ずっと待ち望んできたものだったから。
「ぜろ回目」を転がったことで、自分の頭は真っ白にリセットされた。今までなにをしていたのか、歳も、誕生日も、名前すら忘れてしまった。だから、取り戻そうとして、もう一度「ぜろ回目」を転がるために、彼女はずっと転がり続けていた。
だけど、まだ「ぜろ回目」はこない。だから彼女はまだ、「しらない」ままだった。
「ちょっと前に読んだ記事に……お前、と、条件……が、同じよう、な、女の、子の……名前が、あったん、だ……」
とぎれとぎれに、彼が言葉を続けた。何度となく、はやいテンポで呼吸を繰り返しながら。うつろな瞳が真剣な色を秘めていたから、彼女はこくりと唾を飲んで、次の言葉を待った。
彼が、声を、絞り出す。
「お前の、名前は……“みく”、……“初音、未来”……」
その一瞬だけは、世界の全てが切り取られたような気がした。彼女と、その言葉の響きだけが、この世界に響き渡っているような気がした。
「は、つ、ね、……み、く……」
ひとつ、ひとつ、自分の中にしみこませるように、確かめるように、少女――“未来”はつぶやいた。うつろな表情のなかで、力ないが、彼が精いっぱい笑ってくれる。
「……いい、名前、だな……」
「はつ、ね、みく……」
一文字一文字が色と温度を持って、自分のなかに溶け込んでいく。そうして初めて「しる」。自分の名前を。自分という、存在を。
「初音、未来……!」
何度も、うわごとのように繰り返した。彼女は気づいてはいなかった。自分の頬をぼろぼろと流れるしずくを「なみだ」と呼ぶことを。ただ彼女が分かることは、「ぜろ日目」の夜にも瞳からこぼれおちたしずくと同じもののはずなのに、今、あふれてくるこのしずくの方が、まるで違うもののようにあたたかいものだということくらい。そして、それがたまらなくうれしいということくらい。
このカラカラの廃墟が潤ってしまうのではないかというくらいに、久しぶりの「なみだ」はあたたかく、みずみずしく、とめどなく流れ出た。
今、はじめて気付く。本当に欲しかったのは、「ぜろ回目」を転がることではないということを。
ただ、欲しかったのだ。この名前が。そして、それを「いい名前」と言ってくれる誰かが。
自分の存在を認めてくれて、そして、「誇ってもいいよ」と言ってくれる、誰かが。
「……つかれただろ?」
ぽつりと、彼が言った。もう言葉に力はなかった。吐息のような小さな声。未来は彼を見つめる。にじんだ視界のなかで、彼はこちらに笑いかけていた。
「もういいよ。……そろそろ君も、つかれたろ?」
彼は全てから力を抜くように微笑んだ。その笑顔と言葉に込められた意味を、彼女にはなんとなく理解できた。
「俺も、つかれたんだ……。もう、がんばらなくて、いいんだよ……、一緒に休もう……」
うつろな瞳にもう、未来の姿は映っていないのだろう。だけど彼はまっすぐと彼女を見ていた。彼女を見て、ほほ笑んでくれた。
「……いいの?」
「いいさ……君、は、……今まで、十分、がんばっ……た、んだから……」
絞り出すように、彼はそう言った。「なにを」がんばるのか。それは、言葉にしなくても、彼女にはわかった。言葉にしなくてもいいんじゃないかと思えた。
がんばらなくていいよ。今まで、そう言ってくれる人は誰もいなかった。こうして、言葉を交わす人さえも、いなかった。「一緒に」なんて言葉、言いたくても言えなかった。言ってほしくても、考えることさえできなかった。「一緒に」いる人なんていなかったから。
大粒のなみだが、彼女の頬から、彼の頬に落ちた。それを感じたのか、彼はさいごに満面の笑みを浮かべた。
「……ありがとう……おやす、み……」
消えるようにそう呟いて、彼はふっと目を閉じ――全身から力を抜いた。
それ以上、彼が動くことはない。彼女は眠る彼を少しの間、見つめていた。見つめているうちに、自分も眠気に襲われる。強くて、抗えない眠気に、ゆっくりと身を任せる。抵抗はなかった。これでいいと、心から思えた。心の中は、この島のように、どこまでも静かだった。この島は全てを受けて止めていた。荒ぶる海にも、吹きつける雨にも、牙をむいた風にも。全てを受け止め、ただ静かに、全てを見つめてくれていた。
どこまでも静かだったからこそ、優しかった世界。彼女にとっては、この世界が全てだった。他の世界など、彼女は知らなかった。
(……さよなら、今までありがとう)
別れのあいさつを、声に出さずに呟いた。彼と出会ってから、大好きになった言葉を添えて。島は答えない。ただ彼女を見守ってくれている。沈黙の抱擁のなかで、少女の身体は、ゆっくりと傾いて、彼の傍らに、横たわる。瞼が重い。抵抗することなく、ゆっくりと目を閉じれば、あとは真っ暗闇。ゆっくり、ゆっくりと、意識が落ちていくのを感じた。まるで、この闇の奥底へと、落ちていくよう。
それは、階段から転げ落ちるときの感覚に似ていた。全てに身を委ねて、重力に身を任せて、落ちてゆく。彼女は意識のなかで、深呼吸を一回だけした。息を吸って、吐く。味わうようなそれのあとに、彼女は深い、深い闇の中に、落ちていった。
――息を止めるの、今。
その数日後。とある取材チームが行方不明になったとの通報を受け、レスキュー隊が軍艦島に上陸したところ、彼らは食糧庫のドアが不自然なことに完全に開ききっていることを発見。周囲を調査したところ、取材チーム全員とガイド班、そのうち一人の若いカメラマンに寄り添うようにして倒れる、小さな少女が遺体で発見された。明らかに誰かの手によって殺害された痕跡の残る他のメンバーに対し、その二人だけは、不思議なことに安らかな笑みを浮かべ、眠るように倒れていたという。
発見されるまでの数日間、この島で何が起きていたのかを知るものは、誰一人としていない。ただ、この奇妙な事件は世間には悲劇として報道され、その結果、海の真ん中にたたずむ軍艦島は後に完全閉鎖され、本当に、誰一人として足を踏み入れることがなくなった。
そしてそれ以降、沈黙の軍艦はただ朽ち果ててゆくその姿を遠巻きに見つめられるのみとなった。
かつて、たった一握りの記憶のために、階段を転げ落ち続けた少女を、島に流れ着いた者たちが畏怖の念を込めて見つめていたのと、同じように。
“彼ら”は知らない。その少女の最期を。
それを知るのは、彼女自身と、その隣に寄り添っていた、ひとりの若者のみ――。
【ローリンガール】 fin.
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tomo_tomo_p
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やり続ければそのうちきっと
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acropolisbounce4
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