JKanazakiさん

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JKanazaki

勉強の合間に創作活動しています。
ただ最近は、創作活動の合間に勉強している状態です(←大丈夫か?)
時々詩を書くくらいの事しかできないやつです。
まぁ、気ままなお付き合いを願います。

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仄暗い昼

 空は曇っている。  低く垂れこめた濃淡さまざまな鈍色の雲が幾重にもなり、上空の風に高速で流されている。雲行き怪しいこと、この上ない。今にも一雨降りそうだ。傘など持っていないが。  ――そもそも、どうやってここに来たのか、どうしてここにいるのか。思い出せない。思い出す気にもならない。  目の前で信号が変わった。足を止める。交通法規か慣習か、あるいは機械的反応なのか。よく分からない。今の信号の状態が、進めなのか止まれなのかも、実際は知らない。ただ、目の前を車が横切っていく。そんな情景を、網膜が電気信号にして脳に送信している。  向かいの時計は午後二時。  仄暗い昼だ。  あとから来たのであろう、隣の人が「今から帰るところだ」と電話片手に話している。靴音だけが、横からか後ろからか、聞こえてくる。一様に焦ったような雑踏だけ、ゼブラ模様の地を駆けていく。もしかしたら、信号がまた変わったのかもしれない。もしくは、今頬にあたった水滴のせいか。  途端、雨が降り出す。唐突だ。冷たい。人の群れが騒ぎ出す。駆け出す。翳る空を睨んでいたら、誰かの肩がぶつかった。何もなくどこかへ過ぎ去っていく相手、または感触。とりあえず、一度信号に背を向けビル影に逃れることにする。  振り返る。窓を打つ、地面を叩く、傘を濡らす、服を湿らす、そんな雨音が響いている。でも、それだけ。何も変わらない日常。ただ厄介者が増えただけ。ただ駆ける人が多いだけ。  どうせそういうものだ、日常なんて。家と職場、あるいは学校、またはスーパーとかそういうところ。各々の住処とそれぞれの目的にあった場所とを往復するだけ。それを義務のように、もしくは機械のように、毎日反復するだけ。ちょっとした変化なんか気にも留めずに、繰り返し続けるだけ。変わり映えなんてありやしない。変わるきっかけもありやしない。  ――変えることだって、できなんかしないし。この日常は硬直してしまっている。この世界は凝固してしまっている。  だからだろうか。このところ、生きているという実感が持てない。何に対しても心は静かなままだ。喜んだり悲しんだり怒ったり楽しんだり、そういった感情も、所詮は繰り返すだけの日常にそえられたワンポイントに過ぎない。勉強も仕事も学問も職業も、そんなただ一個人の一挙手一投足で、どうせ世界なんて変革できない。どこかで飽きのような、諦めのようなものを感じてしまっているらしい。周りの群れが騒いでいても、一人交じれずに無感動。進路希望と言われても、何も答えずに無表情。そんな日々がここ最近多くなっている。  そして、それはそのまま、生きている意味だとか理由だとかを曖昧にしてしまう。これから歩んでいくであろう未来を不明瞭にしてしまう。何のために生きているのかも、どこへ向かって歩いていくのかも、分からない。この仄暗い昼の空のよう、鈍色の暗雲に包まれて、身動きが取れないでいる。そのことに何も感じなければいいのに、焦りに似た感情がふつと湧いてくる。  昔はどうだったろう。以前見た未来はもっと色づいていたのだろうか。どこにだって行けるんだと考えていたのだろうか。分からない。思い出せない。前頭葉を探っても見つからない。滲んで消えってしまったようだ。どうせ人の記憶なんて五分くらいしかもたないらしいし。頭のどこかから嘲笑が聞こえる。狂ったような高笑いが。  雨音もまだ聞こえている。傘と傘とが行き違う。水しぶきが交錯する。その中で一人だけ、ビルの下で動けない。濡れ行く街を見つめるだけ。  ――ふと、視線を感じた。突然だ。温かい。ビルの軒下から振り仰ぐ。  鈍色の雲、その間が割れ、陽光が斜めに差し込んでいた。雨音が収まっていく、止んでいく、消えていく。人々は傘をたたみ、駆ける足を緩める。確かな靴音が鳴りだす。  騒乱が過ぎ去っていく。あるいは時間もか。今降っていると思っていた雨も、いつしか過去へと行ってしまう。今吹いたと感じた風も、一瞬で吹きすぎてしまう。今目の前にいた人も、すぐにどこかへ消えてしまう。時も雨も風も人も、つまるところ何もかも、いずれは立ち去ってしまう。  果たして、まだビルの下。周りの雑踏に紛れるのは簡単かもしれない。でもそれは、今までの退屈な日常に戻るということ。そんなのは、呼吸が掠れて息苦しくなるだけだ。なら、あえて雑踏に逆行するか。それも簡単なことだろう。でも、そうしただけで世界を変えられなんかしない。  どうする。このまま立ち止まっているか。いや、そんなことできない。何もかもが立ち去るということは、すなわち立ち去らなければならないということだろう。動きださなければいけないということだろう。  でも、生きている意味も理由も、歩き出す方向も目的も、何一つ見いだせていないというのに。結局は身動きの取れない暗雲の中。  ――本当にそうだろうか。睨みつけている空は、まだやや暗いものの光が見えつつある。暗雲もどこかに飛んで行ってしまったらしい。  仄暗い昼は、終わった。過ぎ去った。  それで、いいじゃないか。  意味とか理由とか方向とか目的とか、きっかけだって、どうでもいい。そんなものは、所詮後付けのものに過ぎない。行動したことへの言い訳でしかない。  だから、今。進めを示している青信号へと歩き出せばいい。  今日考えたこととかは、おそらく忘れてしまうだろう。早ければ五分後には。でも、かまいやしない。どうせ今日この時に、過去が終わるわけでも、未来が始まるわけでも、世界が変わるわけでもない。四二・一九五に変わりはなく、今いるのはそのうちの八・四一九とかそんなくらいだ。所詮は繰り返し続けるだけの日常のワンポイントに過ぎない。そういうものだ、日常なんて。  今もどこへ歩いていけばいいかなんて分からない。だからしばらくは、駆け行く時間、通りぬける雨、過ぎゆく風、歩き去る雑踏、そういったものに流されていればいい。そうした中で積み重ねたポイントを、未来というものに還元すればいい。  日常なんて、世界なんて、簡単になんか変わらない、動かない。  それでも、動ける、今。ビル影から出ればいいのだ。  向かいの時計は午後三時。  空はまだ曇っている。

原曲『仄暗い昼』 作詞・作曲:光収容 動画:NEGI 歌:鏡音リン

光収容さんのリン曲『仄暗い昼』の世界観を小説風に書き起こしました。
投稿日時 : 2013/10/05 20:13

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