3月6日。AM6時40分。


ピピピピッ、ピピピピッ……、という定期的かつ機械的な目覚まし時計のアラーム音とともに、条件反射のように目を覚ます。

朝の静寂の中、音を発するものは目覚まし時計を除いて何もない。
そして、病院の狭い個室の中ともなると、その音は壁にぶつかって跳ね返り、やけに大きく響いているように聞こえた。

右手で時計の音を止めると、再び部屋の中は静寂に包まれる。
その中で、冷たい天井を見つめながら、ハクはあくびとも溜息とも言えるような、深い吐息をもらした。

むくりと起き上がって、カーテンを開けてみる。一瞬白くまばゆい光が目を直撃する。
外はまだやや暗かったが、もうほとんど太陽の日差しが窓から見える街の景色を、淡く儚げに染めていた。


もう暦は三月に入っていた。この時間帯ならもう、日は出ていておかしくない時期である。
ハクの部屋は丁度東の位置に位置していて、窓から太陽が見えた。その太陽が、ハクの身体全体を神々しい光で照らす。ハクには、その太陽はなんだか痛いくらいに眩しく感じられた。

この時期はいわゆる切り替えの季節というもので、新しく新生活を始める人や、新しく中学校や高校に入学する人の表情は皆希望に満ちている。
一年の終わりで、そして始まりなのだ。

ハクは窓の丁度下の、桜の木に目をやった。
12月に見たときには枯れてやせ細ってしまったそれが、もうぽつぽつとつぼみをつけている。

「近いうちに花は咲く。四月の初旬には満開になるのではないか」というのは、病院内の患者であるお婆さんが言っていた事だ。


『今年のお花見はにぎやかになるんだろうねぇ……。去年が去年だっただけにさ』


去年のこの時期は、何故かよく雨が降っていたのだ。まぁベタな表現にはなるが、まさにバケツの水をそのままひっくり返したような感じの。
3月の下旬あたりから、4月の下旬まで、およそ1ヶ月間の出来事だった。
天気予報では、これから4月に近づいて行くにつれて春らしい暖かい気候になっていくと言っていたのに、まさにそれをあざ笑うかのような、夏のゲリラ豪雨みたいな雨だった。

土曜でも日曜でも構わず、ほぼ毎日のように雨は激しく降り続いた。
当然ながら、その間に咲いていた桜の花は、誰に見られる事もなくほぼ全てが散ってしまった。とてもお花見どころの話ではなかったのだ。

それを考えると、今年の春はまだ平和なものだからいい。
いや、いつまたゲリラ豪雨が攻めてくるかは分からないから油断はならないが。
けれど、もう今年はそんな事はないだろうとハクはタカをくくっていた。

いや、確信していた。というのが正しい表現なのかもしれない。
自分でも分からないのだが……これは第6感というやつか何かなのだろうか。
予感というのか直観というのか、なんとなく、そんな気がした。

この先、この調子で行くとしたら、間違いなく穏やかな春が続くだろう。
それは社会的に見ればいい事なのだが、ハクはつまらなそうに眼を細める。

そしてハクは自分でも無意識のうちに窓に手をやり、
自分自身にも聞こえないくらいの、細く小さい声で何かつぶやいた。

「やっぱ……降らないのかな……雪」

ライセンス

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三月の雪 ―プロローグ

去年書いたやつを書きなおしてみました。

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投稿日:2011/04/04 12:16:22

文字数:1,333文字

カテゴリ:小説

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