Tranquillo cantabile

  10-1.

 あれからどれくらい経ったのか、もう時間の感覚なんて無くなってしまっていた。
 でもたぶん、一週間とか、それくらいなんじゃないかと思う。けれど……もう、そんなことどうでもいい。
 だって、もう私は海斗さんに会えないもの。
 海斗さんの力になることなんて、もってのほか。
 欲張りすぎて、自分のことしか考えてなかったわがままな私には、それがお似合いなのかもしれないけれど。


 警察署から帰ってくると、家でパパが待っていた。なんにも知らないパパは、私をこっぴどく叱った後に海斗さんを散々にののしった。
 自分が叱られるのは平気だったけど、海斗さんを悪く言うのは許せなかった。私は生まれて初めてパパに反抗して、大げんかをした。
 結果――。
 パパとママの逆鱗に触れた私は、家から出る事もできなくなった。
 仕事の方はどうしたのかわからないけれど、ママがあれからずっと家にいるから、誰もいないうちに逃げ出すことなんてできなかった。
 パパは何も変わらなかったけど、ママは少しだけ変わったみたい。たぶん、何だかんだいって海斗さんの言葉がこたえたんだと思う。自分の部屋に閉じこもったまま出てこない私の代わりに、料理を作ったり洗濯をしたり掃除をしたり。私とも話をしようとしてるみたいだけど、いつになったらあきらめてくれるのかな。
 私はというと、大げんかをした後でパパに「一歩も外を歩かせん!」と言われてから、自分の部屋にずっと閉じこもっていた。
 何にもする気になれなかった。
 髪の毛もぼさぼさで、肌も荒れ放題。食欲もなくて、ママの料理を無理に口にすれば吐いた。
 パパとママの顔を見たくなくて、視界に入るものすべてがイヤでたまらなくて、それ以上にそんな自分自身に嫌気がさして。
 もう、全てがどうでもよくなってしまった。
 もう二度と海斗さんに会えないっていうんなら、生きていても仕方ないって、本気でそう思う。
 私もジュリエットみたいに死んでしまおうと思ったけれど、いざカッターを手に取ると怖くなって、腕に薄い傷跡がついただけだった。それもすぐにママにバレて、刃物類は全部取り上げられてしまった。
 私はすることもなくて、今の気持ちをなんとかまぎらわそうと本棚に並ぶ物語を読みあさった。
 舌切り雀にオオカミ少年。それからシンデレラに、図書館に返してなかったロミオとジュリエット。
 でも、いくら読んでも気持ちは晴れなかった。むしろ、余計につらくなるばかりで、私は海斗さんがくれたペンダントを握りしめて何度も泣いた。
 やがて涙も出なくなった私は、無感動にただページだけを繰るようになった。
 欲張って大きな箱を選ぶよりも、控え目に小さな箱を選んだ方が幸せになれるらしい。嘘ばっかりついて誰からも信用されなくなってしまったら、そのうちオオカミに食べられてしまうらしい。池に斧を落としてしまっても、正直者には金の斧と銀の斧がもらえるらしい。
 でも、それなら。
 私は一体どうしたらよかったんだろう。どこで間違えてしまったんだろう。どこで何を選んでいれば、ハッピーエンドを迎えることができたんだろう。
 何がいけなくて何がよかったのかなんてちっともわからない。ただ私は、私は……。
「……」
 色々と考えるのもめんどくさくなって、ベッドの上でうずくまったまま、私は何度目かのロミオとジュリエットの文庫本を静かに閉じる。部屋の外はなんだか騒がしい。ママがまた手のこんだお菓子でも作ってるんだろう。
 ……お菓子を食べる人なんて、うちにはいないのにね。
 笑おうとしたけれど、どんな顔をすればいいかすらわからなくなっていた。
 でも、だからって困るわけじゃないもの。
 そう思った瞬間だった。
 突然、勢いよく部屋の扉が開いた。
 ――誰?
 私は驚いて顔を上げる。ママはこんな開け方なんてしない。パパは仕事のはず。なら、いったい――。
「なかなか学校にこないと思ったら、こんなところにいたのね?」
 そこにいたのは、すらりとしているくせにスタイルがいい長身の美少女だった。肩まで伸ばした栗色の髪の毛をふわりとなびかせ、その少女――愛は、おどけるようにウインクしてみせる。
「囚われのお姫様に、ガラスの靴を持ってきたわよ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ロミオとシンデレラ 40 ※2次創作

第四十話。


先日、4~5時間かけて全文に修正をかけました。
修正版は……自分のホームページが公開できたら、そちらに載せようかと思っています。
それはともかく、読み返して思ったのは「物語の中では、冒頭から一ヶ月も経ってないんだなぁ」ということでした。
さすがに五日間しか経過しないシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にはかないませんけれど、ね。

閲覧数:401

投稿日:2013/12/07 13:15:28

文字数:1,791文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました