凍えきっている指に缶コーヒーは熱すぎて、痛みすら感じてしまうほどだった。ううう。とうめきながら袖を伸ばしてそれで包むようにして缶を持つ。寒いのに、直に温まる事が出来ないなんて理不尽だ。そんな事を思いながらプルトップを開けてごくりと一口、その温かな液体を身体の中に流し込んだ。ゆるゆると内側から体が温まり、その心地よさにため息がもれる。
さて、どうしようか。音を思いついたのだからこのまま家に戻って作業に取り掛かろうか。それとも折角出てきたのだからとりあえずコンビニまで行ってしまおうか。飲みほした空き缶をからん、とゴミ箱に捨て、三村が思案している時だった。
ふと、公園のベンチに座っている子供の姿が目に入った。
自分の弟と同じくらいの子供。短い髪が男の子のようにも見える、中性的な印象の女の子。少し大きめの上着にぐるぐると巻いたマフラーが、女の子の華奢な身体を更に小さく見せていた。何か嫌な事でもあったのかもしれない。いつかの夏の日の、弟に言い返していた時のような強さは無く、じっと考え込む様に俯いている。学校帰りなのだろう。横にはランドセルが置かれていた。じゃあ弟ももうすぐ帰ってくるのだろうか。それとも、この女の子にちょっかいを出すために近くにいるかもしれないな。そう思って周囲を見回しながら三村は公園に入り、どこか元気のない様子の女の子に声をかけてみた。
「こんにちは。」
突然見知らぬ男に声を掛けられて、女の子は驚いたように目を丸くし、そして警戒するような眼差しを向けてきた。
「、、、こんにちは。」
怪しい奴だと思いながらもきちんと挨拶を返してくる。しつけが良い子だな。そう微笑ましく思いながら、俺は、ガリ勉の兄だよ。と三村は言った。
ガリ勉の兄、という説明は分かりやすくて便利だ。三村の言葉に女の子、あげはは、ああ。と納得した様子で頷いて、小さく笑った。
「この間、結子さんからもお兄さんの話を聞きました。」
世間って、せまいんですね。そう大人びた口調で言って笑うあげはに三村は、そうだね。と笑みを返した。
「こんなところで座りこんで、寒くないのか?」
そう三村が問い掛けると、あげははバツが悪そうな顔で俯いた。何かあったのか、と問いかけようとした瞬間。あげはの足に穿いているものが、靴ではなく学校指定の上履きだと気がついた。
「靴を、隠されたのか。」
三村の言葉に、あげはは小さくうなずいた。
いじわるされて悲しんでいるというよりも、戸惑い、今後どうすべきかあげはは思案しているようだった。上履きのままで帰ったら親に心配をかけてしまう。とでも考えているのかもしれない。しばらくは家に帰る気配のないあげはに、三村は自販機の前に戻って飲み物を二つ買った。さっきと同じ缶コーヒーと缶のミルクティー。それを持ってあげはの前に再び戻り、ミルクティーの方を差し出す。
「寒いだろ。」
そう言って渡すと、あげはは少し戸惑うように三村を見つめてきた。こくり、とひとつ三村が頷くと、おずおずと手を伸ばし受け取った。
「ありがとうございます。」
そう礼を言ったあげはの横に腰をおろし、三村は自分用に再び買ったコーヒーを、今度は開けずに手のひらの上で転がした。
三村に何があったのか話すべきか、あげはは迷っているようだった。大人に話す事によって生じる報復を恐れているというわけではなさそうだった。関係のない人に話をすることによって事が大きくなってしまうのを懸念しているようだった。その様子に、三村は小さく笑みを浮かべ、子供らしくない子だな。と思った。
「その靴を隠した奴、もしかしてうちの弟?だとしたら兄として制裁を加えなくてはならない。」
そう冗談交じりで三村が言うと、あげはは慌てたように首を横に降った。
「ガリ勉は、あいつはこういう陰湿なのはしない。真正面から嫌な事を言ってきます。」
そう言ってから、あげはは全くフォローになっていない事に気がついたのか、顔を赤くした。
「それにしても、弟がガリ勉野郎なのは知ってるけど。実際そう呼ばれているのを耳にするとすこし悲しいな。」
三村がわざと眉をひそめてそう追い打ちをかけてみると、あげはは更に困り果てた様子で、ごめんなさい。と首をすくめた。
その様子は先ほどと違って子供らしい。なんだか可愛らしかったので、冗談だ。と三村は笑った。きっと弟はあげはを子供に戻したくて、意地悪を言ったりするのだろう。きっとすべて裏目に出ているのだろうけど。
いやあの、ミムラ君ではないのは確かですから。と、言い訳がましい調子であげはは言った。
「今度、クラスの舞台発表でうちのクラスは歌を歌うことになって。それで、私、その歌の途中でソロを歌うことになったんです。それを気に入らない人がいるみたいで。それで、靴を隠されたみたいで。」
説明をする言葉が、少しずつ揺れ始め、語尾がかすれていった。言いながらどこか理不尽なものを感じているのかもしれない。微かに眉を寄せたあげはの小さな手が、ミルクティーの缶を、ぎゅ、と握りしめる。
「歌うのは好きだけど。好きで頑張って目立ってしまったら、叩かれてしまうものなんだ。そういう事なんだと思います。」
三村に説明していると言うよりも、自分自身に言い聞かせるように、あげはは静かな声でそう言った。
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この広い世界できっと
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そして少しでも笑えたら
こんな嬉しいことはないよ
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ペパーミント レインボウ
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ペパーミント レインボウ
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