「――はぁい、もしもし?」
『もしもーし? 久しぶり、おばさん』
「芽衣子! 久しぶりねぇ。元気にしてた? おじいちゃんとおばあちゃんも」
『もちろん。今日も元気にお菓子作ってるわよ』
「そう。ごめんね、中々顔出せなくて。今やっと全部片付けが終わって、おばさんゆっくりしたくてねー」
『本当、おばあちゃん似だよね。おばさんは。……おじいちゃん、結構機嫌悪いわよ。連絡早く寄こせって』
「すぐ怒るんだから。あんまり怒るとお客さんも逃げちゃう、って言っといてちょうだい」
『そう言うとまた怒るから……そうだ、未来は今何してた? 電話に出なくって』
「ああ、今出かけてるのよ。帰ってきたら教えとくわ」
『よろしくね。――あ、ちょっとおじいちゃんが変わりたいって』
「はいはい。あぁ、久しぶり、お父さん。……そんな怒らなくたっていいじゃない。――はいはい、わかってます。今度未来と一緒に行きますから。……あんまり怒ると、クリームもあんこも不味くなっちゃうわよ――――」
【クオミク】浅葱色に出会う春 5【オリジナル長編】
お待たせいたしました。店員さんの声と共に目の前に置かれたのは、蜂蜜とバターをたっぷりとかけられたパンケーキ。ちょこんとミントを乗っけられた丸いバニラアイスも添えられている。琥珀色の紅茶に角砂糖を入れ、かき混ぜながら未玖緒くんに話しかけた。
「あの、奢ってくれなくて大丈夫だよ? むしろ、助けてもらった私が奢りたいぐらいなのに」
「でも」
「未玖緒くんと色々話せたおかげで、もう元気になったし。気持ちだけでありがたいよ」
「……そう」
このパンケーキがくるまでの間、2人で先ほどの男性の悪口で盛り上がっていたところだ。半分、いや3分の2ほどはふざけながらだったが、未玖緒くんと続いた会話の中じゃ最も長かったし最も楽しかった。
何か、こんなに色んな未玖緒くんを知っちゃっていいのかな。もう久宮くんの次に未玖緒くんに近づいてたりするのかな。いや、さすがにそこまでは自意識過剰か。
「――結構未玖緒くん喋る方だね。いつも静かだからさ」
「ん、まぁ。必要なときにしか喋んないし。一対一ならちゃんと話すよ」
凄い。“普通の”会話が成立してる! 今までの約2回の会話の内容が内容だっただけに、軽い感動さえ覚える。正直、一対一でもふわふわした相槌しか打たないで相手を困らせてるイメージしかないのだけれど。
「そっか。未玖緒くんとは1度ちゃんと話してみたいと思ってたから、今日は本当良かったよ。その、いつもぼーっとしてるし」
「それはよく言われる。大体何も考えてないから」
何も考えていないのか……せいぜい考えても、眠気とか食い気あたりな気がする。普段の様子をこっそり観察していると、とにかく動物としての本能的な欲求にだけは素直なのだ。もっとこう、好奇心というものは無いんだろうか。
「ううん……あんま周りには興味ないのかな。その、女の子にモテたりもするじゃない」
久宮くんは、全て自覚していてその上で大きなトラブルにならないよう上手く立ち回ってきたタイプだ。面倒がってるというより、これを日常と受け入れて楽しんでいるのかもしれない。
彼はどうなのだろう。――こうしてじっくり顔を眺めていると、久宮くんとは本当に顔も中身も違うんだなと実感した。久宮くんは若干童顔だからなぁ。未玖緒くんの方が男らしい、大人っぽいといえると思う。言動や仕草はまたそれぞれ逆なんだけどね。
「女子、か。恋愛感情とか持ったことないからよくわかんないし、わかりたいとも思わないな。めんどくさい」
ああ、思ったとおりだ。モテてることは一応自覚してるけど、全部ひっくるめて視界から外すタイプ。彼に一途な子たちが少し可哀想だ。
そうなんだ、と在り来たりの相槌を打とうとした所で、彼はこう聞き返してきた。
「そういう花野井はどうなんだ」
「私?」
興味があるのかないのか、平淡な顔。ここぞという時に彼は心の内が顔に出ない。ぽろぽろ出てくる言葉はほとんど脳を介さず心から直接漏れ出すくせに。
そんな未玖緒くんが少し苦手で、だけどとても面白い。
「うーん。私も異性を好きになったりしたこと無いんだけどね。興味ないことは無いんだけど、相手が見つからない感じかな?」
「……そうか」
独り言か、と思うぐらい小さな返事を最後に、会話はついに途切れた。
結局1時間ほどカフェで話をしていただろうか。店に入る前より外の日差しは強くなっていた。眩しいといわんばかりに顔をくしゃっとさせた未玖緒くんに、これからの予定を尋ねる。
あれ、そういえば1人でここで食事してたんだよね。気になってその事も一緒に聞くと、
「あぁ、これからミヤのとこに行く。今日親いないから、適当に飯食べようと思って」
「そういうことね。じゃあ私、もう少し買い物して、くる……?」
