「今夜は、朔だな」
「うん。月が灯らない夜」
あの下弦の月の夜から、ちょうど、七日目の、朔の日。青い黄昏が、色濃くなってゆくのを眺めながら、蓮が言うと、鈴も歌うように、そう言った。青い横顔は、いつもとは、少し、違っているような気がした。何が、違うというわけではないのだが、どことなく、雰囲気が、この黄昏のように、物憂げで、漂っていってしまいそうだった。
「朔の夜は、怖いものが出るから、外に出ちゃ駄目だって、言われていたから、私、朔って、あんまり、よくわからないの」
ぽつりぽつりと呟き出した鈴に、蓮は、笑うのを堪えた。ただ、朔の夜が怖くて、憂鬱だったのかもしれない。
「俺も、朔は出るなって言われていたな。最も、朔の夜は、宮内で、儀式があって、外に出ようがないんだけどな」
「私のところも、儀式するよ。闇につかれないように。月が生まれるように」
鈴の笑った顔が、暗くなって、さらに、見えなくなった。
「…………!?」
それは、今まで、夜をも照らしてくれた、光の道が、消えた瞬間だった。
「ど、どうしよう」
「大丈夫だ。方角は覚えている」
不安そうな鈴に、蓮は、静かに言った。でも、光の道が消えてしまうなんて、しかも、この朔の夜に消えてしまうなんて………とても、不吉な符合だ。
しんしんと、闇が深くなってゆく。それと一緒に、何か、もっと、暗いものが、しんしんと、忍び寄ってくるような……嫌な感じだ。
蓮の手が、ぎゅっと、引かれた。
少し、驚いて、闇の中をうかがう。
「鈴? 怖いのか?」
「うん。ちょっと………本当に、怖いものが出そうだね」
「ああ。気をつけて行こう」
鈴の手を、ぎゅっと、握って、安心させながら、蓮は、自分は、気を引き締めて、辺りをうかがった。
あんまりにも、暗い。術でもかけよう。それから、この状況は、普通じゃないし、水の守りをかけて、自分も、空を翔けよう。
考えて、蓮は、まず、水の守りを歌った。繋いだ手から、鈴が、少し、驚いた気配が伝わってきた。
でも、すぐに、嬉しそうに、ぎゅっと、握ってくる。握り返しながら、蓮は、鈴の横に、浮上した。
そのときだった。ザワリと、何かが蠢いた。
その嫌な気配に、蓮は、とっさに、剣を抜き放って、はらった。水の剣が、淡い水色に光って、闇の中に、身の毛のよだつような声が響いた。これは、何なんだろう!?
「れ、蓮!?」
光よ 水に戯れる太陽 揺らめく光で
この闇を照らし出せ
怯えた声を上げた鈴には答えず、手をぎゅっと、握り返しながら、蓮は歌った。
そして、ゆらゆらと揺らめく光が、蓮たちの周りを映し出した。
「…………!?」
けれど、そこには、闇があるだけで、何もなかった。蓮と鈴と鈴月と月蓮がいるだけだ。
「今のが効いて、落ちたのか?」
でも、水飛沫はしなかった。それでは、一体、どこに消えたのか? 剣を構えたまま、闇の中を睨む。
そのとき、闇が蠢いて、蓮と鈴に、手を伸ばした。
驚きながらも、蓮は、その手を、はらった。剣に触れると、淡い水色の光によって、その闇は、ポタリポタリと、滴り落ちていくのだ。
「な、何なの!?」
「わからない。ただ、闇が敵みたいだ」
蓮は、闇を、きっと、睨んだ。この全ての闇が、敵だとは思いたくない。何か、敵の闇と、普通の闇の区別があるはずだ。
どこか、煙のように、漂った、暗闇。その闇の中に、さらに、暗い闇が、ところ、どころに、そびえていた。
蓮が剣を振りかざすと、その闇は、縮こまった。これだ!! 蓮は、そのまま、剣を振り払った。
闇が逃げようとしたが、もちろん。逃がさない。蓮は、闇を真っ二つに、切った。また、あのおぞましい声が響いた。
そして、その声とともに、闇は、ポタポタと零れ落ちていった。
「鈴! わかった!! 闇の中に、一段と暗い闇がある。その闇が襲い掛かってきているんだ!!」
「わかった!」
蓮の言葉がわかるのか、闇は、一変に、蓮と鈴に襲い掛かってきた。
風よ 鈴の音よ 魔を清めよ
蓮と鈴の敵を 吹き飛ばして
鈴の歌が響き、清らかな鈴の音とともに、風が辺りを舞い踊った。何の声も、上げずに、瞬く間に、闇は、ポタポタと零れ落ちてゆく。
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