私の言葉を聞き終えない内に、未玖緒くんの視線と意識は既に別の所に移っている。色々突っ込みたい気持ちを抑えてその目線を追ってみると、斜め向側のお店にたどり着いた。
「えーっと……シュークリーム? 食べたいの?」
「ん」
3回も頷いた。目はキラキラしてるのに眉はきゅっと細められていて、ああどうしよう食べたい食べたいけど、みたいな心の声が全身から溢れ出てる。――いや、違う。心の声じゃない。「時間無いけど……や、ミヤにおこられる、でも」など、今度はしっかり物理的に聞こえてきた。私をかっこよく守ってくれた未玖緒くんはどこへ行った。
ポカンと開けた半口からいよいよ涎が垂れてきそうというところで、私は1つ提案をしてみる。
「よ、良かったら、私奢ろうか? お礼まだしてなかったし」
ぱっとこっちを振り返った未玖緒くんを見て、私はデジャブと呟く。脳内シュークリーム一色であろう彼には聞こえなかったようで、さらに切なげな顔をして私とシュークリームを交互に見やる。この十数秒で未玖緒くんはアレにでも恋をしたのか。
「でも、またミヤに怒られる……」
躊躇する理由はそこなのね。
「遠慮しないで! さ、行こう?」
どうせ久宮くんにも今日の事は話すことになるよ。そう伝えれば、彼はもう1度迷ってからようやく動き出した。割に、ずんずん歩いていく。
何だか、作ったようなオチだな。すっかり通常運転に戻った後姿を追いかけながら、私は苦笑した。
「あらぁ、まだ晩御飯いらないの?」
「うーん。もう少ししてからで大丈夫かな」
結局あの後、未玖緒くんとシュークリームを食べてしまったのだ。美味しそうにクリームを舌で掬う彼を見ていたら我慢ができなかったんです。勿論、いつもの夕食の時間になってもお腹は空かない。
お母さんは残念そうに、そうなのと頷いた後、一転。そういえば!、と声のトーンを上げた。
「未来、携帯の方に電話来てなかった?」
「え? あー、見てないや」
「家の方に連絡が来てたのよ。芽衣子が久しぶりに話したいって」
ガタッと背後で椅子が大きい音を立てる。勢いよく立ち上がった私はカウンターの椅子に飛び乗って、キッチンにいるお母さんにぐいっと乗り出した。今何て言った?
「めい姉? めい姉が電話したの!?」
「そうよー。引っ越してからまだ1度も連絡入れなかったものね。おじいちゃんに怒られちゃったわぁ」
「待って私電話してくる!」
今度は携帯を片手に椅子から飛び降り、急いで階段を駆け上がった。ああそうだ、忙しくてすっかり忘れてしまっていた。わざわざ電話をくれたのだからあまり仕事も忙しくないのだろう。ついでになってしまうけど、おじいちゃんとおばあちゃんにも挨拶しなきゃ。
自分の部屋に入るなりドアを勢いよく閉めて、ベッドにダイブした。うわ、本当だ。着信履歴に『めい姉』の文字がはっきりと残っていて。物凄く後悔しつつすぐにこちらから電話をかけた。
私が連呼していた『めい姉』とは、今日散歩をしに行った中心街の端っこに住んでいる母方の従姉のことだ。私より7つ上で、祖父母と一緒に暮らしながら家で仕事をしている。
お母さんはお姉さんと2人姉妹。お父さんはもっと兄弟が多いが皆遠くに住んでいるので、昔から年の近い親戚と言えば彼女になる。7つも離れてはいるが、小さい頃からちょくちょく会って遊んでもらっていたので姉のようなものだ。
やっと自分からめい姉の所に気軽に遊びに行ける、と引越しの決まった受験前からはしゃいでいたのは自分のくせに、今のままで忘れていたなんて。
『――はい、もしも』
「もしもしめい姉!? ごめんね、今日出かけててね……!」
『声が大きい! おばさんから聞いたわよ。――久しぶり』
「本当に久しぶり! おじいちゃんとおばあちゃんは元気?」
『うん。おじいちゃんは、いつ来ても美味しいお菓子出してやるから勝手に来い、って言ってたわよ? おばあちゃんも大歓迎だって』
めい姉の声を聞き祖父母の顔も想像すればますますテンションが上がってしまう。私は足をばたばたさせながら、ニヤケ顔のまま話を続ける。
「そっかぁ。もう少ししたらテスト週間入っちゃうから、それが終わったらゆっくり行きたいな」
『そーね。私も今やっと仕事が片付きそうだから、それぐらいなら助かるわ』
もうテストまで1ヶ月も無いのか。話したい事は沢山あるというのに。まず何から話そうかと、上げた足をくるくる回しながら思考を巡らす。
「んんー……」
『そういえば、今日街の方に出かけてたんだって? 友達と?』
「ああ、いや。昨日友達と出かけたから、今日は1人で色々見て回ってて――ああっ!!」
『うるさいってば!』
割と本気でめい姉が叫んだが、私は一気に蘇ってきたあの一連の出来事を伝えなければいけない、という使命感にかられて大声を出すことは我慢できなかった。お母さんに話すかはまだ考え中だったため、それ以外の誰かに早く吐き出してしまいたかったのだ。
私の興奮した声とは裏腹に、めい姉はあっさりした口調で言葉を返してくる。相変わらずサバサバしてるっていうか。テンション上がった時との差は尋常じゃないのに。――そう指摘すると「未来だってそうでしょ」と笑われるのは知っている。
「今日ね、なんかカフェの前で知らない人に声かけられてね!」
『知らない? 何よ、大丈夫だったの?』
「たまたま会った、クラスメイトの子が上手く追い払ってくれたんだけどね……びっくりしたよ! あんなこと本当にあるんだね」
あの男性としつこいスカウト以上に印象強かったのは、いつもより人間味を多く含んだ未玖緒くんなのだが。そこにはあまり深く触れず、良く言えば艶やかな、悪く言えば厭らしい笑みを思い返す。
「結構有名な事務所の人だったみたいで。スカウトされちゃった」
『スカウトなら何度か受けたことあるでしょ。そんなびっくりすることだったの?』
「いや、妙にフレンドリーでチャラい人だったから。絵に描いたような、そういう雰囲気の人なんだもん」
『へぇ……変な事される前に助けてもらったんでしょ?』
私の可愛い未来に手なんか出したらどうなるかわかってるんでしょうね。と、裏声でおどけるめ姉。どうなってしまうのだろう。
「そうだ、名刺貰ったんだよね。気が向いたらおいで、ってお決まりの台詞つきで」
『行かなくていいから、とりあえずおばさんには話しておきなさいよ』
「うぇー、絶対色々聞かれるって。好奇心の塊だもん」
『人のこと言えないでしょうが。また万が一声かけられないことも無いんだから』
「ううん……わかったよ。ご飯のときにでも話しておくかな」
電話越しじゃ当然こちらの顔は見えないので、むぅと口を尖らせる。これ、めい姉の前でやると凄く笑われるんだよね。また拗ねたぁ、とか指差して。どうやらへそを曲げたときの自分の癖らしい。違うもん、拗ねてないもん。
手元で適当に弄くっていた名刺に目を向ける。黒地に鮮やかな花の映えるオシャレな名刺だ。これは牡丹の花だ。
そんな和風なデザインに則って、あの男性の名前も筆のようなフォントで書かれてあった。――何だこれ。名字は、まあ、あんまり見ないかな程度のそれだったのだが、名前がどうも難解だった。読み仮名が書いていない所為で何と読むのかわからない。最近話題のキラキラネームというやつか。
『おーい。もしもーし』
「あ、ぼーっとしてた。ごめんごめん」
『盛り上がるだけ盛り上がっといて――とにかく。街の方に行けばそりゃあ変なのだっているんだから、気をつけてよね。私の未来なんだから!』
「それやめてよ……今日は大丈夫だったし、次は気をつけるよ」
『さ、そろそろご飯でしょ? テストやりきったら、おじいちゃん達と一緒に店で待ってるわ。頑張ってね』
「もちろん! って、ちょっと待ってよ」
何でもう通話終了みたいな感じ出すの。あの見た目以上のボリュームだったパンケーキにプラス、シュークリームまで完食した私のお腹はまだ休みたいとごねている。だから、ねぇ?
「もうちょっと話してようよ!」
『はいはい。おばさんが呼びに来たら終わりよ?』
「はーい!」
ふへへ、と喜びがだらしなく開かれた口から落ちた。目を閉じれば、話したいような面白い話は次々浮かんでくる。やっぱり学校のことかなぁ。もう1ヶ月経って落ち着いてきた頃だし。
――――緑色が視界をちらついたような気がした。
今のは、黄緑だったかな。青緑だったかな。どっちにしろ、私の学校生活には早速多すぎるスパイスを加えてくれている、その色。
前にもこんなこと無かったっけ? ……何だか恥ずかしい。
『面白い話でもあるの?』
「うーんとね」
彼らの話をしようかと思って、誰に向かってか私は首を振った。
まだ話さなくてもいいんじゃないか。
そう私に思わせたブレーキは何だったのだろうか。
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BPM=156
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昨夜の遺体は狙...廃墟の国のアリス
まふまふ
<配信リリース曲のアートワーク担当>
「Separate Orange ~約束の行方~」
楽曲URL:https://piapro.jp/t/eNwW
「Back To The Sunlight」
楽曲URL:https://piapro.jp/t/Vxc1
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楽曲URL:http...参加作品リスト 2017年〜2021年
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じん
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